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コラム:柔軟性欠く日本の金融政策、メインシナリオは円の続落=内田稔氏

[19日 ロイター] - ドル/円相場が140円の大台に迫ってきた。国際通貨基金(IMF)が公表している昨年末の購買力平価(ドル96.51円)からは4割を超える円安方向へのかい離幅となっており、これほど開いたことはかつてない。

 7月19日、ドル/円相場が140円の大台に迫ってきた。国際通貨基金(IMF)が公表している昨年末の購買力平価(ドル96.51円)からは4割を超える円安方向へのかい離幅となっており、これほど開いたことはかつてない。内田稔氏のコラム。6月15日撮影(2022年 ロイター/Florence Lo)

最近になって海外に渡航した人なら誰でも実感することだが、日本人の対外的な購買力は急速に衰えている。しかも、日本の自給率は、食料(カロリーベース)で約37%、エネルギーで12%(いずれも2020年)と低く、我々の生活は輸入抜きには成り立たない。この結果、基本的に国内物価は、原油をはじめとするドル建ての国際的な商品市況とドル/円のかけ算の答えに連動する。

足元のようにどちらも跳ね上がったままでは、日本のインフレの収束も見通せない。企業も仕入れ価格の上昇分を、販売価格に転嫁していくだろう。デフレマインドが抜けない中、企業もかつて慎重な価格設定で臨んできたが、そうした努力も既に限界を迎えた。

一方、賃上げの原資にあたる日本の生産性の伸びは依然として緩慢なままだ。そもそも企業は、下方硬直性の強い所定内給与の引き上げには慎重だ。この結果、日本の実質賃金の目減りが続く可能性が高い。

<異次元緩和の見直しはまだ先>

商品市況は所与のものだとしても、インフレを助長する円安にせめて歯止めをかけることはできないのだろうか。そうした観点で、日銀に金融緩和の修正を求める声も聞かれる。

しかし、依然として日本は需給ギャップを抱え、需要不足を脱していない。このため、日銀が政策を転換する可能生は極めて低い。そもそも、日銀が長期金利の弾力性を高めるにせよ、欧米並みの水準まで金利の上昇を容認するわけではあるまい。世界的なインフレと海外中銀の利上げが続く限り、日本の長期金利が多少上がったところで、円安是正効果は瞬時に打ち消されよう。

それでいて、金利が上昇すれば民間部門の負債823兆円(3月末時点の家計と非金融法人企業の合計)に対し、確実に利払いの負担増がのしかかる。日本経済を望まれる形でのデフレ脱却に導くことができなかった異次元緩和は、抜本的に見直されるべき時期を迎えているが、そのタイミングはまだ先になろう。

<円安是正の調整弁不在>

本来、行き過ぎた円安は、輸出競争力の改善を通じて、自律的な円の反転を促す。しかし、日本では、生産拠点の海外移転が相次ぎ、そうした動きも乏しい。事実、過去10年間で円は対ドルで4割、名目実効為替レートでも3割以上の減価をみたが、パンデミック発生前の2019年時点で、鉄鋼や原動機、映像器機などの輸出数量は減少しており、自動車も微増にとどまる。

もともと海外移転が進んだ背景は、為替リスクの回避にとどまらず、国際的にみて高い人件費、電力などエネルギーの供給不安にまで及ぶ。しかも、中堅以下の企業では、海外に生産拠点を移す際、国内拠点を大幅に縮小または閉鎖したケースが多い。

円安が進んでも、国内生産と輸出比率を高めることができるわけではない。貿易赤字に転落した要因として、商品市況の高騰が目立つが、輸出に目を向けても貿易収支が黒字に戻るハードルは低くない。異常な円安が放置されやすい状況と言える。

<為替介入の効果あるか>

このため、市場の関心も次第に為替介入の有無へ向っていくだろう。7月11日には、鈴木俊一財務相がイエレン米財務長官と会談し「為替の問題について適切に協力する」とした共同声明を取り付けた。もっとも、イエレン財務長官は為替介入について、従来からの慎重姿勢を崩していないようだ。インフレ退治が喫緊の課題である米国にとって、ドル高を止める理由に乏しい。従って、為替介入はあっても日本による単独介入となりそうだ。

過去をひも解けば、1998年に円買い介入が行われた。当時4月から6月の3営業日にわたり、約3兆円の介入が実施された。ただ、ドル高・円安の流れを止めるには至らず、年始に130円付近で始まったドル/円は、8月にドル147.64円まで上昇した。

日銀が圧倒的な存在感を示す国債市場と違い、外国為替市場は世界に開かれており、1日の出来高もドル/円のスポットだけで1000億ドルを遥かに超える巨大市場だ。仮に介入に踏み切っても、目立った効果を得られなければ、一段と円安が加速するきっかけとなりかねず、介入はもろ刃の剣と言える。

<商品市況下落でも、円反騰の可能性低い>

一方、足元では世界的な景気後退と需要の落ち込みを見越し、多くの商品市況の騰勢が和らいできた。中でも銅の先物相場の下げ足が速い。これまで商品市況の上昇と円安が併走してきた点に照らせば、こうした動きは円の持ち直しを招き得るが、不確実性も高い。

例えば、商品市況の反落によって、インフレ圧力が和らぐとしよう。その場合、世界的な利上げモードも様子見に変わる。場合によっては、景気への配慮から一転して金融緩和観測が台頭するかもしれない。その際、独歩高が続いてきた反動からドルが軟化する可能性があり、相対的に円もいくらか持ち直すだろう。

ただ、そうした状況の下では、市場も強いリスク選好地合いへと傾くはずだ。為替市場では、わずかな金利差であっても、円キャリートレードが活発化する可能性が高く、円高への戻りも相当程度、抑制されそうだ。

そう考えると、円高への反転には、インフレの沈静化に加え、市場がリスク回避的となる状況も必要となろう。それが、円キャリートレードの解消を巻き込めば、値幅を伴う円高に発展するためだ。

実際、1998年の場合も、同年8月のロシアの財政危機の勃発とその影響を受けた米系ヘッジファンド(ロングタームキャピタルマネジメント)の破綻が円キャリートレードの終えんをもたらし、円安に終止符を打った。とは言え、当時と異なり、貿易収支が赤字に転落したままでは、ドル/円が下がっても押し目買い実需も強そうだ。円の反発も当時ほど大掛かりなものとはなりにくい構図と言える。

その国際的な商品市況に関して言えば、ロシアとウクライナの戦争状態が長引き、供給制約が残る限り、持続的な下落までは見込みにくい。

例えば、原油の場合、昨年も7月から8月にかけて騰勢が和らいだものの、ハリケーンによる影響から需給逼迫が懸念され、9月に反発した。天然ガスの場合も秋口以降になると景況感に関係なく、暖房需要が意識され、再び騰勢を取り戻す可能性が高い。

こうしてみると、インフレのピークアウトを期待できる状態には、まだ遠いのではないか。これまで国際的な商品市況の上昇やインフレ高進と相互に影響し合って、円安が進んできた点に注目すれば、直近の円安はまだかなりの粘着性を帯びているとみておいた方が良さそうだ。

<問われる金融政策の力点>

円安やインフレへの対処法に乏しい今の日本の状況は、10年近くにわたって異次元緩和に過度に依存してきた結果、金融政策が著しく柔軟性を欠いている結果とみることができる。

食とエネルギーの自給率が低い日本は、円高はもちろん円安にしても過度に進めば経済にほころびが生じる。しかも、円高を是正すれば、輸出競争力の改善が設備投資を促して日本経済をデフレ脱却に導く経路はもはや霞んでいる。

11年目に突入する異次元緩和は、今後、通貨価値の安定にももっと力点を配するべきだろう。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*内田稔氏は、高千穂大学商学部准教授、ALCOLAB外国為替アナリスト。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2012年から2022年まで外国為替のチーフアナリスト。22年4月から現職。J-money誌の東京外国為替市場調査では2013年より9年連続個人ランキング1位。国際公認投資アナリスト、証券アナリストジャーナル編集委員、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、経済学修士(京都産業大学)。

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