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コラム:現実味増すドル147円、並行する円の信認低下=内田稔氏

[6日 ロイター] - 米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれていた経済シンポジウム(ジャクソンホール会合)における8月26日の講演で、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は改めてインフレに対峙する揺るぎない姿勢を示した。

 市場は依然として2023年3月ごろをピークに利下げに転じるとの見方を崩していないが、それでも幅広い年限の米国債利回りが上昇し、ドルが上昇。ドル指数は20年ぶりの高値を記録し、ドル/円も24年ぶりに140円の大台に到達した。9月2日、都内で撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

市場は依然として2023年3月ごろをピークに利下げに転じるとの見方を崩していないが、それでも幅広い年限の米国債利回りが上昇し、ドルが上昇した。ドル指数は20年ぶりの高値を記録し、ドル/円も24年ぶりに140円の大台に到達した。

<FRBが注視するCIE>

今月から加速する量的引き締め(QT)の効果を見極める必要もあり、現時点で今後の政策金利のパスを予測することは困難だ。ただし、FRBのタカ派度合いを展望する上では、10月21日に公表される四半期ごとの共通インフレ期待指数(CIE)がヒントとなりそうだ。

これは、21の指標から導出されるインフレ期待でFRBも重視している。直近6月分は2.19%まで上昇し、2008年の過去最高値である2.20%にほぼ並んだ。

仮に、9月分のCIEが上昇していれば、FRBもタカ派姿勢をより鮮明にする可能性が高い。なぜなら、実質金利の上昇が阻まれてしまう上、中央銀行への信認低下を示唆しているとの見方が広がりかねないためだ。

今後の物価や雇用関連の統計、そして9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で示されるドットチャートなどと並んで注目される。

<ドル140円乗せの立役者に円安も>

ドル140円台の到達には、円安も相応の役割を演じた。実際、パウエル議長による講演の前日である8月25日とドル/円が140円台に達した9月1日における主要10通貨の対ドル変化率を比べると、円はノルウェークローネ、豪ドルに次ぐワースト3と低迷した。

日本では、貿易赤字が拡大し続けている上、ジャクソンホールで、黒田東彦日銀総裁が緩和継続以外の選択肢を改めて否定したことも円安期待を後押しした可能性がある。

また、欧米とは異なる日本のBEI(市場が予想する期待インフレ率、Break Even Inflation rate)の動きも気がかりだ。パウエル議長の講演後、世界的な需要の低迷が意識され、総じて資源価格が軟化する中で欧米のBEIが低下した一方、日本のBEIは上昇したためだ。

日本では、6月と7月の企業向けサービス価格指数の伸びが前年比で2.1%に達した。これは、消費税率引き上げ後を除くと、30年ぶりの高さとなる。約40年ぶりの伸びを示している企業物価指数と合わせ、企業間では広範囲にわたる価格が上昇している模様だ。

もちろん、これは時間差を置いて消費者物価にも波及しよう。例えば、帝国データバンクは、国内の主要飲食料品メーカー105社による値上げ商品が今年10月に過去最多の6532品目に上るとの調査結果を発表した。

光熱費の上昇なども踏まえると、伸び率が欧米ほどではないにせよ、長らくインフレと縁遠かっただけに、日本にもかなりのインフレの波が押し寄せている印象だ。

関連して2016年9月に日銀が公表したいわゆる「総括的検証」が思い起こされる。その中で日銀は日本のインフレ期待に関し、欧米ほどアンカーされていない代わりに、現実の物価が上昇すれば「適合的な期待形成メカニズム」が働き、予想物価上昇率(インフレ期待)が上昇すると説いた。

今まさに実際のインフレを目の当たりにした日本の各経済主体や市場がインフレ期待を強め、今後も欧米とは異なって、日本のBEIが上昇する可能性がある。これは、予想実質金利の低下を通じた円安圧力となりやすく、要注意だ。

<為替介入の可能性はあるのか>

今後、市場では1998年の高値であるドル147円が次第に意識されていこう。日本の貿易赤字の定着、金融政策スタンスの特異性、インフレ期待の上昇といった円安要因にドル高が重なれば、その可能性は否定しがたい。

特に今月は、スイスの政策金利もマイナス圏からプラスへ浮上すると見込まれ、欧州中央銀行(ECB)による大幅な利上げ観測も台頭してきた。改めて内外の金融政策の格差が円安期待を助長しかねない環境であり、ドル/円はまだ上値を追うとみておくのが妥当だ。

これに対し、実質実効為替レートでみた円相場は、変動相場制移行後の最安値を更新しており、既に異常事態と言える。ここにボラティリティの上昇も加われば、日本が単独で為替介入に踏み切る可能性も高まろう。

もっとも、金融緩和を続ける中での介入とあって、その円安抑制効果は期待しにくく、国際的な理解も得られにくいはずだ。事実、鈴木俊一財務相は今月2日、主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の場で、自身を含めて為替に関する発言がなかったことを明らかにしている。

<懸念される円の信認低下>

クレジットデフォルトスワップ市場における日本のスプレッドが低位で安定している点に照らせば、こうした円安が日本売りを意味しているわけではない。しかし、このまま円安を放置し続けるなら、国際的な金融市場における円の信認が損なわれていく危険性も否定できない。

例えば、国際通貨基金(IMF)が公表する世界の外貨準備の通貨別構成比率(Allocated Reserves)によれば、日本円が占める割合は、直近のピークであった2020年末の約6.0%から今年3月末の約5.4%まで低下した。

一方、その間に人民元の比率は約2.3%から約2.9%まで上昇し、両者の差は狭まりつつある。同じ期間に円は対ドルで約15%も減価しており、ドル建てで示されるシェア低下をさほど懸念すべきでないとの見方もあるだろう。

それでも、リバランスされることなく、じわりと比率が低下し続けている事実も軽視すべきではない。特に、各国中銀のリザーブマネージャーからみれば、いつまでも下落が放置される円の先行きに不安を抱かれても不思議ではない。

こうした中、8月30日の閣議後、鈴木財務相は為替相場に関して「為替の動きはその時々のさまざまな状況に応じて変わる」と発言した。来日したイエレン米財務長官をつかまえ「為替の問題について適切に協力する」と記した共同声明を発表した7月に比べ、緊張感がむしろ緩んだ印象を受ける。

岸田文雄首相も8月31日に1日あたりの受け入れ入国者数の上限引き上げに際して「円安メリットを生かす」と発言した。無論、その趣旨は訪日外国人によるインバウンド消費を期待したと言えるだろう。松野博一官房長官から円安けん制発言が繰り返されている通り、官邸が円安を容認しているわけではない。

ただ、これまでの黒田総裁の発言も含めて俯瞰(ふかん)すると、少なくとも市場には日本が本気で円安を止めるつもりがないと映る。本来、国内物価の安定には、ある程度の通貨価値の安定が欠かせないはずだ。その点を踏まえると、日本当局はこの未曾有の円安に対して、今一度、緊張感や危機感を強めるべきではないのか。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*内田稔氏は、高千穂大学商学部准教授、ALCOLAB外国為替アナリスト。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2012年から2022年まで外国為替のチーフアナリスト。22年4月から現職。J-money誌の東京外国為替市場調査では2013年より9年連続個人ランキング1位。国際公認投資アナリスト、証券アナリストジャーナル編集委員、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、経済学修士(京都産業大学)。

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