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コラム:米インフレ懸念と出口戦略、為替市場が備えるべきリスク=尾河眞樹氏

[東京 18日] - 「DON′T FIGHT THE FED(FEDと戦うなかれ)」という、相場の格言がある。米連邦準備理事会(FRB)の金融政策は金融市場に大きな影響を及ぼすので、これに逆らったポジションを取らずに、素直に従うべきである、という意味だ。

 「DON'T FIGHT THE FED(FEDと戦うなかれ)」という、相場の格言がある。米連邦準備理事会(FRB、写真)の金融政策は金融市場に大きな影響を及ぼすので、これに逆らったポジションを取らずに、素直に従うべきである、という意味だ。2019年3月、ワシントンで撮影(2021年 ロイター/Leah Millis)

<大きい影響力>

確かにFRBの影響力は大きい。為替市場を振り返っても、2008年9月のリーマンショック後には、FRBが実施した大幅利下げと量的緩和の導入によってドル全面安の流れが続き、ドル円は2011年に75円台の安値を付けるに至った。2008年9月の106円台から、3年間で約30%の下落だ。

また、昨年3月のコロナショックでは、極端なリスクオフでドルが枯渇するなか、一時は急激なドル高となった。しかし、FRBが社債の買い入れまで決断するなど、なりふり構わぬ大規模な資金供給を実施したことによってドルは大幅に下落。ドル円がたった3週間で111円台から101円台まで、約10円急落したのは記憶に新しい。これらに逆らい、もしドル円をロングポジションにしていたら、と想像するとゾッとする。FRBに逆らってはいけないのだ。

<対話内容に違和感>

とはいえ、最近のFRBのコミュニケーションには、正直なところいささか違和感を覚える。米国経済のV字回復が鮮明になってきたにもかかわらず、無理に緩和維持路線(ハト派)に傾斜しているように見えるのだ。

5月12日に発表された4月の米消費者物価指数(CPI)は、前年比4.2%の大幅上昇となったうえ、振れの大きい食品とエネルギー価格を除いたコア指数も、前年比3.0%の上昇と、1995年12月以来、約25年ぶりの大幅な伸びとなった。新型コロナにより前年が大きく落ち込んだため、この反動という面もあろう。また、内訳をみると、中古車価格や航空運賃、宿泊費などが大きく伸びており、経済活動が徐々に再開されたことによる影響とみられる。

一方、これらの特殊要因を除いてもそれなりに強い結果であり、市場予想の同2.3%も大きく上回った。それでも、消費者物価指数の発表後に講演したFRBのクラリダ副議長は、物価について「さらにいくらか上昇した後、今年後半に落ち着いていく」と述べ、こうしたインフレの加速は、「あくまで一時的」との認識を改めて示した。FRBとしては、目標とする「平均で2%のインフレ」を実現するためには、一時的な「高圧経済」はむしろ必要であるとの考えだ。

<市場への「刷り込み」>

5月5日にも、米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーから、ハト派発言が相次いだ。クラリダ副総裁、ボストン連銀のローゼングレン総裁(むしろタカ派寄り)、シカゴ連銀のエバンス総裁はそれぞれ、「テーパリングの開始時期について協議を始めるには時期尚早である」との考えを異口同音に述べたうえ、クリーブランド連銀のメスター総裁、ボウマンFRB理事からも「緩和からの出口は遠い」といった趣旨の発言があった。

同時に様々なメンバーからこうした市場への「刷り込み」があるのは珍しい。パウエルFRB議長は4月14日の講演で「FOMCのほとんどのメンバーは2024年まで利上げを予想していない」と述べたが、足元の金利先物市場では、2022年12月時点で1回の米利上げが予想されている。こうしたFRBのスタンスと市場の見通しとのかい離が、CPI発表後の株式市場の急落につながった。市場参加者は「本当にインフレは一時的なのか」「極端なインフレになりはしないか」と神経質になっているようだ。

<明快なカナダ中銀>

一方、FRBと異なり、カナダ中銀(BOC)は4月21日、先進国の先陣を切ってテーパリングを決定した。2021年の国内総生産(GDP)成長率見通しを、1月時点の4.0%から6.5%へと大幅に引き上げたうえで、「経済のスラックが吸収される時期」、すなわち利上げ時期の目安を「2022年下半期」とし、1月時点の「2023年中」から前倒した。

IMFによれば、カナダ政府が2020年1月以降に行った経済対策(財政支出を伴うもの)は、今年3月17日時点でGDP比14.6%と、かなりの規模に達している。これに伴い、BOCの資産買い入れが進んだ結果、BOCの資産はコロナ前の約3倍に急増した。これを見る限り、異例な緩和状態から少しでも早く正常化しようと、早々とテーパリングに動いたのもうなずける。

テーパリングは、資産買い入れの規模を縮小するのであって、資産の売却や利上げなどの「引き締め」とは異なる。BOCのような、「異例な緩和から正常化への第一歩に踏み出すが、利上げ自体は来年後半以降」という方針は極めて分かりやすく、テーパリングの議論すら「時期尚早」とするFRBとは対照的だ。

<円を取り巻く環境>

パンデミック以降、どの国も巨額の経済対策と強力な金融緩和の両輪によって景気を回復させてきた。英国や豪州などの経済対策規模はいずれもGDP比16%に及び、中央銀行の資産も2020年以降1.5倍─2倍程度に急拡大している。なかでも、経済対策の規模感で突出しているのは米国だ。経済対策規模はGDP比25.5%に上り、今後さらに増加する公算だ。FRBの資産もコロナ前の倍程度まで拡大している。

こうしたなか、異例な緩和からの出口が少しずつ意識され、加ドル、ポンド、豪ドルや米ドルは、年初来対円で上昇してきた。日本については、経済対策規模こそ15.9%と大きいが、日銀の量的緩和は、これまでの拡大ペースの延長に過ぎず、資産残高はコロナ以降だけでみると25%程度の増加にとどまっている。上述した国々ほどコロナによって「異例な緩和を実施している」という印象は薄い。むしろ異例な緩和が常態化していると言えるのではないか。加えてワクチン普及の遅れ、これによる景気回復の遅れなどもふまえれば、日銀がこの中で最も緩和の出口から遠く、これらの通貨に対して円が弱いという相場環境は、今後も当面続くだろう。

<テーパリング議論の本格化>

米国ではワクチンの普及により、人口100万人当たりの新規感染者数をみると、昨年末の954人のピークから、5月10日時点で108人まで減少している。こうしたなか、一部の州では、コロナ対応の経済活動制限措置を解除する動きが進んでおり、主にはNY州(5月19日から大部分を解除)、カリフォルニア州(6月15日から全面解除)、フロリダ州(7月1日から全面解除)などが既に発表されている。

経済活動の再開と経済対策による後押しで米国経済は一段と回復し、来年1-3月にもFRBはテーパリングに踏み切ると予想する。これに伴い、夏場から秋口にはFOMCメンバーの間でも、テーパリングの議論が本格化しよう。その頃には改めてドルがじわり上昇するのではないか。

心配なのはFRBが足元あまりにもハト派に傾斜しているだけに、コミュニケーションを間違えると、市場の混乱を来す可能性があることだ。しかし、FOMCメンバーはタカ派からハト派までバランスが取れた布陣になっており、今後は景気回復に伴って異なる意見が出てくるに違いない。市場でも少しずつテーパリングが織り込まれていけば、市場の波乱なくドルは緩やかに上昇するだろう。足元の市場の不安は、杞憂(きゆう)に終わると期待している。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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編集:橋本浩

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