August 22, 2016 / 4:03 AM / 2 years ago

コラム:株安・円高の呪縛が解ける日=竹中正治氏

[東京 22日] - 日本株と円相場の関係について、昨年夏の中国ショック、あるいは今年6月のブレグジット・ショック(英国民投票での欧州連合離脱選択)など、世界経済に暗雲が立ち込め、各国株価が急落する時に円高に動くことが続いた。

これに釈然としない方々は少なくないはずだ。メディアは「相対的にリスクの低いと考えられている円が買われて円高になった」とほとんど意味のない市況解説を繰り返してきた。この相場現象を考えてみよう。その上で現在の「株安・円高」「株高・円安」という相関関係(逆相関)が崩れる可能性についても検証してみよう。

<バブル崩壊後に円高が進行した訳>

円相場と日本の企業収益の間にはある程度の相関関係がある。したがって円高を示唆するニュースで、円高なら企業収益減、日本株売り(逆なら逆)と投資家が動くのは不思議ではない。奇妙なのは株価下落を示唆するニュースで、日本株安なら円高に動くことだ。

しかし振り返れば、日本経済・金融に何か負のショックが起こり、それが円高を誘発した最初の大きな局面として1990年代前半のバブル崩壊局面がある。1990年春には1ドル160円近辺まで円安に戻っていたが、日本のバブル崩壊、つまり株価の下落、不動産価格の下落と並行して1995年には1ドル80円まで円高が進行した。通常、資産バブル崩壊という負のショックは当該国から資金の流出を起こすため通貨安を起こすと考えられている。実際、大概の国ではそうなる。

なぜ日本ではそうならなかったのか。日本は当時も恒常的な経常収支黒字国であり、加えてバブル崩壊による不況を受けた内需の冷え込みと輸出ドライブで、経常収支黒字が一層増えた。経常収支黒字の増加は需給的な円高要因である。

一方、1980年代に旺盛な海外投資をしていた生保など機関投資家は、国内の資産価格の急落で莫大な評価損を抱え、投資のリスク許容度を低下させてしまった。その結果生じた彼らの海外投資の減退は外貨の需要減退となるので、やはり円高要因となった。経常収支黒字の増加と海外投資の減退という2つの需給要因によって、大幅な円高が進行したのだ。過度な円高は輸出企業の収益を直撃したので、株価の下落にも拍車がかかった。

しかし、行き過ぎた相場というものは、経済のファンダメンタルな変化がなくても、市場参加者のセンチメントの変化で逆転し得るものだ。当時、大蔵省の榊原英資国際金融局長の陰ひなたにわたる円安誘導パフォーマンスが功を奏し、円高修正基調となり、1995年後半から円安と日本株価回復の流れとなった。この時、ヘッジファンドなどを中心に起こった円売りは「円売りキャリートレード」と呼ばれるようになった。

ただし、1990年代から2004年までの期間で見ると、株安・円高、株高・円安という逆相関の関係は安定的ではなかった。1990―2004年の期間について、月次データを使ってドル円相場と日本の株価指数TOPIXの前月比の変化で相関関係(期間1年)を計測すると、逆相関(相関係数がマイナス)が計測できるのは全期間の33%に過ぎない。また、絶対値で0から1までの変域をとる相関係数(値が1に近いほど関係性が高い)が0.5を超えている期間は全体のわずか7%で、関係性は総じて弱かった。

<株安・円高、株高・円安の関係性はいつ定着したか>

現在まで見られる日本株と円相場の強い逆相関は実は2005年頃から始まった。2005年から2016年7月までの期間について同様に計測すると、全期間の96%について逆相関となり、しかも相関係数がマイナス0.5―1.0の高い値をとる期間が全体の60%を占める。この経緯を振り返ってみよう。

2005年頃から日本では高金利通貨国の政府債に投資する投資信託がブームとなり、年間数兆円も買われるようになった。もちろん長引く日本のゼロ金利状態がその背景だ。世界的にも為替先物やFXトレーディングで円売りキャリートレードの持ち高が急増し、ほぼゼロ金利の円を売って高金利通貨を買い、その金利格差を収益として獲得する取引残高が急増した。

そのこと自体が為替相場の需給を円安に動かし、2007年前半には1ドル124円まで円安が進んだ。世界的な好景気の中で日本経済も景気回復が続き、企業収益が史上最高を更新しながら株高が進み、株高・円安の逆相関の展開となった。

ただし、このような円売り持ち高の積み上がりは、資産価格が上昇する好調な市況の下での投資家のリスク許容度の上昇に支えられたものだった。

2007年夏にサブプライム危機として米国の住宅バブル崩壊が始まると、投資家がリスク回避に殺到し、株売りだけでなく、円売りキャリートレードの急速な巻き戻し(円買い)の動きで円相場は急騰した。ドル金利の低下による金利格差の縮小も円売りキャリートレードの手仕舞い(円買い)に拍車をかけた。

こうした事情を私は後講釈で言っているのではない。各種の円売り持ち高が積み上がっていること、円相場が相対的購買力平価をベースに計算される実質相場指数の長期的な平均値から円安方向に大きく乖(かい)離していること、その結果として円高への急速な回帰が近い将来起こるであろうと、私は2006年10月発刊の著書の中で以下のように述べている。

「現在(2006年8月時点)の115円以上のドル円相場水準はドル割高圏にあり、ドル債投資をするレンジではない。2000年頃から続いている現在の高金利通貨ブームもいずれ終わり、ドルを含めた高金利通貨相場急落の局面が到来するだろう」「現在(同上)の115円のドル割高レンジで投資をすれば、長期的にはあなたは負け越し投資家になってしまう確率がかなり高い。降水確率80%で傘を持たずに外出するのと同じだ」(「素人だから勝てる外貨投資の秘訣」扶桑社刊)

<アベノミクス下でも見られた「関係性の自己強化」>

こうして戦後最大の金融危機を挟んで生じた株価と円相場の逆相関の関係性は、市場関係者の脳裏に鮮明に焼き付いた。市場現象というものは長期的には経済のファンダメンタルズに依存しながらも、しばしば「関係性の自己強化」と呼ぶべき興味深い動きを見せる。

例えば1980年代後半に「米国の貿易収支赤字の拡大はドル下落、赤字縮小はドル上昇」という短期の相場パターンが著しくなったことがある。公表される貿易収支の赤字の増減が、ちょうど博打のサイコロの目のような役割を果たし、予想より赤字が大きければドル売り優勢、赤字が小さければドル買い優勢となる変動を繰り返した。

貿易収支赤字の拡大が短期的には為替相場の需給上、ドル下落要因であることは間違いではない。しかし、為替相場の需給はそれ以外にも対外的なマネーフローの変化や先物取引によるヘッジや投機的な動きによって大きく変わる。また、そもそも公表される貿易収支は1カ月以上も前のものであり、それによる需給的な変化は過去1カ月に為替市場でほとんど実現済みのはずである。

したがって貿易収支の発表に対するドル相場の反応は明らかに過剰反応だった。しかし、過剰反応であろうと、「皆が買うなら上がるから自分も買う」という原理で、短期の相場変動は関係性の自己強化を起こすのだ。そして、市場参加者が相場の変動を何と強く関係づけるかは、時々の流行のようなものである。

2005年から始まった株価と円相場の逆相関も同様の自己強化の局面に入っているようだ。とりわけ2012年末に安倍政権が、「3つの矢」で脱デフレ、円高の修正などを掲げると、その政策に乗った海外投資家の日本株買いと円売りが実際に株高・円安を起こした。その結果、円相場と株価の逆相関はますます強化されることになった。

掲載図は月次データで2012年12月から足元までのドル円とTOPIXの前年同月末比の変化の関係を示したものだ。相関係数はマイナス0.92、決定係数は0.85と非常に高い。これは一方の変化で他方の変化の85%を説明できてしまうことを意味する。

「海外投資家が外貨で日本株を買うのなら、外為市場での円買いになるので円高になるのではないのか」と最初は戸惑う人達もいた。しかし、金融の自由化が進んだ今日では海外投資家が円安のリスクを先物為替取引でヘッジする、あるいは円資金を調達して日本株に投資するなど為替の需給に影響が生じない取引が自由にできる。

また、ヘッジファンドなどは、日本株買いの為替相場リスクをヘッジするだけでなく、「日本のインフレはすなわち円安」と判断して先物為替取引などで積極的な円売りに動いた。そのため株高・円安が劇的に進行したのだ。

このような動きに変化が起きたのは昨年夏の中国ショックの頃からである。インフレ期待に働きかける異次元金融緩和は、市場参加者が将来のインフレ率の上昇を信じるから効くという、いわゆる偽薬(プラシーボ)効果の性質が強かった。ところが、当初2年間でと言われていたインフレ目標が3年目に入っても未達となった。その結果、期待の剥げ落ちから日本株買い・円売り持ち高を縮小する動きが海外投資家の間に広がった。そのため株価と円相場の関係は、株高・円安から株安・円高に反転したが、逆相関自体は変わらない。

日本株価と円相場の逆相関について、円相場リスクを先物為替取引でヘッジしている海外投資家のヘッジ操作が原因だとする解説もある。例えばドル資金を原資に100億円相当を日本株に投じた海外投資家は、円相場の変動リスクをヘッジするために先物為替で100億の円売り・ドル買い持ち高をキャリーする。日本株が10%下落して時価総額が90億円に減ると10億円相当の先物為替のヘッジ過剰が生じる。そこで円売り持ち高を10億円減らすとすれば、10億円分の円買い・ドル売りが生じる。これが日本株安・円高を起こす。逆に日本株が10%上昇すれば、10億円分のヘッジ過少が生じるので、追加の円売りが起こるというわけだ。

この解説の辻褄は合っている。また、そうした操作を実際に行っている海外投資家もいるだろう。しかし、もしそれが日本株と円相場の逆相関の主因であるならば、グローバルな投資が一般化している他の地域でも同様の現象が見られるはずだ。ところが、ユーロ圏や英国、オーストラリアなどで当該国通貨相場と株価の間に同様の逆相関の関係は見られない。やはりこれは2005年以降の円相場の特殊な履歴の中で形成された「関係性の自己強化」の産物という色彩が濃いのだ。

<株価と円相場の逆相関が終わる時>

日本株と円相場の逆相関は永遠に続くわけではない。最後に今後の変化の可能性を考えてみよう。

第1の可能性は株安・円安への転換で、これは危機シナリオである。こうした危機のケースは対外的な資金流入への依存度が高い途上国や新興国では現実的に起こり得る。また、日本でも1997―98年のアジア通貨危機と日本の銀行不良債権危機が重なった時には、短期的ながら株安・円安が起こった。

しかし、数年の時間軸で見る限り、今の日本でこの種の危機が起こる可能性は非常に低いだろう。その根拠は、日本は依然として世界最大の対外純資産国(339兆円、2015年末)であり、経常収支も年間16兆円(2015年)もの黒字だからだ。なにかしらのショックが起こった時、リスク許容度を低下させた日本の投資は対外資産の取り崩し、資金の自国回帰(円買い)を行う。その結果、円高にこそなれ、円安にはなり難い。

また、1990年代後半のような不良債権問題を日本の金融システムが抱えているわけでもない。財政赤字と政府債務の膨張を次の危機の要因と強調する方もいるが、日銀が年間80兆円もの国債を買う状況下、国債価格の多少の低下(利回りの上昇)はあっても、暴落というようなことは起こり難いだろう。

第2の可能性は株高・円高への転換だ。これは理想的なケースであり、イノベーションと労働生産性の上昇などにより日本の成長力が回復する場合には、株価の上昇とある程度の円高が併存し得よう。ただし、これは長期的な可能性であり、目先1―3年の中期では実現困難なシナリオだ。

第3は株高・円安に戻るケースだ。しかし、異次元的な金融緩和でデフレ脱却という偽薬効果は剥げ落ちてしまった。一度期待が剥げ落ちてしまえば同じ薬で同じ効果は出ないのが偽薬効果である。

第4は昨年夏以来の株安・円高が継続するケースであり、これは景気後退シナリオだ。昨年10月の論考「日本に灯る円高・デフレ回帰の黄信号」で述べたリスクが赤信号となって実現してしまうことを意味する。そのリスクは現状でも30%程度あると思っているが、以下の理由により回避できる可能性はある。

私が最も可能性が高いと考える第5のケースは、弱い景気回復が持続し、株価と円相場の関係性が次第に薄れるシナリオだ。前出の掲載図を見ると、実際に直近2―3カ月は円高の進行ほどには株価が下がり難くなっている兆候が見られる。

中国経済は依然、成長鈍化・調整プロセスにあり、引き続き最大のリスク要因であるが、2015年からマイナス成長が続いていたロシアとブラジルに底打ち反転の兆しがあり、株価が反発している。世界景気の鈍化傾向に歯止めがかかり、国内では28兆円の景気対策(うち財政処置のある「真水」は13兆円)が用意されようとしている。

それが長期的な財政再建にとって望ましいかどうかはともかく、景気の腰折れは当面回避できるかもしれない。この場合、円相場と株価の関係性は次第に希薄化しながら、企業収益の持ち直しを背景に、株価も多少強含み推移となる可能性がある。

これはそれほど面白くない中期見通しではあるが、前回の論考「円安ボーナス期終焉後の日本経済」で書いた通り、人工知能(AI)やロボット技術の飛躍的な進歩によるイノベーションを活かすための経済・社会環境の変革に取り組む過渡期だと考えれば、希望も湧いてくる。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

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