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コラム:実質ドル円相場が示唆する「円高回帰」=竹中正治氏
2017年9月12日 / 01:19 / 2ヶ月後

コラム:実質ドル円相場が示唆する「円高回帰」=竹中正治氏

[東京 12日] - 昨年末を高値にじわじわと全般的なドル安が続いている。とりわけユーロドル相場は12月の1ユーロ=1.04ドル台をユーロの底値に現在1.20ドル台まで約15%余りもユーロ高・ドル安が進んだ。今年5月9日にシカゴIMM非商業筋の持ち高は、それまで長く続いたユーロ売りからユーロ買いに転じ、ユーロ相場上昇のテンポが速まった。

それに比べるとドル円相場は昨年12月につけたドルの戻り高値の1ドル=118円台からまだ9%程度の円高・ドル安にとどまっている。シカゴIMMの非商業部門の円持ち高もピーク時から半減したものの円売りが維持されている(9月5日時点)。しかし、先行きはどうだろうか。

結論から言うと米国経済は底堅いものの、すでにトランプ政権による減税や大規模インフラ投資で大きな景気の上振れが起こるという今年春先までの期待は剥落している。その結果、円安・ドル高への戻りは限定的だろう。

一方、円高方向については、目先数カ月では1ドル=100円前後までが変域だろうが、トランプ政権の後半期(2019―20年)には米国経済が次の景気後退に移行するリスクが高まり、再び1ドル=90円から80円の水準を見る可能性が高まるだろう。

<平均4年で山と谷が入れ替わる>

為替相場に対する私の長期的な見方について、本コラムでは「実質相場指数が示唆するドル高の天井圏」(2014年11月6日掲載)で述べた。

概略すると、以下の通りだ。

1)市場相場(名目相場)は相対的購買力平価が示す長期趨(すう)勢的なトレンドから乖(かい)離と回帰を繰り返す。

2)相対的購買力平価の計算には消費者物価指数ではなく、日本では企業物価指数、米国では生産者物価指数の方が望ましい。なぜなら、これらの物価指数は貿易財を多く含むからだ。

3)ただし相対的購買力平価はいつを起点に計算するかで形状も水準も変わってしまう(起点依存)。

4)起点依存を回避するためには、市場相場を相対的購買力平価で割って実質相場指数を計算し、その長期的な平均値からのかい離度で判断するのが妥当である。

「市場相場が相対的購買力平価に長期的には回帰、収束すると言っても、それには10年から20年もかかるのではないか」と思っている方もいるようだが、そんなことはない。掲載図をご覧いただきたい。

1973年の変動相場制移行以来のドル円相場を見ると、実質相場指数がすう勢的な平均値から大きくかい離するドル高の山は6回、ドル安の谷は5回あり、平均4年の期間で山と谷は入れ替わっている。現在は6番目の山のピークから少し降りたところだ。

実質ドル円相場指数の1973年以来の線形近似線を描くと非常に安定的で、ほとんど水平となり、1973年以来の全期間平均値とぴたりと重なってしまう。そのためこれまで私は1973年以来の全期間平均値からのドル高、あるいはドル安へのかい離度を見て、大幅に上方かい離した場合にはドル割高、大幅な下方かい離なら割安と判断すれば、外貨投資やそのヘッジ操作にとって有益な参考情報になると語ってきた。

また、実際にその方針で自分のドル建て金融資産の為替リスクヘッジ操作を行ってきた。大幅なかい離のめどとしては、例えば1標準偏差のかい離である。これは相場変動が3分の2の確率でその範囲内に収まる変域だ。

しかし最近、この見方を少し修正した。実質相場指数が全期間の平均値に回帰するというのは論理的には美しいのだが、実際の物価指数にはさまざまなバイアスも生じ得る。また当該物価指数が相対的購買力平価を計算する上で理想的な内容である保証もない。データのバイアスが累積する場合には、実質相場指数が回帰するすう勢値自体が変動してしまうだろう。

<シラーPERの教訓>

相場が長期的に回帰するすう勢値を求める同様の試みとしては、株式の世界で「シラーPER(CAPEレシオ)」が有名だ。通常のPER(株価収益率=株価/1株当たり純利益)は株価指数を対象に計算しても、分母となる1株当たり純利益の変動が大き過ぎて、株価の割高・割安を判定する安定的な指標になり得ない。

そこでノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授は米国株価指数S&P500を19世紀までさかのぼって計算し、分母の1株当たり純利益をインフレ率調整後の過去10年間の実質平均利益として算出した。これがシラーPERである。

分母が安定した数値になり、これがアンカー(碇)となって、株価指数の割高、割安を判断する指標になると考えた。実際、シラーPERは1980年代までは、その1881年以来の長期平均値(15倍前後)へのかい離と回帰を繰り返し、大局的な割安・割高を見抜く指標になると思われた。

1990年代になるとシラーPERは15倍を大きく超えて上昇し、1990年代前半にシラー教授は「米国株はすでに割高で今後は反落リスクが高い」と宣言した。ところが、シラーPERの上方シフトは一時的ではなく、1990年から現在までの平均値は25.4倍となってしまった。シラー先生大はずれの一幕だ。

このように超長期にわたってはデータ自体に何かしらのバイアスが生じたり、あるいは現実の構造自体が変わり得る。そうした不確実性を前提にした場合、相場が回帰するすう勢的な水準はデータの全期間平均ではなく、長期の移動平均値で計算した方が良いと私は考えを修正した。そうすれば長期的な安定性と超長期的な柔軟性を両立できるからだ。

そこで実質ドル円相場指数も過去10年の移動平均値からのかい離度を見るようにした。それが掲載図の青い破線である(黄色線は上下1標準偏差のかい離レベル)。例えば10年移動平均値から実質相場指数が1標準偏差上方かい離するとドル売り信号、逆に下方かい離するとドル買い信号と判断して、信号点灯中はドルを売り上がる、あるいは買い下がることで、長期的に売買益を累積できる。

もちろん実際に売買する対象は市場相場であり、1982年から現在までの期間、この信号に従って月次ベースで売買シミュレーションを行うと、為替益(含む持ち高キャリー損益としての直先スプレッド)を累積できる(検証済み)。

そして掲載図が示す通り、現在の1ドル=108円近辺のドル円相場は、ドル高方向へのオーバーシュートが修正されたものの、まだドル割高に傾いていることを示唆している。

<2012年以降の第4局面終盤か>

次に2012年以来のドル円相場をざっとレビューして、この先の予想の材料を得ておこう。全般的にこの時期のドル円相場は日米の金利格差の変化で説明できる範囲を大きく超えて円安に振れているのが特徴だ。それを黒田東彦日銀総裁の演出力による「黒田インパクト」と呼ぶことにしよう。

まず2012年12月から2014年9月までが第1次円安局面だ。アベノミクスの脱デフレ宣言とそのための大胆な金融緩和(第1次黒田インパクト)は、1つは日本の長期金利の押し下げ(日米の長期金利格差拡大)を通じて、もう1つは「インフレ期待、すなわち円の購買力の低下、円安予想」という形で市場参加者の円売りを促し、1ドル=80円前後から100円台前半までの円高修正を実現した。

第2次円安局面は2014年10月の追加緩和ショック(第2次黒田インパクト)からの約1年間で、1ドル=125円前後まで円安が加速したが、その作用経路はこの後述べるようにほとんど「黒田インパクト」に誘発されたインフレ期待だけだった。

第3局面は2015年12月から2016年10月のインフレ期待剥落局面だ。黒田総裁が当初2年で達成すると言った消費者物価指数プラス2%は満2年が経過した2015年3月になっても実現しなかった。そこに中国ショックや国際資源価格の急落で新興国、資源国を中心に世界経済が不安定化する懸念が重なった。

その結果、インフレ・円安期待剥落で円売り持高の巻き戻し、すなわち円買いが起こり、1ドル=100円前後まで円高に戻った。2016年2月のマイナス金利導入という追加緩和策は相場にインパクトをもたらさなかった。この第3局面への転換を予想したのが「日本に灯る『円高デフレ回帰』の黄信号」(2015年10月27日掲載)である。

第4局面の始まりは2016年11月、米大統領選での一般的な予想を覆してのトランプ候補の勝利だった。トランプ候補の掲げていた大減税とインフラ投資が実現すれば米国景気の上振れ、ドル金利上昇テンポの加速が起こるという予想でドル買いへの殺到が生じたわけである。シカゴIMMの非商業筋の持ち高も2016年10月までは円買いだったが、11月下旬には再び円売りに転じた。この時期は日米長期金利差の変化とドル円相場の変化の相関性が強まった(参照コラム「トランプ相場はまだ序章、大減税の衝撃」2016年11月21日掲載)。

恐らく現在はこの第4局面の終盤にいるのだろう。冒頭で述べた通り、米国経済はトランプ政権の迷走とは関わりなく底堅い。しかし、トランプ政権は行政府各部門の主要ポストも埋まらないまま、政権内部の不協和で辞任、退任を繰り返し、議会共和党との関係もひどくギクシャクしている。大規模な減税やインフラ投資で一時的にも景気が大きく上振れるような施策への期待は、現状ほぼ剥落したと言えるだろう。

<中長期では円高へ備える>

以上のような円相場レビューは次のような分析結果を下地にしている。2005年1月から2017年7月までのドル円相場の変化(前年同月比%)を、1)日米長期金利差の変化(10年物国債利回り)、2)VIX指数(投資家のリスク許容度のバロメーター)、3)黒田インパクト(ダミー変数)の3つの要因(説明変数)で回帰分析すると、有意(関係性が偶然ではない)で説明度の高い結果が得られる。説明度を示す決定係数は0.67であり、これはドル円相場の変化の67%を説明できることを意味する。

米国株式指数S&P500のオプション取引の変動性であるVIX指数は、世界の投資家のリスク許容度を反映する変数としてよく用いられる。すなわち投資家層のリスク回避的変化はVIX指数の上昇、リスクオフの円買いという反応を起こす。反対にリスク許容度の増大は同指数の低下、リスクオンの円売りを起こすパターンが繰り返されている。

また、ダミー変数というのは、連続的に変化する経済・金融データではなく、1回限りのインパクトとして生じる出来事を回帰分析の中に反映させる手法だ。黒田総裁就任の2013年3月からの1年間と、追加金融緩和のあった2014年10月からの1年間に「黒田インパクト」としてダミー変数を設定すると、有意で高い説明度が得られる。

この回帰分析の結果に基づいて円相場に強い影響を与えた要因を概観すると、2008年のリーマン・ショック前後の円急騰・ドル急落では、VIX指数急騰と日米長期金利差の縮小が円高・ドル安の主因だった。2013年になると「第1次黒田インパクト」と日米長期金利差の拡大が円安・ドル高要因として働き、追加金融緩和が実施された2014年10月から1年間はほぼ「第2次黒田インパクト」のみで円安・ドル高に働いた。そして2016年夏から足元までは再び日米長期金利格差要因が強く働いている。

来年春に任期を迎える黒田総裁の続投いかんにかかわらず、日銀の追加緩和策で円安インパクトを起こす可能性はもうほとんどないだろう。日銀の金融政策の失敗、国債暴落、円暴落というシナリオを説く筋もある。しかし、その種の危機はその国の対外ポジションが純負債であり、経常収支が赤字で、海外からの資金流入に依存している条件の下で起こるものだ。それと真逆の条件下にある今の日本で起こる可能性は極めて小さい。

予測不可能な事情としては、米国が絡んだ朝鮮半島の有事リスクと中国経済・金融のリスクだろう。いずれも投資家の世界的な規模でのリスク回避を引き起こすので、円高に働く。

以上まとめると、中長期、大局では円高への回帰が起こると見て、ドル建て資産のヘッジ率を高めに維持するのが個人投資家としての私の方針である。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

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