December 21, 2016 / 4:12 AM / 2 years ago

コラム:トランプノミクスと日本の蜜月が終わる時=竹中正治氏

[東京 21日] - 11月9日から始まった「トランプ相場」は、2017年以降の米国景気の上振れ期待を背景に、長期金利高、ドル高、株高(特に金融銘柄の高騰)の三拍子で急速に進んでいる。大統領選挙前に支配的だった悲観予想を裏切り、このトランプ相場で現在一番順風を受けているのは日本の金融経済情勢だろう。

ドル高・円安への反転は、いったんピークアウトした日本の企業収益のリバウンド期待に火を付けたようだ。日本株の大規模な売り越しで動いていた海外投資家層はショートカバー的な買い戻しに転じ、日経平均は1万9000円台を回復した。円高による物価下落効果も一転し、円安・物価上昇に転換するだろう。

2014年4月の消費税率引き上げ後の消費の反動減は終わったはずなのに15年から16年にかけても、実質雇用者報酬の増加にもかかわらず個人消費は低迷した。だが、幸い雇用環境の改善が持続した結果、景気の腰折れには至らなかった。

そこにトランプ相場の波及による円安・株高が加わり、景況感は改善している。内閣府の景気ウォッチャー調査が示す家計動向、企業動向はともに2016年6月に底値を付け、直近では消費税率引き上げ前の水準に戻りつつある。こうした「トランプノミクスと日本経済の蜜月」とも言える状況を背景に、2017年初の株式相場は楽観的なトーンでスタートしそうだ。

しかし、この蜜月はどれほど持続するだろうか。また何がそれを終わらせるだろうか。この点では市場アナリストの見方は分かれている。筆者は最長で2―3年程度、早ければ1年前後で蜜月は終焉し、再び円高・株安に大きく振れるリスクが高いと思う。その理由を説明しよう。

<レーガン政権期に起きたこと>

減税や公共投資の形で財政支出(赤字)を大規模に拡大した場合の短期・中期の金融経済効果については実証的にも理論的にもほぼコンセンサスがある。すなわち長期金利の上昇、内外金利差拡大による通貨相場の上昇、経常収支の赤字拡大(あるいは黒字減少)である。

1980年代前半のレーガン政権期に起きたことがこの典型的なケースだ。70年代に悪化した高インフレを鎮静化するために、当時の米連邦準備理事会(FRB)はボルカー議長の下で厳しい金融引き締めを実施し、ドル金利は短期も長期も10%を超えた。

一方、財政政策では累進税率の引き下げを含む大規模な所得減税が実施された。この結果、1982年はマイナス成長となったが、翌83年の実質国内総生産(GDP)成長率は4.6%、84年は7.3%と跳ね上がった。同時にドル高が進行、経常収支赤字は当時としては記録を更新し、GDP比率で3%を超えた。

レーガン大統領は控えめに言ってもマクロ経済音痴であり、最初は「ドル相場が上がるのは強い米国復活の証拠」という趣旨の発言をしていた。しかし、経済界では製造業を中心に産業の空洞化への危機感が強まり、連邦議会では特に日本を標的にした保護主義的な論調が激しくなった。そして最終的には85年の「プラザ合意」でドル下落の協調介入に至った。

現時点でトランプ次期政権の下でどの程度の規模の減税とインフラ投資が実施されるか不確実である。しかし、前回コラム「トランプ相場はまだ序章、大減税の衝撃」(11月23日掲載)で述べた通り、減税が今後10年間で5兆ドル前後の規模で実施されれば、米国の経済成長率は当面その趨(すう)勢的な水準(2%台前半)から大きく押し上げられ、3%超の水準となるだろう。

3%超という水準はFRBを含む諸機関の目下の予想から見ると高めであるが、現状ではトランプ次期政権の減税実施はその規模、詳細ともに不確実であるため、そもそも予想に織り込んでいない機関が多いのだ。

<米貿易収支赤字はどこまで拡大するか>

大減税と公共インフラ投資で、長期金利の上昇とそれに随伴したドル高と経常収支赤字の拡大が生じる。こうしたシナリオはすでに各方面のエコノミストによって語られているが、問題はその規模と生じる時期である。それを予測してみよう。

一国の対外不均衡は経常収支(貿易収支、所得収支その他の合計)で見るのが一般的だが、トランプ次期政権は貿易への関心が強いので財とサービスを合計した貿易収支で考えてみよう。

中期(1年から数年)程度の貿易収支の変動は、1)実質実効為替相場(「実効為替相場指数」とは貿易シェアで加重平均した当該国の為替相場指数であり、さらにそれを内外インフレ率格差で調整したものが「実質実効為替相場指数」)、2)当該国と海外の内需成長率格差、などの要因に強く規定されることが知られている。

掲載図は、FRBが公表している実質実効ドル相場指数(ブロードベース、以下「実質ドル指数」)と米国の貿易収支の対GDP比率(以下「貿易収支比率」)の相関関係を示したものだ。実質ドル指数の変化は平均で約2年半(10四半期)のタイムラグを伴って貿易収支の増減に影響を与えている。

青の分布は1980―97年であり、緑の分布は1998―2016年(第3四半期)である。いずれも分布が右肩下がり(負の相関関係)となっており、実質ドル指数の上昇は2年半のタイムラグを伴って貿易収支の赤字拡大をもたらしている。

青の分布から緑の分布へと左下方向にシフトしているのは、米国の貿易収支赤字比率が長期的、すう勢的に拡大したことを示しており、その分岐点は1990年代の後半にあった。このような長期的なシフトは、ここであげた実質ドル相場指数などの循環的な変動要因では説明できない。一般には経済金融のグローバル化の深化で米国に流入する資金が飛躍的に拡大した結果と考えられる。

注目して頂きたいのは、図中の実質ドル相場指数は2年半のタイムラグを伴っていることだ。直近時点である2016年第3四半期(オレンジの点)の貿易収支比率マイナス2.5%(マイナスは赤字、実額で1164億ドル)は同時点のものだ。一方、同点の実質ドル指数85.30は10四半期前のものである。16年11月時点の実質ドル指数はオレンジの垂直線で示した101.32であり、それに対応する分布の近似線上の貿易収支比率はマイナス4.3%である。

すなわち実質ドル相場指数が今後11月と同じ水準を維持しただけでも、2年半後には貿易収支赤字はGDP比で現在の2.5%から4.3%に拡大することを意味する(ただし、ブレのある数字だ)。

<穏やかなドル高持続でも貿易赤字拡大へ>

もちろん米国の貿易収支に中期的な影響を与える要因は実質ドル相場指数だけではない。米国と海外の内需成長率の格差なども循環的な要因として働いている。この変数の計算作業は少し手間がかかるので、代わりに米国のGDP需給ギャップ(連邦議会予算局公表)で代理することにしよう。

GDPギャップのマイナス値の拡大は国内総供給力に対して総需要の不足を意味し、輸入減少・輸出増加を通じて貿易収支にプラスに働く(黒字効果)。逆にGDPギャップのプラス値の拡大は総供給力に対する総需要の超過を意味し、輸入増加・輸出減少を通じて貿易収支にマイナスの拡大に働く(赤字効果)。2016年第3四半期ではGDPギャップはまだマイナス1.9%と需要不足の状態にある。

そこで貿易収支比率の中期的な変動を説明するために1998年から2016年第2四半期の期間について、要因として、1)実質ドル相場指数の前年同期比(前年比で4四半期+6四半期=10四半期のタイムラグ付き)、2)GDPギャップ、の2つの変数を使って回帰分析すると有意な結果が得られた。

詳細は省略するが、GDPギャップの1%ポイントの上昇は貿易収支比率を0.16%ポイント低下(赤字拡大)させ、実質ドル指数の前年同期比1%ポイントの上昇(ドル高)は同じく0.04%ポイントの貿易収支比率の低下(赤字化)をもたらす。

次に回帰分析で得られた推計式に基づいて、2016年第3四半期から18年第4四半期まで推計してみよう。推計の想定は次の通りだ。

1)実質ドル相場指数について目先6四半期はタイムラグを伴うので過去6四半期の実績値が使用できる。最後の4四半期は前年同期比で5%の穏やかなドル高が継続する。

2)米国の実質GDP成長率は2018年末まで平均3%とし、その結果GDPギャップは18年第4四半期にはプラス0.8%の需要超過となる(この水準はリーマン・ショック前の06年第2四半期ピーク時のGDPギャップのプラス0.6%に近い)。

実は変数の設定は多少異なるが、米国の経常収支についてほぼ同種の推計を私は2008年4月に公表している。当時まだGDP比で4.9%(07年第4四半期、その後の改定で4.3%になった)だった経常収支赤字は、穏やかなドル安が継続するだけで12年には2.2―2.9%に縮小する見通しを述べた(「米国経済とドル相場の中期展望:米経常赤字は2、3年で半減」日本経済研究センター会報、08年5月)。

当時、拡大した米国の対外不均衡のゆえにドル相場の暴落が起こるのではないかという論調がエコノミストの間で強かったが、結局はドル相場の暴落なしに2012年の経常収支赤字比率は2.8%に縮小したので、私の予想はほぼ的中している。

さて、今回はこの想定の下で貿易赤字比率は2018年第4四半期に4.8%、18年通期では4.2%と現在の2.5%(16年第3四半期)から大きく拡大するという推計結果を得た。

この貿易収支比率の赤字水準は過去のピークだった2006年の5.5%には及ばないが、それに次ぐ水準だ。赤字額で言うと年間4885億ドル(16年見込み)から8157億ドル(18年推計値)へ3272億ドル(約36兆円)の増加である。もちろん、これは確率的な推計であり、数値についてはブレを付けて受け止めてほしい。

<トランプノミクスが引き起こす次のリスク>

すなわち、「海外から米国内に雇用を取り戻す」と掲げ、そのために露骨に保護主義的な主張を繰り返してきたトランプ次期大統領が、自らの拡張的な財政政策によって貿易赤字の拡大を招く可能性が極めて高いのだ。その事態に政権が直面した時、次にどのような行動に出るか。これが現下の「トランプ相場」の次に日本と世界が直面する不確実性(リスク要因)である。

貿易収支赤字の再拡大に直面した場合のトランプ次期政権のアクションを今から具体的に予想することは困難だが、考えられる選択肢はいくつかある。

1990年代のクリントン政権時の「日米包括経済協議」のように2国間ベースの交渉で個別項目毎に「アメリカ・ファースト(米国第一)」の通商利益をごりごりと押し通す手法が最もありそうな選択肢だ。あるいは、これまで為替相場について米国は85年のプラザ合意を除くと「市場介入」という手法をドルに対して取ってこなかったが、「他国がするなら米国がしない理由はない」とドル売り介入をする、あるいはその可能性を公言することもあり得るだろう。

多少楽観的に考えると、米国景気の上振れが続いているうちは、トランプ次期大統領も露骨に保護主義的な言動を控えるかもしれない。このリスクが顕現化するのは、金利上昇とドル高で景況感に陰りが出てくるときかもしれない。また1980年代と異なり、米国の対外的な赤字に占める比率では日本ではなく中国が圧倒的なシェアとなっており、トランプ次期政権の矛先は中国に向かう可能性が高い。

もちろん、以上で述べた米国景気の上振れやドル相場の上昇は中期的、循環的なものだ。トランプ次期政権に米国の長期的な潜在成長率を目立って押し上げるような包括的な政策はまだ見られない。この点では1980年代の2期にわたるレーガン政権もすう勢的な経済成長率の引き上げには成功していないことと同様である。

実際、米国の平均実質成長率は、1970年代3.2%、80年代3.1%、90年代3.2%と10年平均では驚くほど安定していた。とりあえずは、2017年以降に到来するすう勢的な水準から上ぶれた局面で、株式とドル相場は売り、長期債券は買いの好機となるだろう。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below