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コラム:FRB無制限緩和、08年ドル円急落の再来なるか=尾河眞樹氏

[東京 10日] - 米連邦準備理事会(FRB)がCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の打撃を受けた国内経済を救済するため、大胆な金融措置を相次いで打ち出している。

リーマン・ショックで米連邦準備理事会(FRB)がバランスシートを膨らませた2008年、ドル円は急落した。写真は2008年12月、東京で撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

米国債などを無制限に購入するという3月23日の量的緩和(QE)拡大策に続き、今月9日には地方政府や企業に緊急資金を供給する異例の支援策を発表した。FRBが果敢かつ大規模に展開する「対コロナ」戦略は、ドル/円相場にどのようなインパクトを及ぼすのか。

FRBが9日に発表した資金供給策には3つのポイントがある。まず、総額は2兆3000億ドルと、極めて大規模になる。そして、中小企業向けの支援策として、民間銀行を通じて1年間、無利子で最大6000億ドルの融資を行う(民間銀行がいったん融資し、FRBがその債権の95%を買い取る)。さらに、地方債・社債の買い入れについては、前回までは「投資適格級」としていた購入対象をリスクの高い「ダブルB」まで拡充する。

特に、市場は投資不適格級に格下げされた社債の一部やローン担保証券 (CLO)、商業不動産ローン担保証券(CMBS)の一部なども対象にするという思い切った策に大きく反応。安全資産とされる国債と、こうした債権の利回り格差(クレジットスプレッド)は縮小し、株価も急上昇した。

パウエルFRB議長は9日の会見で、さらなる追加措置もいとわない姿勢を示したうえで、「この日の行動は、いずれ来る回復を可能な限り力強いものにするであろう」と述べた。

<パニック脱した金融市場、なお不安心理も>

為替市場では3月以降、ドル相場が全体のけん引役となってきた。一時は市場がパニック状態に陥るなか、基軸通貨であるドル需要が極端に高まり、ドル/円もこれに連れて111円台まで急騰する場面がみられた。

しかし、FRBがドル供給策と金融緩和策を矢継ぎ早に実施するなかで、次第にドル供給懸念は和らいだ。日本の金融機関のドル調達コストを示すベーシススワップは、3月中旬まで急拡大していたが、その後は縮小傾向となり、足元ではむしろ「コスト」は「プレミアム」に転じている。つまり、これまでとは逆に、円からドルを調達するよりも、ドルから円を調達する方が、コストがかかる状況になっている。

それにも関わらず、主要通貨に対するドルの強弱を示すドル指数.DXYは引き続き99.5と100近い水準で高止まりしており、ドルの調達コストの急低下ぶりに比べれば、ドルの下落幅は小幅にとどまっている。

おそらく、新型コロナウイルスの感染状況が今後どうなるのか、また、世界経済がどこまで落ち込むのか、先行きの不透明感が続くなかで、金融市場は、ひところのパニック状態からは正常化しつつあるものの、まだ全体としてはリスク回避的なセンチメントに傾いているのではないか。FRBの施策によってクレジットスプレッドが縮小したとはいえ、水準としては依然として高止まりしていることをみても、市場の不安心理は完全には払しょくできていないようだ。

<1ドル=100円を割り込む可能性は>

ところで、FRBはいま、果敢な資金供給によってバランスシートが急拡大しつつある。2008年のリーマン・ショック時を彷彿(ほうふつ)させる現在の膨張ぶりは、当時のドル円急落の再来につながるのだろうか。

リーマン・ショックの際は、日銀とFRBの資金供給量の差を比較した「日米マネタリーベース比率」、いわゆる「ソロスチャート」が注目された。当時もFRBはゼロ金利政策を導入、量的緩和を実施するなかで資金供給量を急拡大させ、これに伴って、日銀のマネタリーベースをFRBのマネタリーベースで除した「ソロスチャート」は急低下し、これとともにドル安・円高が進行した。

マネタリーベースでは月末時点の数値しか把握できないため、週次で公表される日銀とFRBの「バランスシート」で同様の計算をしてみると、この「日米バランスシート比率」は今年3月以降、垂直にストンと急低下していることがわかる。2008年のリーマン・ショックの際にも、「日米バランスシート比率」は9月の112倍から翌2009年1月の54倍まで急低下し、同期間にドル/円は107円台から90円台まで急落したが、この時の動きによく似ている。

仮に、当時の「日米バランスシート比率」とドル円の相関性が復活したとみるならば、足元は1ドル=100円付近でもおかしくない計算となる。このままFRBによる莫大な資金供給が続くとみれば、「よもや1ドル=90円台もあり得るのではないか」との思いもよぎる。

しかし、一時的なドル円急落のリスクは高まっているものの、筆者は1ドル=100円を大きく割り込むような事態にはなり難いとみている。リーマン・ショックの時との決定的な違いは、長期金利の水準である。

当時は、米国の10年債利回りは3.7%台で、諸外国の長期金利も、例えばドイツ国債は4.0%付近、英国も4.2%程度と、それぞれ現状よりずっと高かった。リーマン・ショックを受けたFRBの量的緩和策によって米国の長期金利が急低下し、これと同時に諸外国も追随して金融緩和に踏み切ったことで、海外の長期債利回りは同時に急低下した。こうしたなか、もともと低金利だった円は相対的に上昇し、独歩高となったのである。

この時と異なり、現在は、米国はじめ各国の10年債利回りが日本とほとんど変わらない0%台にあることを踏まえれば、リーマン・ショックの時ほどの急速な長期金利差の縮小は起こり難く、円の独歩高にもなり難いのではないか。

<緊張が解けた時にドル/円下落リスク>

世界は、新型コロナウイルスの「パンデミック(大流行)」により、これまでにない危機にさらされている。こうした時に参考になるのが、「経済政策不確実性指数(EPU)」だ。同指数は、経済政策の不確実性に関する新聞記事の数、今後の税制変更による金額的な影響度、エコノミストによる経済予想のバラツキ、の3項目から構成され、先行きの不透明感を示している。日々更新されている米国のEPUは、いよいよリーマン・ショック時の626を超え、4月2日には762まで上昇した。

新型コロナ感染の急激な拡大を目の当たりにして、金融市場は深刻なパニックに陥った。基軸通貨であるドルへの需要はなお高まりやすく、不透明感が払しょくされるまでは、ドルはアップダウンを繰り返しながらも比較的堅調地合いが続きそうだ。しかし、今後、感染者数がピークアウトし、市場心理の緊張が和らいだ時こそ、一時的ながら本格的なドル円の下落に警戒が必要かもしれない。

仮に、FRBのバランスシートの急拡大がクローズアップされてドルが急落し、100円に近づくような局面が来た場合には(あるいは米国対比で日本企業の信用リスクが浮き彫りになる場合には)、日銀も追加緩和をせざるを得ないのではないか。その時重要になってくるのは、「マイナス金利の深掘り」ではなくバランスシートの拡大だろう。

今後、市場環境が正常化するには、1)世界的な感染拡大のピークアウト、2)各国の政策対応(協調行動)、3)新薬の開発、4)原油価格の回復──の4つが大きな鍵になると筆者は考えている。新型肺炎をめぐる情勢は日々刻々と変化しており、2)から4)については程度の差はあれ進展がみられているが、肝心の1)については、残念ながら未だにピークアウトの兆しはみられない。

ただ、イタリアでは現存患者数(累計感染者から回復者と死亡者を除く)は鈍化の傾向にあり、イタリア当局も「感染がピークに達した」との認識を示していることは心強い。中国のようにイタリアも人の移動を徹底して制限したことで、感染者数の急増が抑えられつつあるのかもしれない。

日本でも、いよいよ緊急事態宣言が発動されたが、こうした「人の移動を抑える」という各国の努力と協調行動で、感染拡大の抑え込みに成功すれば、各国で行われている未曾有の経済・金融政策が奏功し、市場は回復するだろう。

市場機能が改善する初期のタイミングで一時的な円高リスクがあったとしても、その後はドル円も緩やかながら上昇すると予想する。 

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

(編集:北松克朗)

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