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コラム:ユーロ/ドル、再びパリティ割れはあるか=尾河眞樹氏

[東京 27日] - 7月21日、欧州中銀(ECB)は0.5%の利上げに踏み切った。利上げ自体が約11年ぶりであったことに加え、0.5%の大幅利上げは、事前の報道があったとはいえ市場の織り込みは半々くらいで、それなりにサプライズだったといえよう。

 7月27日、欧州中銀(ECB)は21日に0.5%の利上げに踏み切った。写真はドルとユーロの紙幣。17日撮影(2022年 ロイター/Dado Ruvic)

にもかかわらず、直後に1.02ドル台後半まで急騰したユーロ/ドルは、その後1.01ドル台まで反落。依然として上値は重い。米国では弱い経済指標が続き、米景気後退懸念からドルが弱含んでいるため、ECBの大幅利上げと相まって一段と大きく上昇してもよさそうなものだが、なぜユーロの上値は重いのか。

<ターミナルレート>

背景としては、第1に、ラガルドECB総裁の発言が挙げられよう。同総裁は理事会後の記者会見で今後の利上げについて、「最終的な利上げの到達地点(ターミナルレート)を変えるということではない」と発言した。今回ECBが0.5%の大幅な利上げを決定したことで、ターミナルレートが引き上がるのではないか、との憶測も広がりやすかった。しかし、ターミナルレートが変わらないとなると、ハイペースな利上げをすれば、その分利上げの終了時期も早まることになる。この一言が、ユーロ圏の一段の金利先高観を後退させ、独長期金利の低下につながったとみている。

<特殊事情>

ユーロ圏の独特な経済事情は、ECBの金融政策を困難にしているようだ。6月のユーロ圏消費者物価指数(HICP)は前年比8.6%上昇と、過去最高を更新した。しかしこれは米国にみられるような「景気過熱」によるディマンド・プル型と異なり、ウクライナ危機による食料・エネルギー価格の上昇を背景とした、コスト・プッシュ型のインフレだ。景気の足取りがおぼつかない中でのコスト・プッシュインフレ、というと日本と似通った境遇にも見え、日銀同様に「エネルギー価格の上昇は一時的」と説明して、しばらく金融引き締めをせず様子をみるか、少なくとも大幅な利上げは避けたかったかもしれない。

しかし、ユーロ圏の場合、日本と異なり、食品・エネルギー、アルコール、たばこを除くコア指数でも、HICPは足元3.7%上昇と、既に2.0%を大きく上回っている状況だ。加えて、欧州は労組が強いため、インフレの加速は賃上げ要求につながりやすく、放置すれば実体経済の回復を伴わない賃上げが繰り返されるリスクがある。

さらに日本と決定的に異なるところは、インフレの加速に伴い、人々のインフレ予想(期待インフレ率)が上昇する傾向があることだ。これにより駆け込み需要が広がれば、それ自体がインフレをさらに加速させる可能性がある。実際、市場の期待インフレ率(10年物ブレークイーブン・インフレ率)は、今年4月末に急上昇し、一時3.0%を超える場面がみられた。その後ECBが一気にタカ派に転じたことから、期待インフレ率は2.0%付近まで低下したが、再び上昇するリスクを踏まえれば、ECBはタカ派姿勢を崩すわけにはいかない。

こうしたユーロ圏特有の事情により、ECBは米連邦準備理事会(FRB)ほどタカ派にはなれないうえ、日銀ほどハト派にもなれないという極めて難しい状況に陥っている。裏を返せば、積極的に利上げすると景気をオーバーキルするリスクが高まりユーロ安、利上げしなければFRBよりハト派とみなされユーロ安と、どちらに傾いてもポジション調整以外には、ユーロ/ドルの上昇は期待しにくい状況だ。

<信認低下>

第2に、ECBに対する信認の低下も、一部ユーロ安に影響している可能性がある。ECBは7月の理事会で、声明文に明記していた「0.25%利上げ」との予告(フォワードガイダンス)を、今回完全に無視した。上述した通り、ECBが極めて難しい舵取りを迫られていることを踏まえれば、やむを得ない面もある。今後フォワードガイダンスの提示はやめ、「データ次第」で理事会毎に金融政策を判断するという。

ただ、これまでもECBによる類似の「はしご外し」を市場参加者は経験している。例えば今年1月の声明文で明記されていた資産購入プログラム(APP)のスケジュールを3月にあっさり変更し、終了時期を前倒したのは記憶に新しい。ECBのフォワードガイダンスに対する信認によって、政策見通しが市場に織り込まれていたものを、急に「前言撤回」するようでは、不用意に市場のボラティリティーを高めることになる。投資家にとって「ECBのコミュニケーションは信用できない」となれば、安心してユーロ買いのポジションには傾け難くなりそうだ。

<ネガティブ材料>

第3に、そもそもユーロ圏にとってネガティブな材料が多いことが挙げられる。イタリアはもともと、ロシア産エネルギーの依存度が高いため、ウクライナ危機によって同国の利回りは上昇傾向にあった。これにECBのタカ派へのシフトが加わり、6月にはイタリアの10年債利回りが一時4.0%を超えた。ECBの緊急理事会開催と、市場の分断化抑制の方針によっていったん低下した利回りも、ドラギ首相の辞任劇にみられる政局混迷で、再び上昇しつつある。秋の総選挙でポピュリスト政権が誕生すれば、財政の健全化が遅れるとの見方が広がり、独・伊の利回り格差が一層拡大するかもしれない。この場合、欧州債務危機の2011年にみられたように、ユーロが一段と売り込まれる可能性はある。

<経済大国ドイツの不確実性>

ところで、経済政策の不確実性を数値化した指数に、「経済政策不確実性指数(EPU)」がある。米スタンフォード大学教授らが開発した数値で、主要新聞の経済政策の不確実性に関する記事の数やエコノミストによる経済予想のばらつきなどから、経済政策の不確実性を指数化したものだ。

EPUのグローバル指数は、コロナショックのあった20年3月に430まで急騰し、その後コロナの収束とともにいったん落ち着きを取り戻したものの、今年2月のウクライナ情勢緊迫化により再び上昇。現状300前後で推移している。20年以降のEPUのグラフは、米国や日本を含めて、どの国もこのグローバル指数と概ね同様の形状となっているが、これらと一線を画して今年急上昇しているのが中国と、意外なことにドイツである。ドイツのEPUは今年3月末に785まで急騰。その後低下したものの、6月末時点で585と、20年3月のコロナショックの498を依然上回っている。

興味深いことに、ドイツのEPUは天然ガス価格(TTF)の推移と連動しており、対露制裁の影響が影を落としているようだ。7月にはロシアからドイツへの「ノルドストリーム」を通じた天然ガスの供給が一時停止され、その後再開されたものの、報道によれば供給量は7月27日から8割も削減されるという。天然ガスの追加調達コストが価格に転嫁され、家庭用暖房の利用が増える冬場になれば、一段とドイツのインフレが高進するリスクも孕む。

ユーロ圏の不安材料が続くなか、ユーロは対ドルで再びじりじりと下落する公算が大きい。再びパリティ(等価)を割り込む可能性もあるだろう。ただ、円全面安が当面続く環境であることを踏まえれば、ユーロが対円で大きく下落する可能性は低いとみている。ドル/円の上昇とユーロ/ドルの下落によって、ユーロ円は年末にかけて足元の140円付近でほぼ横ばいか、ややユーロ高に向かうのではないか。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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