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コラム:日本の政局、円安の波を再び起こせるか=尾河眞樹氏

[東京 17日] - 17日の自民党総裁選告示を控え、候補者の政策が明らかになりつつある。告示日には候補者による共同記者会見が予定されており、それぞれの政策がより明確になるだろう。また、10月下旬から11月上旬には衆院選も行われるとみられるため、海外でも日本の政局が注目されるようになった。これに伴い、円相場への影響について質問される機会も増えており、本稿では日本の政局が為替相場に及ぼす影響についてまとめてみたい。

 17日の自民党総裁選告示を控え、候補者の政策が明らかになりつつある。告示日には候補者による共同記者会見が予定されており、それぞれの政策がより明確になるだろう。尾河眞樹氏のコラム。写真は7月20日撮影(2021年 ロイター/Peter Casey-USA TODAY Network)

とはいえ、実際に調べてみると、過去の政局とドル円相場を並べても、明確なパターンや相関性は見いだせない。言うまでもないが為替レートは2つの通貨の強弱を示すものであり、ドル円の場合、米国の為替政策や金融政策の影響が色濃く反映される。したがって、ドル円が変動したとしても、それが日本の政局によるものとは断定しづらい。ただ、直近で見れば、2012年12月16日に投開票された衆議院選挙は、日本の政局が明らかに為替相場に影響を及ぼした事例だったと言えよう。

<無制限緩和で円安トレンドに>

12年当時、民主党政権の野田首相は11月16日に衆院を解散した。これに先立ち前日の15日に安倍自民党総裁は都内の会合で、「2―3%の物価目標を設け、それに向かって無制限緩和し、市場に強いインパクトを与えたい」と発言した。これが市場に伝わると、安倍政権発足後は無制限緩和によって円安が進行するとの見方が広がり、この日からじわりドル円が上昇。同日の1ドル80円台前半から、衆院選明けの12月17日には84円台半ばまで上昇した。翌年1月には、安倍政権と日銀で共同声明を発表。2%の物価目標達成に向けて無期限で資産買い入れを行う方針を示し、その後は13年5月に103円台後半をピークにいったん大幅な調整局面を迎えるまで、ほぼ一本調子に円安トレンドが続いた。

背景としては08年のリーマンショック以降、極端な円高局面が続いたことが挙げられよう。内閣府が公表する「企業行動に関するアンケート調査」をみると、08年から11年までの4年にわたり、製造業にとっては、採算レートをドル円の実勢レートが下回る、いわば「採算割れ」の状態であったことが分かる。したがって企業収益は製造業を中心に悪化。輸出の伸び悩みと設備投資の弱含みに加え、11年の東日本大震災からの復興の遅れなども相まって、12年の日本経済は減速感が広がり、「円高・デフレのスパイラルからの脱却」が、政治のテーマになりやすい環境だったと言える。

<12年とは異なる相場環境>

反対に、足元はといえば、製造業の採算レートは1ドル98円である一方、ドル円相場は110円前後で安定しており、単純に為替レートのみを比較すれば12年の頃とは異なり余裕がある状況だ。したがって、「為替」自体が選挙の争点にはなりにくい。経済政策でいうと、基本的にはどの候補もアベノミクスを踏襲しているようだが、強いていうなら上述した安倍政権の政策をより強力に打ち出しているのは高市氏だろう。

「サナエノミクス」は「アベノミクス」の3本の矢をベースに、プライマリーバランス目標の凍結が加えられた格好だ。一部の市場関係者からは、場合によっては12年相場のような円安の波が来るのでは、との見方も聞かれる。もちろん、外国人投資家らが注目すれば、一時的に円安が進む可能性はあるかもしれない。

ただ、第1の矢である「大胆な金融緩和」といっても、すでにありとあらゆる緩和策が実施し尽くされており、これ以上「大胆」といっても出来ることは限られそうだ。また、第2の矢である「機動的な財政政策」といっても、コロナ禍で財政支出はすでに大幅に拡大している状況だ。

となれば、為替相場への影響があったとしても一時的な反応にとどまるのではないか。むしろ、アベノミクスにおいて、十分でなかったと指摘されている第3の矢、「民間投資を喚起する成長戦略」をいかに実施していくかが今後の政権に期待されるカギとなりそうだ。つまり、コロナ後の日本を見据えたビジョン、具体的にはデジタルトランスフォーメーション(DX)やIT化の推進、気候変動対策などのグリーン政策、その他成長分野への投資などがコロナ対応以外では、重要な論点となってくるのではないか。

<不透明感の払しょく次第、じわり円安も>

結局のところ、今回の自民党総裁選、及び衆議院選挙がドル円相場に与える直接的な影響は軽微とみる。ただ、外国人投資家も含めて市場関係者が注視しているのは、選挙を通じて政策面での深い議論がなされるかどうかであり、これ次第では間接的な影響はありそうだ。

まだアウトラインにとどまっている各候補の政策も、告示日での演説会、20日の討論会、23―26日に予定されている、国民からの質問を直接受けるスタイルのオンライン政策討論会などで、より具体的かつ鮮明になっていくだろう。各候補者は支持率が低迷した菅政権との違いやコロナ対策の改善点、改革面を打ち出すとみられる。

市場にとって最もマイナスなのは「不透明感」だ。まだ不明な点の多いコロナという新型ウィルスそのものに対する不透明感や、経済への悪影響に対する不透明感、また、人々のライフスタイルまでもが大きく変わり得るような、コロナ後の「変化」に対する不透明感、などといった、あらゆる不透明感が払しょくされるような議論がなされ、かつ実効性を伴う政策とみられれば、金融市場はこれを好感しよう。この場合は間接的な影響として、株価の上昇とともにじわりと円安が進むかもしれない。

<米国頼みの構造から脱却を>

先述したとおり、現在は為替レートが110円前後で安定しており、為替の問題は横に置かれがちだ。ただ、足元の円安・ドル高地合いは、今のところ米国経済がコロナから脱却しつつあり、年内―来年初にも量的緩和の縮小(テーパリング)に向かい、ゆくゆくは利上げできるような環境まで正常化するという「可能性」が前提となっている。何かのきっかけで急激かつ大幅な円高局面を迎えた場合、考え得る対策としては「マイナス金利政策の深掘り」くらいで、それすら円高にブレーキを掛けられるかは明確でない。株価や円相場は、日々米国の動向に振り回される構造となっているが、「民間投資を喚起する成長戦略」を示して米国頼みの構造から脱却することができるか、新しいリーダーには将来を見据えた検討を期待したい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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(編集 橋本浩)

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