January 10, 2018 / 7:28 AM / 5 days ago

コラム:次の米景気後退と株価下落余地を考える=竹中正治氏

[東京 10日] - 2017年暮れの米国連邦議会での減税法案可決を受け、2018年の米国の実質国内総生産(GDP)成長率を上方修正する動きが続いている。

私は2018年の実質成長率は2.5―3.0%になるだろうとイメージしている(2000―16年の平均は2.0%)。株価が2017年末時点で減税による企業利益の押し上げ効果をどの程度織り込んでいるかについてはなんとも言えないが、おそらく株価もまだ高値更新を続けるだろう。

しかし、大局観としては2009年を底にした米国の景気回復はいよいよ「成熟局面」に入ったと言えるだろう。長期投資の要諦は「陽(陰)の時に陰(陽)の兆しを見る」である。米国の次の景気後退は、トランプ政権の後半である2019―20年のどこかで始まると、これまで大づかみに考えてきた。

今回、もう少しきちんと検討した結果、次期景気後退の始まりは2020年の前後1年というめどが立った。また、景気後退が始まった場合、どの程度の株価下落が起こり得るかも考えておこう。

<米社会・経済の諸問題に減税効果は期待薄>

まず2018年から実施される減税の規模であるが、今後10年間でおよそ1.5兆ドルであり、10年間で均等割りすると2016年の名目GDPの0.8%程度である。減税の内訳は、所得税1兆1300億ドル、法人税6500億ドルで、国際課税は3200億ドルの増税である。2017年初まで語られていた10年間で総額4―6兆ドルという大減税案に比較すると、かなり現実的な規模にスケールダウンされた。

連邦議会の合同租税委員会によると、今回の減税で向こう10年間の実質GDPは0.7%押し上げられると推計されている(文末の注1)。2000―16年の平均実質GDP成長率は2.0%だから、単純に足し上げると今後の平均成長率は2%台後半になる。

しかし、米国が直面している社会・経済の諸問題に対して、今回の減税が何かしらのプラスの効果をもたらすことは残念ながらないだろう。まず米国では所得の上位10%が納税額の71%を占め(2010年時点)、所得減税は必然的に富裕層減税になり、所得格差をさらに拡大することはあっても縮小することはない。

また、失業率が4%台前半まで下がった今の米国の貧困問題の核心は、オピオイド中毒問題に象徴されるように労働市場から退場してしまい失業者として計測すらされなくなった人々の社会復帰問題だ。こうした層はマクロ的に景気が押し上げられても、それで職に復帰することはできない。この問題を改善するためには、こうした人々を労働市場に復帰させるための救済・再教育政策が必要なのだ。

残念ながら、共和党とトランプ大統領はそうした手間のかかるプログラムにはあまり関心がないようだ。それどころか、医療保険制度改革法(オバマケア)の下での個人の医療保険加入義務の廃止が税制法案に追加されて可決されてしまった。今後、再び低所得層を中心に医療無保険者が百万人単位で増えることになるだろう。

そして、今回の減税は今後10年間の連邦財政赤字を拡大することによって、次の景気後退期に取り得る財政政策の余裕を減じてしまう。おそらく米連邦準備理事会(FRB)もそのリスクを承知しており、次の景気後退期の金融政策の発動余地を確保するために、穏やかながらも整斉(せいせい)と金利の引き上げと連銀のバランスシートの圧縮を継続するだろう。

<長短金利差が景気動向の先行指標になり得る訳>

今の米国景気回復がどの程度持続するか考える上で、改めて長短金利格差の動向が注目されている。長短金利差の縮小(フラット化、あるいは逆転)が次の景気後退の先行シグナルになる可能性については、1980年代から米国のエコノミストの間で関心が高まり、予測指標としての効果をおおむね肯定する多数の実証研究がある。

サブプライム危機が始まる2007年の前年にも、当時の長短金利差のフラット化が先行きの景気後退のシグナルではないかという議論が高まった。例えば、2006年夏にはニューヨーク連銀のエコノミストが長短金利格差を景気後退の先行指標とする際の実践的な手法を提案する論文を公表し、当時の長短金利差のフラット化に注目した(文末の注2)。

2006年当時、邦銀のワシントンDC事務所の所長として勤務していた私も、この変化に注目し、米国の住宅市場におけるバブル的な価格の高騰と併せ、米国景気の先行きに警戒的なレポートを幾度か発信した。

しかし、動学的一般均衡モデル(DSGE Model)と呼ばれる包括的な理論モデルで経済動向予測を行う米国人エコノミストからは、先行きの景気に対する強気の判断と同時に「長短金利差が予測指標になるなんてことは、合理的根拠のないジンクスにすぎない」という趣旨のコメントを受けたこともある。どちらが正しかったかは言うまでもない。

下の掲載図表をご覧いただきたい。灰色で示した景気後退期の直前に、長短金利差(10年物国債利回り-3カ月物TB利回り、四半期平均ベース)が縮小し、フラットからマイナス(長短金利逆転)の領域に入っていること、そして景気後退期には長短金利差が拡大に転じることが繰り返されていることがわかるだろう。

1950年代後半以降で見ると、9回の景気後退期の前に長短金利差が0.5%以下になってから次の景気後退までの期間は平均7.2四半期(2年弱)だ。また、長短金利差がマイナスに転じた時から測ると、次の景気後退までの平均期間は6.4四半期(1年半余)となる。ただし、この場合は1950年代後半と1960年代初頭の2回の景気後退前には長短金利がマイナスとなってはいないので見逃すことになる。

なぜ長短金利の縮小が景気後退の先行指標となり得るのか。まず長期金利の水準は、その期間中について予想される短期金利の累積利息と同じ水準に決まると原理的に考えられる。また、債券市場の参加者(投資家と調達者)はフォワードルッキング(将来予測的)な行動を行うと想定される。

景気のピーク圏では短期金利は金融引き締めにより上昇している。そうした状況下で債券投資家は目先に景気後退の可能性を感じとると、先行きの金融緩和による低下を見越して、長期固定金利での資金運用を増やす(長期債券の買い)。一方、債券市場での資金調達者は同様に先行きの金利の低下を見越して、長期固定金利での調達を減らす(長期債券発行の減少)。

その結果、長期の債券は短期金利に対して相対的に価格が上がり(利回りが下がり)、長短金利差は縮小(フラット化)、あるいは逆転する。そして、景気後退が始まると金融緩和により短期金利は低下し、長期金利もある程度下がるが短期金利ほどは下がらず、将来の景気回復を見越す動きで金利格差は再び広がり始めるわけだ。

もっとも、長短債券利回りに反映される市場参加者の予測行動と、結果としての現実の金利の変動には相応のぶれがある。その結果、長短金利差が景気後退前にどこまで縮小・逆転するか、また長短金利差が縮小・逆転してから景気後退が始まるまでの期間については、バラツキが生じる。しかし、最終的に景気後退を迎えない好況はあり得ないので、長短金利差は景気後退への予測性を持ち得るのだろう。

<次の景気後退入りは2019―21年の間か>

景気動向を反映した指標としてはGDPギャップにも注目する価値がある。GDPギャップは、実際のGDPと推計された潜在成長率の乖(かい)離度であり、不況期にはマイナス(需要不足・供給力超過)、好況期にはプラス(需要超過・供給力不足)となる。GDPギャップが長短金利格差と高い負の相関関係を持つことは、このコラムでも幾度か取り上げた(「遠のくトランプ大減税、米景気悲観は不要」2017年4月5日)。

そこで、掲載図には米議会予算局(CBO)が公表しているGDPギャップを併記した。GDPギャップは潜在GDPの推計値が修正されると変わってしまうので、確定的な値として景気動向の予測性があるとは言い難い。しかし、GDPギャップと長短金利差の高い相関関係を利用して、将来シナリオを描く役には立つ。

2017年7―9月のGDPギャップは2008年以降で初めてプラス転換し0.2%、2018―20年の潜在GDP成長率は1.7―1.8%(実質)と推計されている。そこで1990年から現在までのGDPギャップと長短金利差の関係性(相関係数-0.71、決定係数0.51)に基づいて予測推計してみた。

すると2017年第4四半期から2020年第4四半期まで平均実質GDP成長率が2.5%となった場合、長短金利差がマイナスになるのは2019年第4四半期で、2020年第4四半期の長短金利差の予想推計値はマイナス0.4%(図表の緑線)になる。また、平均3.0%成長になった場合、長短金利差は2018年第4四半期にマイナスになり、2020年第4四半期はマイナス1.3%(図表の赤線)となる。つまり2019年中には高い確率で景気後退シグナルが点灯する。

シグナル点灯から景気後退までの既述のタイムラグを考慮すると、次の景気後退の始まりはおおよそ2020年の前後1年というめどが立つ。FRBメンバーの政策短期金利に関する中央値予想は、0.25%の引き上げを2018年に3回、2019年に2回で2019年末の水準は2.7%だ。私の米国経済成長率に関する想定はFRBよりもやや強気なので、2019年末頃までに長短金利とも3%前後でフラット、あるいは若干の逆転になるイメージだ。

<景気後退時の株価下落幅は平均31%>

最後に景気後退が始まった場合、米国株価はどの程度その時の高値から下落するだろうか。1950年までさかのぼって景気回復期の高値から景気後退期にS&P500株価指数がどの程度下がるか見ると、景気回復期の株価の高値から景気後退期の安値までの下落が10回、さらに景気後退にはならなかったが、30%以上の下落が起こったことが2回(1987年と2002年)ある。直近高値からの平均の下落率は31.2%、下落率最大は49.9%(1973―74年)、最小は14%(1959―60年)である。

次の株価下落を考える点で不気味なことは、株価の上昇基調と同時にその変動性が低下した局面が長く続いていることだ。S&P500のオプションの変動性に基づいたVIX指数で見ると、2015年8月のチャイナショック(人民元切り下げ)に揺れた局面で一時跳ね上がった後は低下トレンドをたどり、現在では10%前後の歴史的な低位水準で推移している。

長い期間にわたって株価の上昇トレンドと変動性の低下が続くと、その後に激震局面が到来する傾向がある。これは昔から言われていることだが、単なるジンクス以上の意味がある。変動性の低さと株価の上昇基調の持続は、低リスク・高リターンを意味する。これに誘引されて、市場参加者は株式などのリスク持高を増やす。債務を増やして金融レバレッジ比率を上げる投資も増える。やがてそうした市場参加者の拡大した潜在的なリスク量が一気に顕現化して、大きな相場崩壊になる可能性が高まるわけである。

もちろん、次の景気後退時の株価下落が、いつ起こり、どの程度になるか、合理的にピンポイント予想する手法はない。景気後退時に大きな下落があり得るからと言って、米国株の投資残高を慌てて手じまいする必要もない。米国株価指数での定額積立投資をしている場合には継続するのが良いだろう。景気後退が始まるまでにまだ相応の時間があり、それまでに米国株がどこまで上がるか、事前には予想困難だからだ。

最も重要なことは大きな下落が起こっても、そこは絶好の買い場であり、米国の株式市場では長期にわたる「buy and hold」(長期保有)戦略が有効であることだ。「米国資本主義はもうおしまいだ」と言わんばかりの悲観論を声高に語る筋がまたぞろ出てくるだろうが、惑わされてはいけない。2008年のリーマンショック時にも、私は各種の著作の中でそう説き、自らも実践した。次の景気後退時の方針も同様である。

注1:Macroeconomic Analysis of The Conference Agreement For H.R.1,The “Tax Cuts And Jobs Act” Joint Committee On Taxation, Dec.22.2017

注2:Arturo Estrella and Mary R.Trubin “The Yield Curve as a Leading Indicator: Some Practical Issues” Current Issues in Economic and Finance, Volume 12, Number 5, July/August 2006, Federal Reserve Bank of New York(同論文によると指標性として最も適しているのは3カ月物TBと10年物米債利回りの格差であり、本稿でもそれを踏襲した)

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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