[28日 ロイター] - 米銀の経営破綻を契機とする一連の金融不安の台頭を受け、為替市場ではドル安・円高に傾くとの見方が強い。実際、ドル/円は3月高値のドル137.99円から8円を超える下げ幅を記録し、一時130円を割り込んだ。ただ、ドルを取り巻く環境と円を含む他通貨の動向も踏まえると、この流れが定着するとは考えにくい。以下では向こう1─2カ月のドル/円相場を展望しておく。
<FRB、解けないインフレ警戒>
25bpの利上げを決めた後、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、信用環境のタイト化が金融引締め効果を発揮する可能性に言及した。利上げペースの加速や利上げ幅の拡大を強く示唆した3月上旬の議会証言からは一転しており、今後、利上げには慎重な姿勢で臨みそうだ。しかし、累計475bpに及ぶ利上げと6000億ドルを上回る量的引き締めにもかかわらず、根強いインフレが続いてきた点も無視できない。
FRBも賃金の動向に左右されやすい非住宅サービス価格を注視している。その上、金融不安に対応する資金供給により、FRBのバランスシートは足元で約4000億ドルも急拡大した。金融機関の貸出態度は慎重なものとなりそうだが、FRBの資産規模と相関が高いマネーサプライ(M2)が拡大するなら、インフレの鎮静化にはなお時間を要する。
米連邦公開市場委員会(FOMC)で示された政策金利見通し(Median=中央値)をみても、2023年末こそ昨年12月に示された5.1%で同じだが、2024年末については4.1%から4.3%へと若干だが引き上げられた。会見でパウエル議長も利下げの議論がなされなかったことに言及した通り、FOMC参加者らはインフレへの警戒を解いていない。
セントルイス地区連銀のブラード総裁も24日の講演で、金融不安に対してはマクロ・プルーデンス政策が効果的であると指摘した上で、想定より強い経済と高過ぎる物価への対応として引き続き金融(引き締め)が必要であると説いた。これらを踏まえると年内に1%近い利下げを見込む市場はやや前のめりと言え、いくらかの揺り戻しが見込まれる。3月の高値から最大で約4%も下落したドル指数にも下げ止まりの兆しがみられてきた。
<ドルを支える他通貨の動向>
次に、他通貨をみておこう。金融不安は欧州にも波及したが、欧州中央銀行(ECB)は3月の理事会で50bpの利上げを決めた。しかし、銀行株が軟調に推移している中で、ECBのタカ派姿勢もいくらか和らぐ可能性が高い。
実際、ECBは次回の利上げに関するガイダンスの呈示を見送り、ラガルド総裁も今後の政策についてデータ次第である点を強調した。ユーロドル相場も1.09台に乗せたところでは失速し、ドルの持ち直しを間接的に支えている。
このほかオーストラリア準備銀行(RBA)が3月7日に予想通りの利上げを決定したが、ハト派寄りの声明を受けて市場では利上げ打ち止め観測が台頭している。
その翌日には、カナダ中央銀行が政策金利の据え置きを決定した。この結果、豪ドル、加ドルともに月初よりも対米ドルで下落している。金融不安の起点は米国だが、それがそのままドル安に直結していくわけではないだろう。
<金融危機でも1強となりにくい円>
こうした中で、円は3月に対ドルで4%以上も上昇しており、主要通貨の中では最もアウトパフォームしている。しかし、ロシアがウクライナに侵攻した昨年2月以降の対ドル変化率を比べると、円は主要通貨の中でノルウェークローネに次いで弱く、いまだに約12%も値下がりしたままだ。
円と並んで安全資産とされてきたスイスフランがこの間の下げ幅を全て回復し、対ドルで上昇に転じている動きとは対照的だ。貿易黒字のスイスに対し、日本では高水準の赤字が続く見通しだ。過去1年で225bpの利上げを決めたスイス国立銀行(中央銀行、SNB)に対し、日銀は基本的に緩和姿勢を保つ見込みだ。
ここからさらに金融不安が深刻化し、日本の対外金利差が顕著に縮小する場合を除けば、さらなる円高機運は高まりにくい。また、円高を見越して円ロングポジションを構築しても、金利では逆ザヤとなる。このため、短期的かつ値幅を伴う円高ビューを描けない限り、円ロングの維持は難しい。
<当面は130─134円>
以上を踏まえ、今後1─2カ月のドル/円相場を展望しておこう。まず、金融不安がしばらくくすぶるとみられ、米ドル金利の先高観は醸成されにくい。ドルの上値は重いとみられ、何らかの経済指標などを受けてドル/円が上昇する場合も、直近高値の137.99円を上抜けするのは容易ではないだろう。
一方、他通貨の上昇にも陰りがみられており、ドル安が続くとも考えにくい。ドル/円にしても年初来の安値であるドル127.22円の下抜けにはさらなる大幅な米金利の低下が必要だろう。このため、上下とも極端な値動きは影を潜めそうだ。コアのレンジとして130円─134円を想定し、上下双方に2─3円のヒゲを見込んでおく水準観が妥当ではないか。
<上下のリスクシナリオ点検>
一方、上下のリスクシナリオも整理しておく。これまで米当局は、破綻した銀行預金の全額保護や資金供給策、海外中銀とのドル資金供給オペを矢継ぎ早に決めた。大手銀も団結し、預金が流出した銀行に対して預金を積み上げる対応をみせた。モラルハザードを招くとの批判も聞かれるが、これらの対処療法が奏功し、案外と早く金融不安が鎮火する可能性がある。
その場合、インフレへの警戒が再浮上し、過度な利下げの織り込みが後退するにつれてドル金利、ドル/円ともに上昇し、直近高値を試すと考えられる。
反対に、金融不安がより深刻化する危険性も残る。本来なら弁済順位が株式より高いクレディ・スイスのAT1債(その他Tier1債)が無価値化された影響もあり、一段と信用収縮が進む恐れがある。この場合、いくらFRBのバランスシートが拡大してもマネーサプライの伸びは見込めない。実体経済の急激な落ち込みに対し、市場の利下げ期待がさらに高まれば、日米金利差の縮小がドル/円を下押ししよう。
また、日本の長期金利が変動許容幅の上限を大きく下回っており、日銀にとってみればかえってイールドカーブ・コントロール(YCC)を見直す好機と言えなくもない。足元の金融不安に照らせば、その可能性は非常に低いはずだが、総裁交代のタイミングだけに予断は禁物だ。
いずれにしても、当面の間、複数のシナリオを想定した上で臨機応変に対応していくほかないであろう。
編集:田巻一彦
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*内田稔氏は、高千穂大学商学部准教授、ALCOLAB外国為替アナリスト。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2012年から2022年まで外国為替のチーフアナリスト。22年4月から現職。J-money誌の東京外国為替市場調査では2013年より9年連続個人ランキング1位。国際公認投資アナリスト、証券アナリストジャーナル編集委員、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、経済学修士(京都産業大学)。
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