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コラム:離陸へ進む「デジタル人民元」 中国政府の狙いと苦悩=尾河眞樹氏

[東京 30日] - 中国は、中央銀行の発行するデジタル通貨「デジタル人民元」について、世界に先駆けて開発し、実証実験を進めている。10月には広東省深セン市で1週間に及ぶ国内最大級の実証実験が行われた。総額1000万元(約1億5000万円)が5万人にお年玉のように配布されたというから驚くが、報道によれば、さらに上海市西側の江蘇省蘇州市で、第2弾となる大規模な実証実験を予定している。

 中国は、中央銀行の発行するデジタル通貨「デジタル人民元」について、世界に先駆けて開発し、実証実験を進めている。尾河眞樹氏のコラム。写真は人民元紙幣。2017年5月撮影(2020年 ロイター/Thomas White)

次回は中国で大ショッピングセールが行われる12月12日に実施され、10月同様、消費者がデジタル人民元を使用するテストになるという。詳細は明らかになっていないが、同実証実験では10月の実験にはなかった機能も搭載されるとのことで、中国は着実にデジタル人民元の発行に向けて前進しているように見える。

<デジタル人民元は「紙幣と全く同じ」>

デジタル人民元とは何かといえば、中国の法定通貨である人民元をそのままデジタル化した「デジタル通貨」だ。中国人民銀行(PBOC)のデジタル通貨研究所所長、穆長春氏も「デジタル通貨の効能と属性は紙幣とまったく同じで、その形態がデジタル化されただけに過ぎない」と繰り返し述べている。構造的には、「2層構造」と呼ばれる2層オペレーティングシステムが用いられるため、現在のPBOCと商業銀行の関係も維持される。

つまり、まずは銀行がPBOCに預けてある準備預金を引き出して、人民銀行からデジタル人民元を取得する。次に、個人は銀行に預けてある預金を引き出すことによって、デジタル人民元を保有する。この時、個人が銀行窓口やATMで銀行口座から引き出した人民元紙幣をお財布にしまうのと同様に、デジタル人民元をスマホ上のデジタル財布(ウォレット)にいったん入金し、そこから使用する形を取る。

このため、ウォレット入金以降のデジタル人民元は、現金同様、自由に流通することになる。要は財布から現金で支払うのと同様、ウォレットからデジタル人民元で支払ったり、例えば飲み会の清算も、現金を相手に渡すのと同様に、デジタル人民元で相手のウォレットに送金すれば済む。

現在、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)が各国で研究されているが、法定通貨をデジタル化すると、究極的には銀行口座を介さずとも、発行元の中央銀行に国民が直接口座を持てば、これを通じて総ての決済を行えることになってしまう。この場合、民間銀行のビジネスを著しく毀損(きそん)する可能性や、国民の決済情報などの個人情報が中央銀行に集中することの是非など様々な問題が噴出し、議論を呼んでいた。しかし、「2層構造」という設計によって、少なくともこうした問題は当面回避され、「現状の紙幣がデジタル化されただけ」という説明が可能となっている。

<民間サービスへのけん制と監視>

問題は、中国がなぜ人民元のデジタル化を急ぐかだ。デジタル人民元の目的として、これまでPBOCは主に利便性向上と「金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」を挙げていた。デジタルになれば持ち運びにも便利で、貨幣鋳造コストも節約できる。また、ウォレット自体は必ずしも銀行口座に紐づいているわけではないため、銀行サービスが届かない地方の過疎地域でも、スマホさえあれば金融サービスを受けることができるようになる、というものだ。

しかし、アリババグループ系アント・グループのアリペイ(支付宝)やテンセント・ホールディングス(騰訊)のウィーチャットペイ(微信支付)などの民間の大手決済サービス、いわゆる第三者決済機関の利便性が既に高い中国において、PBOCが言う「利便性向上」という理由はやや説得力に欠ける。

第1に考えられる狙いとしては、こうした大手決済サービス会社に対するけん制が挙げられよう。中国のカード決済サービス最大手の中国銀聯(チャイナ・ユニオンペイ)の調べによれば、国内のモバイル決済サービス浸透率は68%、うち9割はアリペイやウィーチャットペイなどが占めている。

2018年6月29日、PBOCはこれら第三者決済機関に対して、アカウントへの入金額の100%同額を、中国人民銀行へ準備預金として預け入れることを義務付けた。第三者決済機関の影響力が大きくなり過ぎたためか、規制を強化するとともに、法定通貨のデジタル化によって、決済関連の情報を管理したいという面もあるのかもしれない。

第2に、民間の資金フローの監視が考えられる。先述した穆デジタル通貨研究所長は昨年11月、デジタル人民元に「コントロール可能な匿名性を持たせる」と説明した。現金同様に「匿名性」を持たせるとしつつ「コントロール可能な」と敢えて述べていることを見ても、デジタル化によって必要に応じてデータを取得し、資金の流れを把握することを想定しているようである。

中国では脱税やマネーロンダリング、資本流出等が課題となっており、これをコントロールしたいとの狙いがあるのではないか。第3に、「人民元のプレゼンス向上と国際化の推進」が挙げられよう。特に米中摩擦が激化している中で、経済的にも、また、米国による金融制裁という観点からも、基軸通貨であるドルの影響を大きく受けてしまうことは、中国にとって最大の悩みとも言えるだろう。これを絶ち、世界第2位の経済大国である中国の人民元が世界で利用されるようになれば、一帯一路構想の推進にもつながる。

<難題は「自由な資本移動」の実現>

上述した狙いのうち第1と第2は、あくまで中国の国内問題であり、金融市場で注目を集めやすいのは第3だ。しかし、人民元の国際化を推進するには、中国における資本規制という大きな課題がある。「為替の安定」「金融政策の独立性」「自由な資本移動」の3つを同時に実現することは不可能であることを「国際金融のトリレンマ」というが、中国は現在、「為替の安定」と「金融政策の独立性」を維持するために「自由な資本移動」をギブアップせざるを得ず、資本規制を引いている。このことは、人民元がデジタル化されたところで変わらないし、デジタル人民元がいつでも交換可能となって国内外の利用者の信頼を得られるようにならない限り、真の国際通貨になることは難しいだろう。

例えば、デジタル化することによって、これまでの銀行口座を用いたクロスボーダー決済と異なり、ウォレットを通じた人民元のやり取りが可能となれば、中国と経済的に関係の深い一部の新興国では少しずつデジタル人民元の利用が広がる可能性はあるだろう。中国としても、海外の企業が中国企業に対する支払いに、外貨をデジタル人民元に交換し、ウォレットを通じて支払うなど、人民元を購入する分には問題ないはずだ。

しかし、これらの企業が仮に人民元を海外に持ち出すとなれば、これには資本規制がかかる。こうした規制が自由化されなければ、デジタル化されても海外勢が積極的に人民元の持ち高や取引を増やす可能性は低いのではないか。

<人民元、急激な自由化にはリスク>

銀行間のクロスボーダー決済には一般的にSWIFT(国際銀行間通信協会)のネットワークが用いられるが、コルレス銀行がクロスボーダー決済を中継する際に、外貨はいったんドルに交換される。このため、SWIFTはしばしば米国によるイランへの経済制裁などに用いられてきた。

最近でもトランプ政権が2018年にイランへの経済制裁を再び強化した際、SWIFTからイランの銀行を再び排除することを要求し、実際に複数のイランの銀行がSWIFTから遮断されたことは記憶に新しい。

中国としてはこうした安全保障面でのリスクも避けたいはずで、「ドル経済圏」からゆくゆくは脱却することを念頭に置いてか、2015年に中国独自の国際銀行間システム(CIPS・シップス)を作った。CIPSは中国国内にあり、海外の銀行との間で人民元建ての貿易決済などに利用されている。中国政府がCBDCに関する調査を開始したのが2014年、PBOCにデジタル通貨研究所が設立されたのが2016年であることを踏まえれば、人民元のデジタル化は、こうした国際化の動きと平仄(ひょうそく)が合っている。

筆者は、デジタル人民元をベースとした新たな経済圏が広がるには、まずは中国が資本の自由化を行い、通貨の信頼性と利便性を高める必要があるとみている。その時は、自ずと人民元の通貨制度を自由変動相場制にせざるを得ない。今のところ人民元は国民からの信認も低く常に資本流出の懸念にさらされている。これを踏まえれば、突然の自由化は通貨の暴落を招くリスクも高いため、デジタル人民元が導入されたとしても、少なくとも数年は自由化の実現性は低いだろう。

しかし、何年後に実現するかはさておき、デジタル人民元開発の裏に見え隠れする中国の狙いも念頭に置きつつ、今後の動向を注視していく必要がありそうだ。日本も含め各国中銀によるCBDCの研究・開発はこの1年で急激に加速している。実際に導入するかはさておき、「先手必勝」とばかりに開発を急ぐ中国へのけん制も含め、日米欧を中心とした国際的な基準やルール作りは急ぎたいところである。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。 *このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

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編集:北松克朗

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