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コラム:軟調なドル/円、その背景と下値を探る=内田稔氏

[24日 ロイター] - 日本のシルバーウィーク中、ドル/円JPY=EBS相場は7月31日の安値・ドル104.20円を下抜けし、一時104円ちょうどまで下落した。その後、世界的な株式相場の下落に伴うリスクオフがドルの買い戻しを誘い、ドル/円も105円台を回復している。しかし、104.20円から当日中に106円台を回復した7月31日に比べると、その戻り歩調は鈍い。

 日本のシルバーウィーク中、ドル/円相場は7月31日の安値・ドル104.20円を下抜けし、一時104円ちょうどまで下落した。その後、世界的な株式相場の下落に伴うリスクオフがドルの買い戻しを誘い、ドル/円も105円台を回復している。しかし、104.20円から当日中に106円台を回復した7月31日に比べると、その戻り歩調は鈍い。写真は2013年2月撮影(2020年 ロイター/Shohei Miyano)

こうした値動きも踏まえ、本稿では軟調に推移するドル/円相場の背景を整理した上で、105円付近のサポート効果の持続性、円高に対する本邦当局の抑止策の有無、続落した場合の下値めどといった3つの視点を整理しておこう。

<円高の背景にFRBの平均インフレ目標>

初めにドル/円下落の主因だが、それはドル安だろう。

米連邦準備理事会(FRB)は8月27日、金融政策の長期的な目標と戦略を変更。2%超えのインフレを容認し、雇用が十分に回復するまで粘り強く低金利政策を継続する姿勢を打ち出した。コロナショック以前でさえ、米国でもインフレ率が平均的にみて2%に達した時期は、原油価格が高騰した局面を除けばほとんどないに等しい。2020年代のかなりの期間にわたり、米国の低金利時代が続く見込みだ。

かねて指摘の通り、対内証券投資などにより、経常赤字を賄うべき米国が、リスクに見合う金利水準を提示できなければ、あとはドル安によってドル建て資産の割安感を演出するほかない。しかも、コロナショック対応の資金供給も一因に、市場に出回るドルの流動性の目安であるワールドダラーも2015年以来の水準を回復。ドル資金の逼迫(ひっぱく)感による為替市場でのドル下支え効果も和らぐ可能性が高い。

もっとも、4月23日付コラム、『「大封鎖」で変わる通貨の勢力図、ドル独り勝ちは続かず』でも示した通り、未曾有の経済危機の下、為替市場ではドルも一定の強さを維持しよう。ドル安が進むのは、あくまでもG10かつ経常黒字国かつ非資源国通貨に限られるとみられ、具体的には円やユーロ、スイスフラン、スウェーデンクローナとなろう。

また、ユーロは難航必至の対英FTA(自由貿易協定)交渉や新型コロナウイルスの感染再拡大を受けて、上昇が一服している。空前の規模に膨れ上がった投機筋のユーロロングも、損益確定のユーロ売りがしばらく優勢となる可能性を示す。このため、年内に限ればドル安の受け皿役からユーロが脱落。ドル安の矛先が円に向けられる危険性もありそうだ。

<104円台のサポートは弱体化>

以下では、3つの視点を整理しよう。まず、105円付近から104円台でのサポートは今後も機能するだろうか。結論を言えば、その効果は徐々に弱体化するおそれが強い。それは、本邦勢の円売り需要が弱まる可能性があるためだ。足元では、コロナ禍の長期化が見込まれ、世界経済の先行きに対する不確実性が強い。金融市場が再び不安定化する可能性も考慮すると、対外投資は手控えられている。

例えば、年初来7月までの日本の対外直接投資(国際収支ベース、ネット)は前年比で約5兆円減少。8月までの対外証券投資(指定報告機関ベース、ネット)も約3兆円減少している。加えて、為替ヘッジコストが大幅に低下したことを踏まえれば、証券投資のうち、中長期債投資については為替スポット相場に影響しないヘッジ付外債投資の妙味(=ヘッジコスト勘案後の当初利回り)が上昇している。

依然として、超低金利に直面する多くの本邦機関投資家にとり、外貨建て資産投資は不可避だが、従来に比べると円売り需要が衰えたり、円売り(ドル買い)を実施する目線がドル安・円高方向へと修正される結果、105円付近でのサポートに対する信認が低下し、その頑健性が衰える可能性が高い。

<円高防止に日銀のETF買い増しも>

次に、105円割れが定着するような円高が進行した際に、本邦の通貨当局にそれを抑制する有効な手段はあるだろうか。現実問題として捉えると、切ることができるカードは多くないだろう。

例えば、為替市場への介入は、市場が投機的であるなど、真にやむを得ない場合に限られるとの不文律が浸透している。もちろん、ドル/円が急落した場合、それが投機的かどうかの判断は各国に委ねられている面もあり、為替介入が完全に封じ込められているわけではない。

しかし、経常収支不均衡を是正する重要なメカニズムの1つが為替相場の調整であると、かつて大統領経済報告に明記したこともあるトランプ政権に対し、「船出」間もない菅義偉政権が正面から挑むのが得策かと言えば、異なる判断がなされよう。大統領選と議会選挙をバイデン前副大統領や民主党が制した場合も、より保護主義色が強い政党だけに、為替介入のハードルが低くなることはなさそうだ。

もとより、ドル/円下落の主因がドル安である限り、本邦による単独介入の正当化は容易ではなかろう。結局、一段と円高が進行した際の選択肢は、例えば円高を助長しかねない株安を阻止するため、日銀が金融緩和の名目で、株式上場投資信託(ETF)を買い増しするなど、限られるのではないか。

<意識される購買力平価100円>

最後に105円割れが定着した場合の下値めどをどうみるか。市場では、購買力平価が意識されそうだ。世界銀行が今年5月に公表した国際比較プログラム(ICP)によれば、2017年時点の購買力平価(PPP)は105.38円。これを用いた昨年末のPPPは101.47円であり、日米インフレ格差を考慮すれば今年末のPPPは100円に迫ろう。

もちろん世界銀行もPPPは統計上の推計値に過ぎず、概算値として扱う必要があること、通貨の過小または過大評価を示す指標ではないことを明記しているが、ICPは176カ国が参加の上で実施された世界最大規模の統計事業だ。ビッグマック指数などとは異なり、幅広い財とサービスの価格やこうした商品への総支出額のデータを収集して算出された言わば究極の絶対的購買力平価と言え、恣意性がかなり排除された数字とみて差し支えない。切りのいい数字である100円に、こうしたPPPの意味合いも伴えば、105円を下抜けした場合に、市場が次なる節目としてその水準を意識しても何ら不思議はないだろう。

一方、過去を振り返れば購買力平価通りに実際のドル/円が推移したことも珍しく、その意味ではドル/円が必ずしもPPPに収れんする必要はない。とは言え、このことはドル/円が下落する際、PPPで下げ止まらない可能性も同時に示唆する。 実際、ドル/円の歴史をひも解けば、経常黒字や低インフレ(またはデフレ)などを背景に、購買力平価よりもドル安・円高で推移した時期の方が圧倒的に長い。折しもコロナ禍に覆われた日本経済は、今やデフレ回帰の崖っぷちに立たされている。 結局、ドル/円の下値めどとして100円付近が機能するのかどうかは、スガノミクスにも大いに依存すると言えそうだ。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から19年まで個人ランキング1位。国際公認投資アナリスト、証券アナリストジャーナル編集委員。

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