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コラム:「ドルの信認」は揺らいだのか、コロナ禍に見えた基軸通貨の価値=尾河眞樹氏

[東京 12日] - 「基軸通貨としての米ドルの寿命に対する本物の懸念が浮上しつつある」。7月末、ある大手投資銀行がこのような指摘をして話題となった。いわく、「金の上昇がそれを証明している」。

8月12日、「基軸通貨としての米ドルの寿命に対する本物の懸念が浮上しつつある」。 写真は米ドルの地金型金貨。モスクワで2017年8月撮影(2020年 ロイター/Maxim Shemetov)

確かに、そのリスクが絶対にないとは言えない。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、危機の拡大を嫌った市場マネーは今、ドルではなく金への投資に急傾斜している。

しかし、時々の相場の値動きではなく「通貨の価値」という本質的な分析をする場合、時間軸を明確に示すことが重要ではないだろうか。その意味では、筆者は少なくともこの5年―10年の間に、ドルの基軸通貨としての価値が損なわれることはないとみている。

<「世界の基軸通貨」は健在>

今年3月以降、世界経済に大打撃を与えてきコロナショックで明らかになったのは、やはり「ドルは世界の基軸通貨だった」ということではなかっただろうか。グローバルに株安が広がり金融市場がパニックに陥る中で、当初、最も買われたのはドルだった。

あらゆる資産を現金化(キャッシュ化)する動きを受け、基軸通貨であるドルの調達コストが急騰。日本の金融機関のドル調達コストを示すドル/円のべーシススワップは一時、マイナス153ベーシスポイントまで急拡大し、これに伴いドル円相場も急騰した。これまで「リスクオフの際にドル/円は円高」となるのが常だったが、とんでもないリスクオフの際には、円に対してもドルは強いことが明確になったのである。

こうした市場における「ドルの逼迫」をみて、米連邦準備理事会(FRB)も即座に動いた。各国と新たにドルスワップ協定を締結し、ドルの供給拡大に奔走。その後も矢継ぎ早に資金供給策を実施する中で、FRBの資産規模は2月末時点の4.2兆ドル(約445兆2000億円)から、6月初旬には7.2兆ドルまで拡大した。

この間、ドルの名目実効為替レート(BIS基準)は約6%下落。FRBの資産規模はピークの7.2兆ドルから6.9兆ドル程度まで減少したが、これは市場環境が改善し、海外へのドル資金供給が減少したことによる。つまり、ドルが基軸通貨であるが故に、FRBの資金供給策が効力を発揮し、グローバルに金融市場の動揺が収まっていくなかでドル安が進んだとの見方もできる。

ドルの名目実効為替レートは、3月初旬からコロナショックで7%上昇し、その後FRBのドル供給で6%下落した。現状の水準であれば、まだ「往って来い」、つまり「調整の範囲内」と言える。一方で、金価格は3月の安値から一本調子に38%も上昇している。ただ、だからと言ってドルがあと32%下落するという話にはならない。為替レートは異なる通貨同士の相対的な強弱で決まるからだ。

各国中央銀行のバランスシートをみれば明らかなように、国債買い入れなどの資金供給策によって、直近で最も鋭角に資産が急増しているのは、FRBと欧州中銀(ECB)だ。実額ベースでみれば、FRBの資産規模は前述のとおり約6.9兆ドル、ECBは足元でユーロ高が進んでいる影響もあり、ドルベースでみれば約7.4兆ドルになる。日銀も緩やかながら継続的に資産を拡大しており、6.2兆ドル規模となっている。

このように、日米欧の中央銀行による圧倒的な資金供給によって、ドル、円、ユーロ(ドイツ国債)の名目金利はほぼゼロ付近、実質金利がマイナスとなるなかで、法定通貨の減価が進んでいる。一方で、期待インフレ率は上昇し、将来のインフレを見越したマネーが金に殺到しているというわけだ。金は現物市場の規模(時価総額)が約12.4兆ドルだが、為替市場では1日平均の取引高が約6.5兆ドル、内スポット取引だけでみても約2兆ドルの規模がある。

3月にキャッシュに逃避した投資家のマネーが、一部でも金に乗り換えたり、「法定通貨の減価+インフレ」のストーリーに乗って投機筋が金を買うなどすれば、金価格は容易に急騰するはずだ。さらに、FRBは少なくとも2022年まで利上げをしないと表明している。日欧も、先んじて「緩和からの出口」に向かうとは考えにくい。単独で出口に向かえば自国通貨高を招き、経済にとってマイナスだからだ。少なくとも現時点で22年までの主要国の「ゼロ金利維持」が確約されているならば、金価格は当面、堅調に推移する公算が大きい。

<目先のドル安は進む可能性>

しかし、このことが直ちにドル単体の信認の失墜や、暴落を招くわけではないとみている。コロナ情勢が今後どう展開するか誰にもわからないなかで、金を購入している投資家達の目線は、多く見積もってもゼロ金利が維持される、この2年程度の時間軸だろう。ドルの基軸通貨としての価値の議論とは時間軸が異なるのではないか。

もっとも、実際のところ目先はドル安がもう一段進む可能性はある。要因は、米国政府の追加の経済対策と、FRBの金融政策だ。

米国政府の経済対策による週600ドルの失業給付上乗せは、7月末で失効した。追加の支援策を巡り、これまで与野党で協議が続けられてきたが、7日には物別れに終わった。これを受けて、トランプ大統領は8日、週400ドルの失業給付の上乗せを含む一連の経済対策を、大統領令で急きょ発動した。

議会を無視した異例の大統領令の是非については今後、議会での議論が紛糾しそうだが、いずれにせよ追加の給付は必要で、財政支出は増加する。となれば、FRBの国債買入れに伴って、いったん増加が止まったFRBの資産は再び増加し、これとともにドルがもう一段下落する公算は大きい。

折しも、FRBが9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でフォワードガイダンスを変更し、2%超のインフレ率を許容するとの観測が高まっており、これも一時的にドル安と金価格の上昇に拍車をかけるかもしれない。ただ、これも足元の政策の話であり、ドル安を長期化させる要因にはなり難いだろう。

<本当の危機にはドル上昇へ>

そもそもなぜドルの基軸通貨としての価値が維持されるかといえば、他に代替できる通貨がないからだ。その利便性や信頼性においてドルを上回る通貨は、円やユーロでもなければ、人民元でもデジタル人民元でもない。

デジタル人民元に対する世界の関心が格段に高まっているのは事実だ。しかし、人民元がデジタル化すれば基軸通貨になるわけではない。もしも人民元の国際化が真の狙いなら、中国はデジタル化の前に資本規制を撤廃する必要があるはずだ。一方、金も通貨に最も近い実物資産ではあるが、通貨ではない。インフレヘッジとしての価格の上昇はあったとしても、ドルの代替にはなり得ない。

ただ、通貨の信認という意味では今後、警戒感をもって注視すべきこともある。日米欧で実施されている財政支出と中央銀行の国債買い入れというポリシーミックスは、いまのところ「コロナ対応」が免罪符になっているが、それ以外の目的で財政支出を拡大するようになる、あるいは必要以上のバラマキをするようになれば、国家財政と中央銀行の信認を損なうことになるだろう。また、敵がウイルスだけに、ワクチンが開発されるまでの期間限定の財政支出となるはずで、それも心理的な支えとなり、今のところは政府や中銀の信認低下にはつながっていない。

ただ、もしも来年以降もウイルスとの戦いが続くなど、想定外に長期化し、財政ファイナンスが行き過ぎれば、やはり将来的には国債や通貨の信認が失墜し、暴落を招くだろう。足元の財政ファイナンスが機能している間は、株価や金価格の上昇、低金利、ドル安、円安が基調として続く可能性があるが、それらは将来にこうしたリスクを先送りしつつ成り立っている点には注意したい。

そして、将来、もしも本当に各国の財政危機が連鎖的に現実のものとなるような、本当の危機が訪れる場合には、為替レートでみればむしろ、基軸通貨であるドルは相対的に上昇するのかもしれない。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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編集:北松克朗

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