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コラム:安定感見せた植田氏、米国発のドル円急変動に要警戒=尾河眞樹氏

[東京 28日] - 衆議院議院運営委員会で24日、日銀の次期総裁候補として政府が指名した植田和男氏に対する所信聴取と質疑が行われた。植田氏が1つ1つの質問に対し極めて丁寧にかつ分かりやすい回答を心がけていた様子には安定感があり、好感が持てた。

 衆議院議院運営委員会で24日、日銀の次期総裁候補として政府が指名した植田和男氏に対する所信聴取と質疑が行われた。植田氏が1つ1つの質問に対し極めて丁寧にかつ分かりやすい回答を心がけていた様子には安定感があり、好感が持てた。尾河眞樹氏のコラム。写真は2月24日撮影(2023年 ロイター/Issei Kato)

質疑応答の中で同氏は、「市場とのコミュニケーションが大事」と述べ、「一般の国民に向けても分かりやすい説明を心がけたい」と発言。次期総裁には、極めて難しい金融政策の舵取りが求められる局面だが、今後も今回のような丁寧な説明やコミュニケーションを期待したい。

<3つのポイント>

所信聴取で、個人的に注目したポイントは次の通りだ。

第1に、金融政策はあくまで経済や物価情勢次第であり、これには「マイナス金利解除」のような、いわゆる「利上げ」だけでなく、「イールドカーブ・コントロール(YCC)の正常化」も含まれるという点だ。植田氏は、「基調的な物価の見通しがもう一段と改善していく姿になっていく場合」には、YCCの見直しや正常化を考えるとの方針を示した。それまでは、「市場機能の低下を抑制するところに配慮しつつ、(YCCを)継続する」との考えを披露した。したがって、市場機能の低下を抑制する目的でのYCC修正の可能性はあっても、唐突な「YCC終了」などの可能性は低いと言えよう。

第2に、YCCの修正方法については、YCCのターゲット自体を、現在の10年債利回りから5年債以下に短期化することも、植田氏にとっては選択肢の一つになっている様子である点だ。ただ、仮に10年債から5年債に変更した場合、「次は3年債か?」「次は翌日物か?」といった形で、更なる短期化の方向に市場の期待が膨らみ、結果的に短期金利に上昇圧力がかかるリスクがある。これも含めて、どのようにYCCを修正していくかは、植田氏が述べたように「今後日銀内で相談しながら決めていく」ことになるだろう。

第3に、異次元緩和の検証を改めて行うかどうかについては、「必要なら検証を行う」との考えを示しつつも、「毎回の金融政策決定会合が様々な検証を行っている」と述べた点だ。これを見る限り、改めて検証や総括を行う可能性は低いのではないか。

<4月にも変動幅拡大か>

植田氏の所信表明によって、改めて物価情勢が、YCCの正常化やマイナス金利解除を判断する際の、日銀の金融政策反応関数の重要な説明変数であることが明確になった。

2023年1月の生鮮食品を除くコアCPIは前年比4.2%に加速したが、ソニーフィナンシャルグループは、春以降日本のインフレは減速する可能性が高いと予想している。年後半に米国が景気後退に陥る可能性や、それによる日本経済への影響、国際商品市況の下落、今後の円高進行の可能性などを織り込んでいるためで、コアCPIは24年前半にかけて、前年比0%をわずかに下回る水準まで低下すると予想している。水準の差こそあれ、植田氏もインフレは23年度半ばにかけて(前年度比)2%を下回る水準に低下すると予想しており、これらを踏まえれば少なくとも、23年度内にマイナス金利の解除やYCCの終了を決定するとは考えにくい。

当面の焦点はYCCの修正だが、仮に上述の通り植田氏が、異次元緩和の検証や総括の必要性は低いと考えているとすれば、4月9日の総裁就任後、比較的早期に決定されるだろう。既に日本国債のイールドカーブに歪みが生じているため、早ければ4月27、28日の金融政策決定会合で、現行プラスマイナス0.5%の10年債利回りの変動幅をプラスマイナス1%に拡大するなど、YCCの再修正を行うと予想する。4月の決定会合が近づくにつれて、再び投機的な円高圧力が強まる可能性は残るものの、植田氏から緩和維持の姿勢が明確に示された以上、日銀の出口を期待した円高がトレンドとして継続する可能性は低下したとみている。

<米国要因でドル円上昇含み>

一方、米国では1月の食品とエネルギーを除いたコアPCEデフレーターが前年比4.7%と市場予想の同4.3%を大きく上回った。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は1月のFOMC後の記者会見で、インフレの見通しについて「われわれと市場の予想は異なる」と、市場とのギャップを認めたうえで、「FRBと市場いずれの予想が正しいか見極める必要がある」と発言した。

今のところFRBの予想に軍配が上がっており、市場参加者は急ぎ政策金利見通しを上方修正しつつある。これによりFF金利先物では利上げの最終地点(ターミナルレート)の予想が5.4%付近まで上昇したうえ、年内0.25%の利下げに転じるとの織り込み度も5割を切った。市場金利が上昇するなかで、ドル円は136円台に再浮上し、137円台前半に位置する200日移動平均線が接近している。超えれば大台の140円付近まで、さほど目立った抵抗線はみられず、3月21、22日の米連邦公開市場委員会(FOMC)にかけて同水準をいったん目指す可能性は高まっているように見える。

同FOMCでは、一連の経済見通しやドットチャートが公表されるため、極めて注目度が高い。市場参加者の関心は既にドットチャートがどの程度上方修正されるかにシフトしており、目先はドルが一段と押し上げられやすい環境だ。

<年後半の円高シナリオは不変>

ただ、今年後半にドル安・円高が進むとの弊社の見通しに変わりはない。先述した通り、日銀の金融政策を巡る円高要因はやや後退したものの、少なくとも年末にかけて再び130円を大きく割り込む展開になると予想している。

昨年3月にFRBが利上げを開始してから1年近く経つ中で、徐々に米国経済への影響も現れつつあることが背景だ。1985年以降の米長短金利差を見ると、10年債利回りと2年債利回りのスプレッドがマイナス、つまり逆イールドになったのは、1988年12月ー89年6月(マイナス幅は最大で40Bps)、2000年2月ー12月(マイナス幅は最大で51Bps)、2006年8月ー07年3月(マイナス幅は最大で16Bps)の3回あり、その後すべてのケースにおいて、米国は景気後退に陥っている。

足元FRBのハイペースな利上げにより短期金利が急上昇するなかで、逆イールドは、10年―2年のスプレッドがマイナス88Bpsと85年以降では最大となっている。2月6日にFRBが公表した米銀の貸出態度調査では、大企業・中堅企業向けの貸出態度判断DI(貸出態度を厳格化した割合から緩和した割合を引いた値)は44.8、中小企業向けは43.8と、それぞれ昨年7-9月期の24.2と22.2から大幅に上昇(厳格化)し、金融環境が一段とタイト化したことが見て取れる。

3月のFOMCまではドル高基調が続いたとしても、その後米国の景気悪化を示す指標が散見されるに従い、再び米景気後退懸念が浮上するなかで、米長期金利の低下とドル安が促されるとみている。

難しいのはFRBの「金融政策は経済指標次第(Data Dependent)」という方針だ。今後、次第に米経済指標の強いものと弱いものが混在していくなかで、経済指標発表の都度、この結果に市場参加者が一喜一憂し、市場のボラティリティが上昇するような市場環境は当面続きそうだ。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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