August 31, 2015 / 7:58 AM / 3 years ago

コラム:中国ショックは「世界不況」招くか=竹中正治氏

[東京 31日] - 8月21日に発表された中国製造業購買担当者景気指数(PMI)速報値が47.1と6年5カ月ぶりの低さに落ち込んだことを契機に、「やはり中国経済の失速は政府公表の国内総生産(GDP)値よりずっと深刻だ」という認識が広がった。

12日に起こった天津港の爆発事故で、中国のガバナンスや管理運営能力全般への懐疑と不信感が広がっていた矢先だった。その結果、リスク回避に走る投資家の売りで中国株をはじめ世界的な株価急落と乱高下が起こったが、その相場面での波乱はとりあえず短期的には収束しつつあるようだ。

しかし以下の4つの事情で、中国経済の成長率は深刻な下方屈折を起こしている。構造的な変化に適応しなくてはならない中国の苦しい過程は始まったばかりだ。他の国々も程度の違いこそあれ中国経済の失速から受ける実体経済面の負のインパクトに備える必要がある。また、新興国投資全般は当分の間、高リスク・低リターンの「冬の時代」に入るだろう。順番に説明しよう。

<中国の構造的4重苦>

整理すると、中国経済の成長率下方屈折の要因は以下の4つだ。

第1は、固定資本形成(住宅、工場設備、インフラ建設などの設備投資)依存度の高過ぎる経済成長がついに限界にぶつかったことだ。一時期、実質GDP成長率で10%を超えていた中国の高度成長は、GDPに占める固定資本形成の比率が50%前後にも及び、成長率の寄与度でも固定資本形成が約70%を占めていた。これは固定資本形成が前年と同じ規模を維持しても、その増加率が前年比フラットになっただけで成長率は3%(=10%-10%×0.7)に低下することを意味する。

こうした中国の成長パターンが早晩限界にぶつかることは、私が知る限り2000年代前半から経済協力開発機構(OECD)などのエコノミストのレポートで強調されていた。ところが、中国全土に空室率の著しく低いゴーストタウン同然の集合住宅群や商業ビル群が建設され、鉄鋼業や自動車業界に代表される莫大な過剰設備が累積するまでスローダウンしなかった。稼働率が著しく低い過剰な固定資本は、ファイナンスの面から見れば銀行や投資家の不良債権であり、莫大な不良債権が本格的に顕現化するのはこれからだろう。

もちろん中国政府は民間個人消費主導型の経済成長への転換を唱えている。しかし、年金から医療まで社会保障制度が脆弱な状況で国民の貯蓄率は高止まりしており、同様の転換の必要が強調された1970年代や80年代の日本以上に構造転換は困難を極めるだろう。

第2は、人口動態が経済成長の促進要因からブレーキ要因になる転換点に中国が入ったことだ。

一般に15―64歳の生産年齢人口に対する14歳以下と65歳以上の従属人口の割合を「従属人口比率」と呼ぶ。実質経済成長率は、労働者数の増加率と労働生産性(1人当たり労働者の生産する付加価値)の伸び率の和である。したがって他の条件が同じならば、従属人口比率の低下は経済成長を押し上げる(人口ボーナス)。逆に同比率の上昇は経済成長を押し下げる(人口オーナス)。

日本はこの人口ボーナス(成長加速)からオーナス(成長抑制)への転換点を1990年に超えた。米国は2007―08年、韓国は2010年頃、中国は2015年前後が転換点になっている。そして転換点通過後の中国の従属人口比率の上昇速度は、これまでの「一人っ子政策」の結果、日本よりも急である。一方、今でも人口が年率1%弱で増加している米国では、その変化は日本よりもずっと緩やかだ。

第3は、「ルイス転換点」に中国が至った可能性だ。途上国がテイクオフする急速な工業化の過程では、低付加価値産業である伝統的な農業部門から、都市部の高付加価値産業の工業部門などに大規模な余剰労働力の移動が起こり、高度成長が実現されやすい。戦前の日本はすでに途上国ではなかったが、戦後の急速な工業化の過程で同じ仕組みが働き、戦後復興期に続いて約20年に及ぶ高度成長期を実現した。

そして農業部門の余剰労働力の底を突いた時が高成長の終焉時であり、ルイス転換点と呼ばれる。中国の農村部には依然、余剰労働力があり、ルイス転換点に至っていないという見方もあるが、現代的な産業では労働力の量のみならず質も問題となる。近年の中国都市部での賃金の高騰は現代的な産業部門で実際に使える労働力がひっ迫する段階に達したことを示唆している。

最後の第4の問題は、指令経済的な体質を色濃く残し「開発独裁体制」と位置づけられる中国共産党一党独裁の政治体制と改革開放政策で導入された市場経済メカニズムの間の軋轢、矛盾が拡大していることだろう。

「開発独裁(Developmental autocrat)」という用語は、もともとファシズムと経済政策を対象にした研究で使われたものだ(Anthony James Gregorによる1979年の著作「Italian Fascism and Developmental Dictatorship」に詳しい)。それは経済発展を優先するために、権力の強権的な行使や政治的な安定性を維持する目的で、国民の参政権などの制限を正当化する体制だ。このような政治体制でも、途上国経済がテイクオフし、急速なキャッチアップ過程をたどる一定の発展段階(あるいは戦時経済下)では有効性を持ち得ることを示したのが、おそらく過去30年間の中国かもしれない。

しかし、消費財やサービスが高度に多様化し、新しい経済成長の源泉として先端的なイノベーションが求められる経済発展段階には、開発独裁体制はおそらく全く不適合なのだ。また、指令経済的体制と不安定性を内在する金融・資本市場の最も悪い側面が合体した結果が、今年の中国株式市場で短期間に起こったバブルとその崩壊だったとも言えよう。

「社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階に達すると、今までそれがその中で動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏(しっこく)へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである」(「経済学批判」序言)。これはカール・マルクスの有名な一節であるが、そうした事態に今の中国が立ち至っているのは、歴史の痛烈な皮肉だろうか。経済成長の失速は、民主主義国家ならば選挙での政権交代をもたらすだけだが、中国の場合は中国共産党の一党独裁体制自体の不安定化につながるだろう。

以上の諸問題の成長制約効果は、1番目の問題が短期・中期、2番目から4番目の問題が長期・超長期であるが、その4つの制約が重なっている点に今の中国が直面している状況の深刻さがある。

<中国ショック後の世界経済>

では、今後の中国のすう勢的な実質GDP成長率はどれほどになるのか。筆者を含めた多くのエコノミストは中国公表の直近2四半期の実質GDP成長率の数字(前年比7.0%)は信頼性が乏しいと考えている。

かつて李克強首相は自国のGDP統計を信頼しておらず、代わりに3つの統計データ(発電量、貨物輸送量、銀行貸出)を見ていると語ったという。この3つの統計データから推計すると、過去2四半期の実質GDP成長率はすでに5%台まで下がっていると日本経済研究センター(JCER)は報告している(JCER「2015年8月四半期経済予測」)。また、2015年1―7月の中国の輸入が前年同期比でマイナス14.6%となったことから、マイナスあるいはゼロ%近傍の成長率を推測する意見もあるが、真相はやぶの中だ。

中国のすう勢的なGDP1%ポイントの低下で、他国と世界全体のGDP成長率はどの程度下押しされるか。これについてはOECDの推計として、中国の国内需要伸び率2%ポイントの低下が世界全体のGDP成長率を0.4%ポイント(2015年)、0.5%ポイント(2016年)押し下げるという試算を英エコノミスト誌が報じている(The Impact of a China slowdown、2014年11月29日)。

また、中国の今年1―7月の輸入減少、対前年比14.6%が1年間続いた場合、主要貿易相手国の対中輸出がどれだけ減少するかを、実額とGDP比率で示した推計を英ガーディアン紙は報じている(How China's economic slowdown could weigh on the rest of the world、2015年8月26日)。これによると、輸出減少が実額で最も大きいのが日本で181億ドル(約2.2兆円、GDP比率0.4%)、第2がドイツで142億ドル(同0.4%)である。また、GDP比率で見て最も減少が大きいのは、ニュージーランド1.9%、オーストラリア1.7%、韓国1.0%と続く。一方、米国の場合は同0.1%に過ぎない。

したがって、もし中国ショックによる需要減を財政政策などで補うのであれば、日本は年間2.2兆円ほどの需要増加が生じる政策を実施すれば良いということになる。これは小さくはないが、対応可能な範囲だろう。

<大型新興国投資の不振は長期化へ>

最後に中国ショック後の世界のマネーの流れと金融市場はどのようになるか考えてみよう。下の掲載図は世界の途上国株価の合成指数であるMSCIエマージング指数に連動した上場投資信託(EFT)価格(ドル建て、以下MSCIエマージング)とOECDが公表している合成景気動向指数(Composite Leading Indicators)の推移である。

 

合成景気動向指数は国別に公表されているが、ここではブラジル、中国、インド、ロシア、南アフリカのBRICS5カ国にインドネシアを加えた6カ国の指数の加重平均値を示した(加重ウェイトはドル換算GDP)。景気動向指数の性質として景気がすう勢的な水準より上がっている時は100を超え、下がっている時は100を下回るように作成されている。

正確な分析結果は省略するが、MSCIエマージングの変化と加重平均された新興国6カ国の景気動向指数の相関度はかなり高い。まず注目すべき点は、合成景気動向指数がリーマンショック後に急反発し、2011年前半にはピークをつけてゆっくりと下げのトレンドに入っていることだ。これは中国のみならず大型新興国6カ国の景気がすう勢的な鈍化傾向にあったことを示している。

その一方で、MSCIエマージングはやはり2011年前半にピークを付けた後、上下動をしながらも、すう勢的にはほぼ横ばいのトレンドだった。そして今年の6月以降下げ足を速め、7月31日の引け値から8月24日の最安値まで約15.6%もの急落となった。実体経済の鈍化傾向を遅れ遅れに反映してきたMSCIエマージングが、8月の中国ショックで最後に損切りなどを誘発しながら急落したように見える。

もうひとつ今回気づいた点は、中国と他の大型途上国の実質GDP成長率の相関度は1990年代には低かったが、2000年代に入ってから目立って上昇していることだ。興味深いことに貿易面では中国との比率がそれほど高くないインドと中国の経済成長率の相関度も2000年以降に上昇している。なぜだろうか。

ご承知の通りBRICSという呼称は2001年にゴールドマン・サックスが使い始め、大型新興国投資ブームに火をつけた。これら大型新興国の経済成長率の相関関係の上昇は、貿易などの実体経済面の相互依存というよりは、世界的なBRICS投資ブームという金融・投資面の変化によってもたらされた可能性がある。

こうしたブーム時の動きが今や逆向きになっている。今回の中国ショックは投資家層が中国の経済成長率の将来期待(予想)を下方シフトさせた結果であると同時に、BRICSブームに代表される大型新興国投資の「冬の時代」の到来を示唆していると思われる。

これら諸国の株価や対ドル為替相場も、アジア通貨危機時のような激発性の暴落は回避されるかもしれないが、軟調基調が続き、高リスク・低リターンを余儀なくされる期間が長期化しよう。新興国への株式投資をするのであれば、これからが買い場なのかもしれない。ただし、リターンを上げるまでに相当長い期間の辛抱が必要になりそうだ。

一方で、米国で9月に利上げが行われるかどうか、今回の事態で微妙になったと言われるが、2008年の金融危機から7年を経て、今では米国経済に目立った金融的な不均衡や脆弱性は見られない。

記述の通り中国の内需低迷、輸入減少の負の影響度も米国は最も軽微である。また、日本は追加的な経済対策がなければ対中輸出減少による負の影響をある程度免れない。米国経済全般の相対的な優位が持続することになろう。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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