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コラム:トランプ相場はまだ序章、大減税の衝撃=竹中正治氏

[東京 21日] - ドナルド・トランプ氏は市場の一般的な予想を2度ひっくり返した。言うまでもなく、1度目は共和党候補として臨んだ米大統領選での勝利自体が大半の政治アナリストの予想に反するものだったことだ。

 11月21日、 龍谷大学経済学部の竹中正治教授は、「トランプ大減税」が実現すれば、中期的に米国の景況・インフレ率・長期金利の上振れ、全般的なドル高が進行する可能性は高いと予想。提供写真(2016年 ロイター)

2度目は、その過激な保護主義的発言のためにトランプ氏勝利の場合は、円高、日本株下落になると大半の市場エコノミストが予想していたが、円買い・日本株売りの動きは選挙明けの1日で終わり、2日目からは急速な円安・ドル高と日本株買いの動きに転じたことだ。米国の株価は選挙明け後も目立った下げはなく、じり高の展開となった。とりわけ銀行株の上げが目立つ。

本稿では2度目の「予想外な円安・ドル高と日本株買い」の動きについて読み解いてみよう。結論から言うと最大の要因は、トランプ氏の大統領選勝利までほとんどの市場参加者が本気で考えていなかった「トランプ大減税」が来年度に現実のものとなる可能性が急速に高まったことだ。

この大減税が本当に実施されると、来年以降のドル相場、米国インフレ率、金利動向、景気動向にわたって私を含むエコノミストが選挙前まで想定していたことをかなり修正するインパクトが生じる。変化の方向は、インフレ率アップ、金利高、ドル高、短期・中期の景気の上振れである。その点を説明しよう。

<トランプ大減税、平時では空前の規模か>

実は私は11月9日に米ワシントンDCに出張し、空港に着いてトランプ氏の勝利を知った。私の出張目的は毎年この時期に開催され、過去12年間参加している全米のエコノミスト会合に出席するためであり、選挙結果の取材ではない。しかし、当然ながら10日に開催されたエコノミスト会合では「トランプ勝利で来年の米国経済は一体どうなるか」でもちきりとなった。

私の目を引いたのはトランプ減税の規模を推計した報告だった。減税案は大きく分けて、1)法人税減税(税率を35%から15%に引き下げ)、2)個人所得税の減税(現行の7段階の累進税率を12%、25%、33%に引き下げ、最高税率は現行の39.6%から33%に引き下げ)、3)キャピタルゲイン並びに配当に対する減税延長(現行の0%、15%、20%の税率を維持)、4)相続税の撤廃などからなる。

現時点では減税案の詳細まで提示されているわけではないので、幅をとって考える必要はあるが、あるエコノミストはその減税規模を10年間で4兆ドルから5.5兆ドルと見積もっていた。他のエコノミストらもおおむねこの前後の推計だろう。税制改革案が増税と歳出拡大でほぼ均衡していた民主党ヒラリー・クリントン候補の案と比べてその大盤振る舞いが際立っている。

仮に10年間の減税規模を5兆ドル、毎年均等に実施されると想定しよう。2015年の米国の名目国内総生産(GDP)は約18兆ドルなので、この減税案の年間規模はGDPの2.8%にも及ぶ。金融危機でも不況でもない経済的平時において実施される減税規模としては空前のものとなるだろう。

<米経済成長の上振れシナリオが浮上>

トランプ陣営は選挙期間中の様々な過激発言を、勝利後には急速に修正しつつあるので、この大減税案が原案に近い形と規模で本当に実施されるかどうかは不確実である。しかし、1980年代前半のレーガン大統領の減税、2000年代のブッシュ大統領の減税など、減税は「小さな政府」を標榜する共和党にとって代々の看板政策であり、相当の規模で実施される可能性が高いと、とりあえず思って良いだろう。

この大減税が実施されると、連邦財政赤字の拡大、国債発行増、長期金利上昇、日米金利格差拡大、ドル高というシナリオがすでに語られている。内外金利格差拡大がドル相場上昇をもたらすというのは国際金融論のテキストも語る基本命題なので、いかにももっともらしい。

しかし、日米の長期名目金利格差とドル円相場の変化の関係性は実はとても不安定だ。実際に2010年以降の期間で検証すると、名目金利格差拡大がドル高(逆は逆)という相関関係は弱い程度でしか検出できない。期間によっては関係性がほぼゼロか、逆の場合すらある。

ところが、この関係性がほんの2―3カ月前から非常に強く復活したのだ。なぜ金利格差とドル円相場の関係性が非常に強い度合いで突如復活したのか、これを語らないことには説明として意味がない。つまり同じ金利格差の変化でも、選挙投票日の迫った今年の夏以降と以前とでは、金利格差拡大がドル高に強くつながる違いが何か生じているはずだ。

それはトランプ大減税がもたらす米国景気動向の上振れシナリオの浮上だ。

リーマンショック後の米国景気回復過程で平均の実質GDP成長は2.1%(2011―15年)であり、2000年代前半までの同平均成長率3.0%(1990―2006年)と比べると低い。ところが、実質GDP成長率における各項目の寄与度を見ると、2011年―15年の時期は政府部門の寄与度が約0.3%ポイントとマイナスになっている。これは金融危機と不況の2008―09年に政府部門の寄与度が0.6%ポイントのプラスになった(財政赤字の拡大)ことの修正(財政赤字の縮小)が行われた結果である。

さらに米連邦議会予算局(CBO)の推計(The Budget and Economic Outlook:2014-24)によると団塊世代の引退など労働力伸び率の低下で0.7%ほど成長率は下押しされている(対象期間:2014―17年)。つまり長期停滞論(secular stagnation)など持ち出すまでもなく、この2つの要因だけで成長率の下方シフトは説明できるのだ。

すでに完全失業率は4.9%(10月)となり、雇用面では事実上の完全雇用状態に近づいている現状で毎年GDPの2.8%にも及ぶ大減税を実施すると、どういうことになるだろうか。減税が経済成長率に与える影響は、米連邦準備理事会(FRB)などは動学的確率的一般均衡モデル(DSGE)やその修正版で推計しているが、私のような一大学教授エコノミストにはそうした大モデルは利用できないので、とりあえず大ざっぱに考えてみよう。

仮にGDPの2.8%に及ぶ減税の3分の1が消費や設備投資の支出増に充てられ、他の条件は変わらないとすると、それだけでGDPの約0.9%分の内需となってGDPを押し上げる。先ほど述べた危機後の平均実質GDP成長率(2.1%)は、財政赤字の縮小を止めて前年比フラットにするだけで0.3%ポイント押し上げられる。これにさらに0.9%ポイントの内需拡大が加われば成長率は3%を超えるだろう。

これは減税による内需拡大の乗数効果を考慮していない極めて控えめな推測である。しかもトランプ氏は減税に加え民間資金を利用した大規模なインフラ投資も主張しているのだ。

もっとも、連邦政府の財政赤字拡大、政府債の発行増加による長期金利の上昇、内外金利差拡大によるドル高、物価の上昇など各種の経済金融変数の中には実質成長率押し上げを相殺する要因もある。したがって、先に述べたように大規模な経済モデルによるシミュレーションが必要で、そうした推計は今後減税案が具体化するにつれて出てくるだろう。とりあえず現状では減税実施以降の来年度(2017年10月以降)の米国GDPは短期的、中期的に3.0%を超える可能性が高いと考えられる。

<ドル売り・日本株売りが当初起きた訳>

ドル金利の上昇を伴った米国経済の潜在成長率からの上振れは、典型的には1980年代前半(レーガン政権第1期の大減税、1983―84年平均実質GDP成長率5.9%)、1990年代後半(クリントン政権第2期のITブーム、1996―2000年同4.3%)、2004―07年(ブッシュ政権第2期の住宅バブル、2004―05年同3.6%)と過去何度か繰り返されてきた。

いずれの時期も米国の内需拡大で経常収支赤字は拡大したものの、金利の上昇と強い景況に引かれて海外から米国への資金流入が強まり、程度の違いはあるがドル高となった。市場参加者の一部はそうしたシナリオの可能性を今年の夏以降予想し始めたのだ。

それではなぜ選挙明けの11月9日の東京市場でドル売り、日本株売りが起こったのか。上記のようなシナリオを予想し始めた投資家の一部とは別に、トランプ氏の露骨に保護主義的な発言から、日本たたきで円高・日本株安というもう1つのシナリオを抱く市場参加者も多かった。日本ではむしろこちらのシナリオが主流だった。

これも根拠のないことではなく、実際、同種の出来事は過去にもあった。例えば1994年、日米貿易不均衡をめぐる協議を米国が日本に仕掛けていた時期には、当時のビル・クリントン大統領が「日本が妥協しないなら円高・ドル安も仕方あるまい」という趣旨の円高誘導発言を行い、一気に110円台から100円台前半まで円高・ドル安が進んだこともあった。

大統領選の結果発表直後の東京市場を動かしたのはそうしたシナリオを信じた人々だった。ところが、トランプ氏の勝利演説を聞いてみると、それまでの過激発言は一切姿を消していた。トランプ氏の勝利と大減税の可能性を真面目に考えていなかった投資家層も、大減税実施のインパクトを考えて相場観を修正し始めたのだろう。その結果がドル買い円売りであり、以前のコラム(「株安・円高の呪縛が解ける日」2016年8月23日掲載)で述べた円相場との強い相関性(円安・株高)のゆえに日本株も急速に買い戻されたのだ。

また、米国では銀行株が急騰している。これは金融危機後に導入された厳しい金融規制改革法(ドッド・フランク法)がトランプ政権の下で緩和されるという思惑が働いているとされる。しかし、それ以上にドルの長期金利上昇による長短金利格差の拡大が、基本的に短期調達・長期運用の構造を持つ銀行の収益を押し上げる要因の方が大きいと思う。米国や海外でドル建てのローンビジネスを広げている日本のメガバンクの株も一緒に急騰している理由である。

<インフレ率アップ、長期金利上昇、ドル高へ>

最後に米国の実質GDP成長率が中期的に3%を超えるようになった場合の物価と長期金利のシナリオを考えてみよう。前回のコラム(「ドル長期金利はどこまで上がるか」2016年9月28日掲載)では米国のGDPギャップと長短金利格差の間には高い相関関係があることを指摘した。実はGDPギャップは消費者物価指数との関係性も高い。

米国の消費者物価指数(除く食料とエネルギー)はすでに前年同期比で2%台前半になっているが、FRBがより重視しているというコア個人消費支出(PCE)価格指数(除く食料とエネルギー)では前年同月比で1.7%(9月時点)であり、目標とする2.0%のめどに達していない。

コアPCE物価指数とGDPギャップの2000年以降の相関関係を示したのが掲載図である。両者の間には正の相関関係があり、相関係数は0.72、決定係数は0.52である。これはコアPCE物価指数の前年同月比の変化の52%をGDPギャップで説明できることを意味する。

この関係性に基づく限り、現在まだマイナスのGDPギャップが0を超えるとPCE物価指数も前年同月比で2.0%を超える。そしてGDPギャップのゼロ・ポイントは、今年第4四半期以降の実質GDP成長率が平均3.0%であれば2018年第1四半期に到来する。もし成長率が3.5%であれば、ゼロ・ポイントは17年第4四半期に到来する。

すなわち前回9月のコラム「ドル長期金利はどこまで上がるか」で述べた「上振れシナリオ」の10年物ドル金利水準2.50―2.75%(中心水準)が来年実現する高い可能性が、トランプ大減税によって浮上したと言える。その場合、2018年の長期金利はさらに3%超えとなるだろう。

もっとも、最終的にどのような形態で、どれほどの規模の減税が実現するか現時点では不確実である。また、その実施も米国財政の次年度から実施されるならば、それは2017年10月からである。したがって現時点での見通しには限界があるが、少なくともマクロ経済的な先読みに機敏な投資家層は、以上のシナリオを脳裏に描きながら債券から株式へ、ドルショートからドルロングへのシフトを開始した可能性が高く、そのシフトはまだ初期段階であろうか。

今後、トランプ減税がオリジナルに近い形で具体化が進む限り、中期的に米国景況の上振れ、物価上昇率と長期金利の上振れ、対途上国通貨を含む全般的なドル高(ただし私はドル円では再度120円超えの円安になるとは考えていない)が進行すると考えておいた方が良いだろう。それが長期的に米国経済にとって良いかどうかは、また別の問題であるのだが。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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