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コラム:日銀の出口戦略探る1年に、参院選前には波乱も=尾河眞樹氏

[東京 26日] - 「物価目標達成前に利上げを議論していることは全くない」──。黒田東彦日銀総裁は1月18日、金融政策決定会合後の定例記者会見でこのように述べ、2%の物価目標達成前に利上げを検討することについて、全面的に否定した。今回の金融政策決定会合は、事前に利上げの検討を巡る観測報道などもあったことで通常より注目度が高まり、総裁の定例記者会見でも緩和からの出口に関する質問が目立った。

 今年は日銀の金融政策に何かと注目が集まりやすく、金融市場にしばしば影響を与える可能性がある。尾河眞樹氏のコラム。写真は2014年1月、都内で撮影(2022年 ロイター/Yuya Shino)

しかし、黒田総裁はこれを否定。特に、「全く~ない」といった表現を多用していたのが印象的だった。加えて、円安についても「全体として経済と物価を押し上げ日本経済にプラスに作用する構図に今のところ変化はない」と、これまでのスタンスを変えなかった。

<コストプッシュインフレ>

ただ、今年は日銀の金融政策に何かと注目が集まりやすく、金融市場にしばしば影響を与える可能性がある。日本のインフレ率は、昨年の携帯電話料金の大幅値下げの反動で、4月に上昇する見込みだ。加えて、足元堅調に推移する原油相場や円安の地合いを踏まえれば、日本のインフレ率は今年、一時的に1%を超える見通しだ。弊社の試算では、原油価格が1バレル=85ドル、ドル円が1ドル=115円の場合、生鮮食品を除いた消費者物価指数(コアCPI)は一時1.5%付近に近づき、仮に原油価格が100ドル、ドル円が120円になると、コアCPIは一時1.7─2.0%付近まで上昇する公算だ。

賃金が上がらないなかでの原油高や円安によるコストプッシュインフレは、国民の不満につながりやすく、岸田政権の支持率にも影響しかねない。今年は夏に参院選を控えており、「ひょっとすると政府は円安に対して神経を尖らせているのではないか」という市場参加者の思惑も広がりやすい状況だ。

<出口戦略>

振り返れば2018年にも、日銀の出口戦略に注目が集まったことがあった。日銀が1月9日の金融調節で長期国債買い入れ額を減らしたことを受けて、テーパリングを行うとの思惑から円が急伸したのだ。当時、日本のコアCPIは前年比0.9%と、足元の0.5%と比べても高水準であった。

米連邦準備理事会(FRB)は15年12月に利上げを決定し、17年10月からはバランスシートの縮小を開始していた。欧州中銀(ECB)も18年からテーパリングを進める方針であったことから、日銀のいわゆる「ステルステーパリング」を見て、市場参加者の間では出口を意識しやすい環境だったと言える。しかし、その後テーパリングの議論が深まることはなく、結局この騒動による金融市場の反応は一時的なものにとどまった。

今年は3月にもFRBが利上げに踏み切る見込みであるうえ、世界的にインフレが加速するなか、英中銀(BOE)は早くも昨年12月に利上げ決定。ECBも12月の理事会で、「パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)」を通じた資産購入を22年3月末に終了すると発表した。その分、通常の量的緩和の資産購入規模を一時的に増やすが、今年4月以降の資産購入額は半分以下に減る見込みで、利上げは当面先とみられるものの、緊急事態からの正常化に舵を切った格好だ。

このように、各国でコロナ対応による異例な金融緩和からの正常化が視野に入りつつあるなかで、日銀の金融政策に対する関心も自ずと高まりやすくなっている。

<黒田シーリング>

海外との政策のギャップにより、今年は円安が進行しやすい環境といえるが、円安になった際に日銀が注目される要因の一つに、15年の「黒田シーリング」がある。黒田総裁は同年6月10日の衆議院財務金融委員会で、1ドル=125円台まで急速に円安が進んだことに対して説明を求められ「実質実効為替レートでは、かなり円安の水準になっている」との見方を示した。そのうえで「実質実効為替レートがここまで来ているということは、ここからさらに実質実効為替レートが円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」と述べた。

発言の趣旨は、「米利上げが市場にほぼ織り込まれており、これ以上ドル高にも向かいにくいのではないか」という、よく見れば当たり前の意見を述べたものだが、為替市場は円高で反応。結果的に125円台を天井に、その後ドル円の下落トレンドが進行するきっかけとなった。それ以降、為替市場では1ドル=125円が、日銀にとってドル円の許容範囲の天井という意味で、「黒田シーリング」と呼ばれ意識されている。

現在のドル円は当時に比べて10円以上円高であるうえ、円安のペースもこれといって速くはない。ただ、実質実効円レートで比較すると、足元は「黒田シーリング」とほぼ同水準の大幅な円安となっている。加えて、輸入物価の上昇という観点で、円建ての原油価格で比較してみると、15年6月時点は1バレル=7380円(ドル円125円、原油価格59ドル)。現在は9600円(ドル円113円、原油価格85ドル)と、既に当時を上回っている。

景気回復に伴う原油の需要増やロシア―ウクライナ間の不透明感などから、原油高が続きやすい環境であることを踏まえれば、日本にとって一段の円安は受け入れ難いようにも見える。

<120円シナリオ>

一方で、こうしたコストプッシュインフレの処方箋が「利上げ」なのかは疑問だ。コロナによるサプライチェーンの混乱は、利上げで解決できるものではなく、また、日銀が利上げしたからといって原油価格が下落するわけでもない。利上げすれば円安に歯止めをかけることはできても、変動相場制である以上、為替を都合よく105─115円付近にコントロールすることは困難だ。オーバーシュートして円高が行き過ぎるリスクも伴う。

為替は円安・円高双方にメリット・デメリットがあるが、このところ円安が批判されやすいのは、現在実質賃金が大きくマイナスになっており、物価上昇のデメリットを感じやすいことがある。特に、ガソリンや食料品などの生活必需品で相次ぐ値上げが、消費者の体感インフレを高め消費者マインドを悪化させやすくなっているようだ。

他にも、コロナによってインバウンド効果などの円安メリットが享受しにくくなっていることや、既に製造業の海外生産比率が高まって貿易面での円安メリットも低減していることなどが挙げられよう。

半面、海外投資における利息や配当金といった所得収支は円安メリットを享受できるはずだが、このメリットを感じられるのは機関投資家や企業などの法人、一部の外貨投資を行っている個人投資家などに限られ、一般国民には見えづらい。

筆者は今年後半に、ドル円が120円程度まで上昇する可能性があるとみている。物価目標を達成していないなかで、日銀が円安是正によって物価上昇のブレーキを踏むとは考えにくく、少なくとも今年は、日銀が利上げに踏み切る可能性は低いと予想する。ただ、夏の参院選が近づくに従い、上述したような思惑により、しばしば日銀の出口に注目が集まって、円高が進む可能性はあるのではないか。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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