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コラム:米政局、「薄氷」の民主党優位が変えるドル安トレンド=尾河眞樹氏

[東京 13日] - 2020年のテーマとなったドル安トレンドは、米国のバイデン政権誕生によってさらに続くかに見えたが、どうやら2021年はそのトレンドにもいよいよ変化が訪れそうだ。現在のドル安と株高の背景には、大統領と議会の上下両院の多数派を民主党が制するという「トリプルブルー」の勢いを得て、バイデン次期大統領が景気拡大への積極財政を進めるという期待がある。しかし、民主党の優位は必ずしも盤石とはいえない。バイデン氏が思い通りに政策展開できるかどうかには疑問符が付く。

 2020年のテーマとなったドル安トレンドは、米国のバイデン政権誕生によってさらに続くかに見えたが、どうやら2021年はそのトレンドにもいよいよ変化が訪れそうだ。尾河眞樹氏のコラム。写真は2020年10月、デラウェア州ウィルミントンで撮影(2021年 ロイター/Brian Snyder)

<「トリプルブルー」には危うさも>

年明けの1月5日、米ジョージア州で投開票が行われた上院議会選挙の決選投票では、民主党新人のウォーノック牧師と、同じく民主党新人で元ジャーナリストのオソフ氏が勝利した。共和党候補に対する得票率はそれぞれ51%対49%、50.6%対49.4%と接戦だったが、民主党議員2人が残りの議席を確保したことで、上院は民主党50議席、共和党50議席で並んだ。

今後、法案の採決で50対50と票が半数に割れた場合は、民主党のハリス副大統領の1票が加えられることになるため、事実上、民主党が多数派となる。現在のような議会のねじれはなくなり、今後はバイデン大統領の政策が進めやすくなるのではないかとの見方もある。

ドルと円の名目実効為替レートを重ねてみると、新型コロナウイルスの打撃によって株価が暴落した昨年3月以降、共に下落トレンドをたどってきた。しかし、昨年11月ごろから、ドルと円の相関性にかい離が生じ、ドル安のほうが勢いづいている。

これは、11月の米大統領選挙でバイデン氏が勝利し、同氏の掲げるバラマキ政策が実現するとの期待が高まったことが要因だ。「米国の更なる財政支出拡大ー米国債増発ー米連邦準備理事会(FRB)による国債買入れ増額ーFRBの緩和拡大ードル安」との思惑から、株高と同時にドル安が進み、ドル/円は一時102円台まで下落した。

これまではリスクオンであれば、円安圧力が強まってドル/円の上昇につながったが、昨年末から今年年初めにかけては逆の現象が起き、リスクオンにも関わらずドル安に押される形でドル/円が下落する局面も散見された。

これと同じロジックに当てはめれば、本来は「トリプルブルー」によって、金融市場ではドル安への期待が一層強まりそうである。しかし、今回は、いわば「薄氷のトリプルブルー」である点には注意が必要だ。上院で常に法案が50対50となり、ハリス副大統領の1票でスムーズに可決成立するとは限らない。1人でも造反議員が出れば民主党の法案は通らなくなってしまう。

また、バイデン氏は選挙期間中の公約として、向う10年で約10兆ドル(約1038兆円)の歳出拡大と、約4兆ドルの増税をうたっていたが、これは民主党内の左派勢力に対するリップサービスだった可能性もある。バイデン氏自身は中道寄りであるため、政権発足後は民主党の中道派と共和党の穏健派に配慮しつつ政策を進めるとなれば、実際には選挙公約ほどのバラマキ政策にはならないのではないか。さほど極端なバラマキにはならないとの見方が市場で広がれば、ドル安一辺倒にもブレーキがかかり始めるだろう。

<バラマキ期待、すでに変化か>

思えば、上院決選投票後の金融市場の反応は比較的マイルドなものにとどまった。米長期金利の上昇も穏やかだったし、ドル安にもむしろ歯止めがかかっている。これがもし、バイデン政権のバラマキと財政赤字拡大の、いわゆる「悪い金利上昇」を見込んだものであれば、長期金利の上昇はより鋭角的となり、「ドルの信認低下」でドル安、株安となっただろう。ひょっとすると、すでに市場参加者はバラマキというよりは、「秩序だった財政支出拡大」の可能性を見始めているのかもしれない。

「秩序だった財政支出拡大」であれば米株価にとってはむしろポジティブであり、景気回復への期待から緩やかに米長期金利は上昇、ドルの下落にも歯止めがかかる構図となる。これに加えて、リスクオンによって円安の地合いが強まれば、ドル/円も徐々に反転上昇することになるだろう。

昨年3月のコロナショック以降、FRBの緩和によって期待インフレ率はほぼ一直線に上昇してきた。市場の期待インフレ率を示す米ブレークイーブンインフレ率は、5年物と10年物が共に2.0%を超えた。FRBが名目金利を金融緩和で低く抑えていることで、実質金利は大幅にマイナスとなり、これが景気刺激の効果を生んでいる。

本来であれば、景気回復によって株価は上昇するが、コロナショック以降はむしろ政府の経済対策と中央銀行の強力な金融緩和が株高の大きな要因だ。市場環境が改善され、それが景気を下支えしてきた。昨年12月の雇用統計にみられたように、米国の実体経済は依然として低迷したままだが、今後ワクチンの普及が進めば、経済正常化の動きが速まり、実体経済と株価のかい離は、ゆくゆくは収束するだろう。また、実体経済の改善を伴った長期金利の上昇であれば、FRBも容認するはずだ。

<量的緩和縮小へ言及相次ぐ>

折しも、米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーから、「量的緩和縮小(テーパリング)」への言及が相次いでいる。シカゴ地区連銀のエバンス総裁は1月7日、「状況がはるかに好調に推移すれば」と条件を付けつつも、21年の終わりないし22年初めに「ある種のテーパリングを行うこともあり得るだろう」と述べ、資産購入の段階的縮小を示唆した。

加えて、アトランタ地区連銀のボスティック総裁も7日、「米経済が年央までに想定外に力強さを増す可能性があり、その場合は予想よりも早く、テーパリングが始まることになるかもしれない」との見解を示した。

当社(ソニーフィナンシャルホールディングス)ではFRBの利上げ時期の予想を、これまでの26年から25年に前倒した。テーパリングは利上げにかなり先行して開始される可能性が高く、22年の後半から始まると予想している。この場合、市場とのコミュニケーションは21年の後半から22年前半になるとみていたが、これらの発言を見る限り、場合によっては現行政策の出口に向けたコミュニケーションはすでに始まっているのかもしれない。

昨年11月のFOMC議事要旨を読むと、「大半の参加者が、量的緩和の縮小と停止は、利上げ開始のある程度前に行われることが資産買入ガイダンスと整合的である、との判断を支持した」とある。この翌月のFOMCでFRBは量的緩和のガイダンス強化に踏み切ったわけだが、緩和を強化しつつ緩和からの出口の道筋を示す、つまり、アクセルを踏みつつブレーキも準備しておくという方針は、用意周到で戦略的だ。おそらく、13年5月のテーパータントラム(金融緩和の解消を危惧した市場の動揺)を踏まえて、このような混乱を再び起こすことのないよう、注意深く対応しているのだろう。

もちろん、潜在的なリスクを挙げれば枚挙にいとまがない。トランプ支持者が暴徒化し米議事堂に乱入した事件は世界にショックを与えた。こうした国民や世論の分裂がもたらす政治の混乱が深刻化すれば、市場への打撃も免れない。米中摩擦もリスクオフの要因として残るし、コロナも変異種が広がれば、ウイルスとの戦いが長期化するかもしれない。

これらは円高要因として警戒しておくべきだろう。ただ、これまで述べてきたとおり、春以降、米経済正常化の動きが早まり、米長期金利とドルが緩やかに上昇していくというメインシナリオが4ー6月期以降に実現すれば、ドル/円は昨年7月以降上値を抑えてきた90日移動平均線(104円台半ば)を上抜けて、緩やかながら上昇トレンドが始まる可能性が高い。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。 *このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

編集:北松克朗

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