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コラム:ドル円の上昇に弾み、円安トレンドは当面続く=尾河眞樹氏

[東京 29日] - 1ドル=120円の大台は、振り返れば通過点でしかなかったように見える。筆者のような古株のディーラーからみると、こうした「大台」は「心理的な上値抵抗線」と言って、大口の売り注文が持ち込まれやすいため、いったんは上昇の勢いに歯止めがかかるポイントである。

 3月29日、1ドル=120円の大台は、振り返れば通過点でしかなかったように見える。尾河眞樹氏のコラム。2月14日撮影(2022年 ロイター/Dado Ruvic)

しかし、今回同水準で足踏みしたのはほんの一瞬で、案外あっさりと上抜けてしまった。最近ではアルゴリズムを駆使したシステムトレードにより、人間の「心理的」な抵抗線にかかわらず一定の条件がそろえば相場が一気に一方向に向かう傾向はあるようだ。いずれにせよ、こうした値動きを見る限り、ドル円の上昇圧力は極めて強そうだ。

<今回の円安の特徴>

3月のドル円は、初旬の114円ちょうど付近から125円台まで、約1カ月で11円の上昇幅となった。ドル円が1カ月を通して一本調子に上昇したのは2016年11月以来だ。当時は米大統領選でトランプ氏が市場の大方の予想に反して勝利し、大型の景気対策に対する期待などからドル円は1カ月で約10円の上昇を示現した。

ただ、当時は、そもそも年初から為替変動が激しく、6月の英国民投票で「EU離脱(BREXIT)」が選択されたことによるショックで一時ドル円は大幅に下落。100円ちょうどを割り込むなどしばらく円高傾向が続いたため、ドル買い方向のニュースがあれば、ドル円は急反発しやすい地合いだった。

しかし、今回は、過去1年間緩やかなドル円の上昇が続いていたうえ、直近2カ月間は115円付近で安定していた。こうした環境で、何故突然ドル円の上昇に火が付いたかといえば、ドル高と円安双方の要因が、同時に影響したことによるものとみている。

<3つの要因>

第1に、米連邦準備理事会(FRB)による一段の「ギアチェンジ」が挙げられよう。3月16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で公表された、メンバーによる政策金利見通し(ドットチャート)では、22年末の予想中央値が1.875%(7回利上げ)だった。しかしこれはあくまで中央値で、22年中にこれを上回る利上げを必要とするメンバーが16人中7人に及んでいたのはサプライズだった。

翌週21日にパウエル議長は全米企業エコノミスト協会(NABE)で講演し、「労働市場は極めて力強く、インフレは高すぎる」などと述べたうえで、必要に応じて50Bps以上の利上げを複数回行う可能性を示唆した。これがダメ押しとなり、FF金利先物では既に、今年毎会合での利上げに加え、うち2回は50Bpsの利上げ幅になることが織り込まれている。市場がFOMCメンバーの変化を感じ取り、政策金利見通しを引き上げるなかで米長期金利とドルが上昇したとみられる。

第2に、日本の経常収支の悪化が挙げられよう。財務省が3月8日に公表した1月の経常収支は1兆1887億円の赤字となった。経常収支の赤字転落は、端的に言えば海外からの収入超から海外への支払い超になったことを示すため、為替の需給としては外貨売り円買いよりも、外貨買い円売り圧力のほうが大きくなる。為替市場では、このところ原油価格の上昇に伴う貿易赤字の拡大に関心が集まっていたため、経常収支が12月に続き1月も赤字となり、かつ赤字額も大幅に増加していたことは、ことのほか注目を集めた。

第3はテクニカル要因だ。これまでドル円の上値抵抗線とみられていたポイントをことごとく上抜けたため、円の先安観から、実需の円売りヘッジなども含めて、様々なドル円の買い需要が炙りだされた可能性がある。ちなみに3月22日に集計、25日に公表されたシカゴ通貨先物市場における投機筋の円の持ち高は、ネットで7万8482枚のショートとなり、円の売り越しは3月8日時点の5万5856枚から約2万2000枚増加した。一部の投機筋が円売りを仕掛けた可能性はあるものの、同期間の対ドルの円安進行速度に比べて、ポジションの変化は小さい。実際には実需の円売り・ドル買いも、市場に相当程度持ち込まれていた公算が大きい。

<強い円安圧力は継続へ>

今後ドル円の上昇が続くかどうかは、上述した3点がどうなるかがカギとなろう。3つのうちの3点目については、投機であれ実需であれ、ドル円の買いが一巡すれば急速な上昇には歯止めがかかってくるはずだ。

1点目の米政策金利見通しについてはどうだろうか。市場は期待で動くため、今後の米利上げが概ね市場に織り込まれれば、一般的にはドル高圧力は収まっていくとみられる。問題は、今後もFOMCのドットチャート自体が変化する可能性がある点だ。21年3月以降にFOMCで公表されたドットチャートでは、22年末の予想中央値だけ取ってみてもこれまで段階的に上方修正されてきた。具体的に見ると、21年3月0.125%、6月0.125%、9月0.25%、12月0.875%、22年3月1.875%と、特に直近2四半期で急速に見通しが引き上げられており、インフレの急伸を素早く抑えたいとのFOMCメンバーの焦りが見て取れる。

ソニーフィナンシャルグループも、直近の見通しでは22年7回の利上げ、うち5月は50Bpsの利上げ幅を予想しているが、リスクは上方に傾いているとみている。FRBはあくまで「データ次第」としているが、利上げが経済への効力を発揮するのにはタイムラグがあることを踏まえると、米インフレが落ち着くには相当程度時間がかかりそうだ。

したがって現段階で市場が十分にFRBの利上げを織り込んだとは言い難く、少なくとも次回6月のドットチャート公表までは、もう一段ドル高が進む可能性はあるとみている。この間、日銀が引き締め方向に舵を切る可能性は低く、日米の金融政策スタンスの格差から来る円安圧力も強まることになろう。

問題は2点目の、日本の経常収支だ。そのうち、海外投資による利息や配当金といった所得収支は、そもそも海外で再投資される傾向があるため、外貨が即座に円転されるとは限らない。また、比較的為替相場に影響を及ぼしやすい貿易収支についても、輸出と輸入では業種によってビジネスサイクルも異なり、実需の為替取引が発生するタイミングや為替ヘッジなどの期間も異なる。

このため、貿易収支が赤字になったからといって突然ドル買い・円売りの規模が増大するわけではない。経常収支の変化は一定のタイムラグをもってじわじわと円相場に影響を及ぼす傾向がある。経常収支(GDP比)と円の名目実効為替レートを重ねると、両者は長期にわたり比較的相関性が高いものの、経常収支の変化から概ね半年から1年半程度遅れて円相場に影響していることが分かる。

したがって、足元の経常収支の悪化は、むしろ今後じわりと円安に効いてくるとすれば、直近のハイペースな円安は早晩和らいだとしても、円安トレンド自体は当面変わらないと見るべきだろう。また、今後地政学リスクや国家間の摩擦によるサプライチェーンの変化、また、世界的なグリーン戦略の影響などにより、エネルギー資源の輸入価格がさらに上昇するリスクも否定できない。さらには、少子高齢化による貯蓄の減少に伴い、今後経常収支の赤字が恒常化する可能性もある。この場合、円安傾向は長い期間継続するかもしれない。

ドル円で大幅にドル安・円高が進むとすれば、それは米国の景気サイクルによって、次回FRBが利下げに転じる時になるのではないか。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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