for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:ドル円取り巻く環境に変化、「円安雪崩」には要警戒=尾河眞樹氏

[東京 20日] - ドル/円は10月15日、2018年11月以来、約3年ぶりとなる114円台を付けた。これまで比較的安定していた相場の上昇ペースが速まったことで、久々に為替相場に注目が集まっている。ドルと円の名目実効為替レート(BIS・60通貨ベース)を見ると、これまでリスクオンの際にはドル安・円安、リスクオフではドル高・円高と、その他の通貨に対してドルと円は同じ方向に連動しており、力関係が概ね拮抗するなかで、ドル/円は方向感に欠ける相場展開が続いていた。

ドル/円は10月15日、2018年11月以来、約3年ぶりとなる114円台を付けた。これまで比較的安定していた相場の上昇ペースが速まったことで、久々に為替相場に注目が集まっている。尾河眞樹氏のコラム。写真は2017年6月撮影(2021年 ロイター/Thomas White)

ところが直近は、こうしたドルと円の正の相関関係が崩れ、ドル高と円安が同時進行している。どうやらこれまでの「リスクオン/オフ」とは異なり、ドル買い・円売りのトレンドが始まりつつあるようにも見える。実際、こうした変化が現れたのは、9月21─22日の米連邦公開市場委員会(FOMC)の直後からだ。さらに、10月以降はドル高よりも、円安の動きが勢いを増しており、さながら「円独歩安」の様相を呈している。本稿では、この間、為替相場に影響を及ぼした環境変化に焦点を当てつつ、今後のドル/円相場を展望してみたい。

<FRBのタカ派シフト>

第1に、最も大きな変化としてFOMCメンバーの政策スタンスが挙げられよう。9月のFOMCでは、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が記者会見でテーパリングについて、「不測の事態にならない限り今年11月に決定し、22年半ば頃に終了する」との見通しを示した。また、FOMCメンバーによる政策金利見通し(ドットチャート)では、18人中9人が22年中の利上げを予想。ドットチャートの中央値は、22年が0.25%、23年が1.00%、24年が1.75%と、急速にタカ派にシフトした。これらを受けて、特に市場の政策金利見通しを直接的に反映しやすい米2年債利回りは、FOMC時点の0.21%台から、足元の0.40%付近へ急上昇した。この間、日米2年債利回り格差とドル/円相場の連動性は高まっており、ドル高・円安が進みやすかったこともうなずける。

<グローバルインフレと金融政策>

第2に、米国のみならずグローバルにインフレが注目され、市場のメインテーマになってきたことも大きな変化だ。パンデミックは世界のサプライチェーンを滞らせ、供給不足が広がった。加えて労働力不足によって賃金にも上昇圧力がかかってきた。折しも経済活動の再開による需要増も相まって、物価が押し上げられている。とはいえ、コロナが抑制されれば、供給サイドの問題も解決し、足元急激に加速しているインフレは、ほどなくして収束するというのがこれまでのシナリオだった。しかし、これに原油価格の上昇という要因も加わったことで、予想以上にインフレは加速し、想定よりも長く続くのではないかとの見方が広がっている。

こうしたなか、10月にはニュージーランド中銀(RBNZ)が、7年ぶりとなる利上げに踏み切った。8月にも利上げとみられていたのが、オークランドでコロナ感染者が急増したことによる全土ロックダウンで、一旦見送られた。10月の利上げはほぼ織り込まれていたことから、直後のNZドルの反応はさえなかったが、同国が「ゼロコロナ」から「ウィズコロナ」に舵を切り、経済を回していく方向性を示し、年内の追加利上げが織り込まれるなかで、NZドルは再び上昇しつつある。

RBNZの後に続くとみられるのが、今年すでにテーパリングを開始した、カナダ中銀と英中銀(BOE)だ。市場ではBOEの年内利上げがほぼ織り込まれており、カナダ中銀は自ら22年下期の利上げを示唆している。更に、FRBについてはFF金利先物でみると、22年後半の利上げが予想されている。一方で、日本はといえば、消費者物価指数(CPI・生鮮食品を除く)は低下にこそ歯止めがかかったものの、8月は前年比0%と、上昇率は2%のインフレターゲットには遠く及ばない状況だ。日銀の緩和からの出口は、他の主要国と比べて明らかに最も遠く、これが足元の円全面安を促していると思われる。

<財政支出拡大>

第3に、米国はじめ各国で財政支出が拡大したのも、大きな変化といえよう。日本は10月4日に岸田政権が発足し、「新時代共創内閣」と銘打って、成長と分配の好循環を創出するとしている。「成長と分配」という経済政策は米国のバイデン政権による、いわゆる「バイデノミクス」に近い。米民主党政権は「大きな政府」を志向しているが、バイデン氏は20年の大統領選挙中から、既に大規模な財政支出拡大に言及していた。当時の計画は、インフラ投資や追加の経済対策も含め、向こう10年で約11兆ドルの歳出拡大、これに対して約3.0兆ドルの法人増税と富裕層に対する増税、残りは国債の増発で賄うというものだった。

20年前半の米国はコロナショックによる財政支出拡大と国債増発、FRBの財政ファイナンスによって貨幣供給量が増大し、期待インフレ率が上昇。これによって米実質金利が低下するなか、ドル安が進んだ。また、同年夏場以降は、バイデン氏の支持率が上昇するなかで、11月の大統領選で大統領、そして上院・下院総てを民主党が制する「トリプルブルー」になることが金融市場で意識されるようになった。したがって当時の金融市場では、バイデノミクスによる大規模な国債増発と、FRBによる国債買い入れ拡大、つまりFRBの財政ファイナンスがさらに強化されるとなれば、一段とドル安が進行するのではないかとの思惑が広がった。

しかし、11月の選挙結果は上院の議席数が民主・共和が半々となり、カマラ・ハリス副大統領のたった1票のみ民主党が上回る形となった。いわゆる「薄氷のトリプルブルー」となったことで、バイデン政権はその後、「小さな政府」の共和党に譲歩せざるをえなくなった。当初計画していたような規模のバラマキは不可能な情勢となったことで、実際にはドル独歩安とはならなかった。また、想定以上にインフレが加速するなか、FRBもいよいよ金融政策の正常化に向かって準備しはじめた。

<リスクシナリオ>

翻って、日本はといえば、衆院選の各政党の公約を見る限り、与野党そろってバラマキ色が強くなっている。バラマキの結果日銀は緩和を続けざるをえず、日本の緩和からの出口はさらに遠のく可能性もある。足元の円安がそれを意識したものと判断するのはやや早計だが、円だけが不気味に独歩安となっている状況や、シカゴIMM市場で投機筋が再び円のネットショートポジションを膨らませつつある点などは、市場がそれを織り込みに行っているのかどうか、その背景を注意深く観察する必要がありそうだ。

筆者はFRBの出口戦略による日米実質金利差拡大に伴い、今後も「緩やかに」ドル/円が上昇するとの見方は変えていない。一方、ドル/円の115円ちょうどは17年3月以来上抜けておらず、極めて強いレジスタンスであり上抜けるのは当面困難と思われる。ただ、今後仮に突破した場合には、重要な節目となるだけに雪崩のようなドル/円の買い戻しが起こるリスクもある。その場合は短期的に17年1月高値の118円台半ば付近まで急上昇する可能性もあるため注意が必要だ。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up