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コラム:2%目標は終わった話だが、異次元緩和はニューノーマルへ=門間一夫氏

[東京 5日] - 日銀がイールドカーブ・コントロールを導入してから、今年9月で5年が経過した。短期金利だけでなく長期金利も中央銀行が決めるという政策には、当初「そんなことができるのか」という半信半疑の受け止めもあった。

 10月5日、日銀がイールドカーブ・コントロールを導入してから、今年9月で5年が経過した。日銀本店前で2019年1月撮影(2021年 ロイター/Issei Kato)

実際にはこの5年間、日銀はイールドカーブをほぼ完ぺきに安定させてきたし、その目的を果たすことにも成功した。そもそもイールドカーブ・コントロールの目的は何だったのか。それは、日銀が2013年から続けている量的・質的金融緩和(いわゆる異次元緩和)の持続性を高めることであった。

<イールドカーブ・コントロールという奇策>

もともと異次元緩和の目玉は、大量の国債買い入れであった。年間ネット50兆円、2014年秋からは同80兆円という大胆な国債買い入れで、日銀は2年程度を念頭に置いて2%物価目標の実現を狙った。

しかし、2%物価目標は2年では実現できず、まだまだ何年もかかりそうだということが明らかになった。問題は、大量の国債を何年も買い続けることは「物理的に難しい」ということであった。仕方なくマイナス金利という別の手段を試してみたが、その影響で長期金利までマイナス圏へ深く沈み、年金等への副作用も懸念されることになった。

この八方ふさがりを打開するための奇策こそ、イールドカーブ・コントロールであった。金融緩和の後退とは受け止められないようにしながら、長期金利が下がり過ぎる副作用を防ぐのが狙いだった。日銀の基本スタンスが、緩和拡大一辺倒から、効果と副作用のバランス重視へと大きく転換した瞬間だった。

その後、今日に至るまで、イールドカーブ・コントロールは「効果と副作用のバランスに配慮して金融緩和の持続性を高める」というその目的を、ほぼ完ぺきに果たしてきた。考え抜かれた鮮やかな奇策であったと言える。

現在の金融緩和の枠組みは、正式には「長短金利操作付き・量的質的金融緩和」と言う。イールドカーブ・コントロールは「長短金利操作付き」の部分に当たるので、全体から見れば「付録」のような位置づけである。出来の良い付録のおかげで本体の命脈が保たれている、というのが日銀の金融政策の現状である。

<2%物価目標は「終わった話」>

それでは、異次元緩和はいつまで続くのだろうか。日銀自身は、2%物価目標の実現に必要な時までこれを継続すると言っている。ところが、その2%物価目標は、実現の見込みが全くない。

日本経済は2000年代以降、戦後最長の「いざなみ景気」、そして戦後2番目の「アベノミクス景気」と、長さでは金メダル・銀メダルの景気拡張期に恵まれた。アベノミクス景気の下では、有効求人倍率がバブル期を上回り、人手不足が深刻になるほど労働市場は改善した。

日銀も渾身(こんしん)の金融緩和で人々のインフレ期待に働きかけた。それだけの条件がそろっても物価は上がらなかった。日本は、30年近く1%インフレすらめったに起こらない、筋金入りの低インフレ国なのである。

そういう現実を踏まえれば、2%物価目標は今後も「実現しない」と考えるのが妥当である。さすがに数十年の時間軸で見れば、何らかの構造変化が起きて日本でもインフレが高まる、という可能性がないとは言い切れない。

しかし、それはもはや異次元緩和の効果ではない。数十年どころか、異次元緩和の開始から8年半の今ですら、効果が出るまでのタイムラグで説明できる期間をはるかに超えている。

仮に本日以降、いつか2%インフレになることがあるとすれば、それは金融緩和以外のインフレ要因がたまたま生じる場合だけである。異次元緩和そのものの勝敗は、既に決しているのである。

日銀が2%物価目標を実現できないからと言って、政府が乗り出すわけでもない。本当に大事な目標なら財政政策を含めて政策を総動員すればよいと思うが、別に国民がそれを望んでいるわけではないので、岸田文雄新政権の公約にもなっていない。

アベノミクスの生みの親である安倍晋三氏も、首相退任後に在任中の経済好転を振り返り「2%物価目標の本当の目的は達成された」と述べている。2%物価目標は実質的にはとっくに終わった話なのである。

<永遠の命を授かった異次元緩和>

それでも日銀は、2%物価目標をあえて撤回はしないだろう。グローバル・スタンダードなので撤回の説明が難しいし、撤回が「緩和の後退」と受け止められた場合の市場の反応も怖い。アベノミクスは失敗だったとメディアが騒ぐリスクもある。それらは取る必要のないリスクである。2%物価目標が実現できないことを責め立てる世論もないのだから、未達のままそっと放置しておくのが、いちばん無難な選択である。

仮にその選択に問題があるとすれば、異次元緩和を続けることの副作用が大きくなる場合だけである。しかし、イールドカーブ・コントロールは副作用の軽減策として依然として有効である。そのイールドカーブ・コントロール自体の副作用、例えば債券市場があまりにも動かないといった問題に対しても、日銀は長期金利変動の弾力化を図るなど細かな修正を重ねている。イールドカーブ・コントロールそのものも進化しているのである。

マイナス金利の副作用を懸念する声も、だいぶ小さくなった。これも、マイナス金利が適用される範囲を狭めるなど、日銀の努力の成果である。地域金融機関への影響もかつては強く懸念されていたが、日銀は昨年11月に特別準備預金制度の導入を決めた。これにより、収益力の強化に努力した地域金融機関は、マイナス金利の影響を軽減してもらえることになった。

ETFの買い入れについても、以前はさまざまな弊害が指摘されていた。しかし、日銀は昨年末から今年春にかけての株価上昇局面をうまく捉え、3月の「点検」で事実上の買い入れ停止を決めた。一方で、株価急落時などにおける機動的な買い入れの余地は残した。

日銀のETF買い入れは、物価への効果もないのに株式市場をゆがめるだけの「下策」から、市場の急変時にその安定を促す「バックアップ・ファシリティ」へと、完全に生まれ変わったのである。

もはや大胆な金融緩和の一環というよりは、市場のパニックを防ぐ市場安定化ツールである。そういうファシリティなら、恒久的な措置として中央銀行が提供し続けるのも悪くはない、とさえ思えてしまう。

日銀の国債買い入れは財政ファイナンスではないか、という批判も時々聞かれる。しかし、インフレのリスクがほとんどない日本で、今の財政赤字が過大だとは考えにくいし、まして金融政策のせいで国債が過剰に発行されているという因果関係を示す証拠はどこにもない。家計にも企業にも金融機関にも潤沢にキャッシュが眠る日本では、日銀などに頼らずとも必要な国債は発行できる。

バブルなど金融面の不均衡も蓄積されている気配はない。この点でも日銀は、今年になってプルーデンス部局の幹部が金融政策決定会合に参加し、金融システム面の情勢や課題を詳しく説明している。金融庁のモニタリング体制も向上しており、低金利下でのリスクを点検するという視点はすっかり定着してきたように思う。

かくして、8年半かけて進化を続けた今の異次元緩和は、副作用という点でも死角がほぼない完成形に近づいた。2%物価目標という主戦場で勝てる当てがない以上、それでも戦うなら異次元緩和はずっと続けなければならないが、「ずっと続けられるようにする」という局地戦では、日銀がほぼ完全勝利を収めている。

今の異次元緩和には、もはやパワーも驚きもないが、代わりに「永遠の命」がある。日本の金融政策はひとつの均衡点に達した。いずれ異次元とも呼ばれなくなり、現状がニューノーマルと化していくだろう。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*門間一夫氏は、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し、みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト。21年4月から現職。

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