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コラム:金融市場のテーマが変化、それでもドル高は続くのか=尾河眞樹氏

[東京 25日] - 金融市場のテーマが変化しつつあるようだ。これまで市場参加者は、米連邦準備理事会(FRB)が今後一体何回利上げするのか、利上げ幅は50Bpsか75Bpsなのかと、利上げのペースに注目していた。

 5月25日、金融市場のテーマが変化しつつあるようだ。これまで市場参加者は、米連邦準備理事会(FRB)が今後一体何回利上げするのか、利上げ幅は50Bpsか75Bpsなのかと、利上げのペースに注目していた。尾河眞樹氏のコラム。写真は2018年8月撮影(2022年 ロイター/Marcos Brindicci)

しかし、FRBが年内、少なくとも中立金利(緩和的でも引き締め的でもない中立的な金利)の2.375%を上回る利上げを実施するとの見方が主流になってきたなかで、「米国は果たして景気後退を避けられるのか?」に市場のテーマがシフトしつつある。

米国経済の先行きに対する不透明感から、5月初旬に一時3.2%台を付けた米10年債利回りは2.7%台まで低下、ドルの名目実効為替レートもピークアウトの兆しを見せている。

<カギは米実質金利>

今後、ドルが下落に転じるのか、それとも再び上昇するかは、名目金利から期待インフレ率を除いた、米実質金利の動向次第とみている。米実質金利の動きは、これまでもドル相場と相関性が極めて高く、今後のドルの見通しの参考になる。実際、今年3月以降のドル急上昇の背景には、米実質金利が3月時点のマイナス1.0%付近から5月にかけてプラス圏へと急上昇したことにあった。

今年4月以降、FRBが一層タカ派にギアチェンジしたことで、米期待インフレ率(ブレークイーブンインフレ率・10年)が4月中旬の3.0%台から2.5%台へと低下した。このため10年債利回り(名目金利)が低下したものの、期待インフレ率を除いた米10年実質金利は、0.2%前後で依然高止まりの状況だ。

<2つのシナリオ>

米実質金利が今後さらに上昇するか、低下に転じるかは、米国経済の先行き見通しとインフレの動向がカギとなろう。FRBが今後、概ね市場予想の範囲内で淡々と利上げを実施し、その結果米国経済は減速するものの、景気後退は避けられるとの見通しであれば、米長期金利は概ねターミナルレート(利上げの最終地点)前後の水準まで上昇しよう。この場合、FRBの利上げが奏功して先々インフレは抑制されるとの見通しから、期待インフレ率は緩やかに低下する。したがって、米実質金利はこれまでの上昇ペースよりも緩やかになるものの、じりじりと右肩上がりとなる公算だ。

しかし、仮に米国の景気後退リスクが高まる場合にはリスクオフとなり、債券市場への資金流入が加速するなかで、米長期金利は急低下。期待インフレ率の低下以上のスピードで長期金利が低下すれば、米実質金利も低下する。この場合ドルは大きく下落しよう。

<メインシナリオ>

2つのシナリオのうち、筆者はいまのところ前者の可能性が高いと予想している。過去の米利上げ局面を振り返ると、FF金利が名目潜在成長率を上回って引き上げられた後は、決まって景気後退局面が訪れている。利上げ局面としては1988年3月から89年3月、99年6月から2000年5月、04年6月から06年7月がこれに当たる。それ以外の利上げ局面では、FF金利が名目潜在成長率を大きく超えることはなく、米国が景気後退に陥ることはなかった。

現在、FF金利先物では、年内2.785%、23年末でも2.86%までの利上げが織り込まれており、米国の名目潜在成長率(3.8%)を大きく下回っている。米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバー中、最もタカ派とみられるセントルイス連銀のブラード総裁でさえも、年内必要とする利上げは3.5%程度としており、潜在成長率の3.8%は超えない見通しだ。したがって米国経済は減速したとしても、景気後退は避けられるとみており、これをメインシナリオとしている。

<ドル上昇どこまで>

ソニーフィナンシャルグループでは、23年の4―6月期にかけて政策金利は3.375%まで引き上げられると予想しており、これに伴って米10年債利回りも3.4%前後まで上昇するとみている。前述した通り、これに伴って期待インフレ率が2.0%台前半くらいまで緩やかに低下するとすれば、米実質金利は1.0ー1.5%付近まで上昇する計算となる。この見通しをドル円相場に当てはめると、日本の金利環境さえ変わらなければ、1ドル=135ー137円程度までの上昇余地はありそうだ。この辺りの水準が今回のドル円上昇局面のピークとなるのではないか。

これに対するリスクシナリオとしては、中国経済が予想以上に減速するケースが挙げられよう。元々懸念材料だった不動産市場の悪化に加え、ゼロコロナ政策で経済活動が抑制され、PMIなどの景況感にもこれが現れている。4月以降の人民元の急落と資本流出への懸念を踏まえれば、さほど思い切った金融緩和策も打ち出しにくい。中国経済が今後一層減速すれば、市場心理の悪化に伴って米実質金利が低下する可能性はあるだろう。中国経済の動向には、引き続き注意が必要だ。

<警戒必要な新興国通貨>

他方、「緩やかなドル高」との見通しに反して、ドルが一段と急上昇する場合も、市場環境にとってはリスクだ。ドルの急伸は新興国通貨の急落につながる可能性があるからだ。筆者は、25の新興国通貨で構成されるMSCI新興国通貨インデックスを、市場のリスクテイク状況のバロメーターとして参考にしている。同指数の上昇が続いた後は、金融ショックや、少なくとも米株価の大幅下落を伴うようなリスクオフが起き、ドルの急上昇とともに新興国通貨ポジションのアンワインドにより、指数が急落する傾向が見られる。

08年のリーマンショックや、15年のバーナンキショック、18年のチャイナショックなどがこれに当たる。同指数は20年3月のコロナショック後に底を打った後反転上昇し、昨年には一時1754と、遡及可能な97年以降の最高値を付けた。この1年間でドルの名目実効為替レートは約8%上昇したが、同指数の下落は約3%程度にとどまっており、まだ歴史的な高値圏にある。今後、米国のインフレが収まらずに急激な利上げを余儀なくされた場合には、ドルの急上昇と新興国からの資金流出を伴い、市場全体がリスクオフに傾く可能性があるため注意したい。

新興国通貨の中でも脆弱な通貨の条件として、経常赤字、高インフレ、財政赤字に加え、外貨建て債務が大きく、外貨準備高が低いことなどが挙げられる。実際、既にこの一年で対ドルの通貨価値が半減したトルコは、これら全てに該当する。

その他比較的脆弱なのは、アルゼンチン、南アフリカ、ブラジル、インド、ペルー、メキシコ、マレーシアなどだ。このうち「非資源国通貨」のインドルピー、メキシコペソ、タイバーツ、マレーシアリンギットは中でも下落リスクが高い部類だが、さらにこのうちインフレが急伸しているインド(前年比7.8%)、メキシコ(同7.7%)、タイ(同4.7%)については、ドルが一段と上昇すれば、通貨が下落しインフレが加速しやすい。

利上げでインフレがコントロールできれば良いが、急激な利上げに追い込まれれば景気が悪化し、資金流出のリスクも高まるかもしれない。米利上げとドル高のペースと共に今後は新興国通貨にも目を配っておく必要がありそうだ。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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