June 10, 2020 / 2:30 AM / 25 days ago

コラム:中国「デジタル通貨覇権」、コロナの渦中で独走態勢=大槻奈那氏

[10日 ロイター] - 4月14日、中国のメディアが流した1枚の写真に金融業界が釘付けになった。中国農業銀行が実用化に乗り出した人民元デジタル通貨電子決済(DCEP=Digital Currency Electronic Payment)のベータ版アプリのスクリーンショットである。5月から、スターバックスやマクドナルドなどでの決済に加え、蘇州市の指定企業では通勤手当の半額についてDCEP払いを開始しているという。

 4月14日、中国のメディアが流した1枚の写真に金融業界が釘付けになった。中国農業銀行が実用化に乗り出した人民元デジタル通貨電子決済(DCEP=Digital Currency Electronic Payment)のベータ版アプリのスクリーンショットである。写真は、北京のショッピングモールを訪れた人々。5月21日撮影(2020年 ロイター/Thomas Peter)

昨年末にかけ、金融業界の大きな話題の一つがデジタル通貨だった。新型コロナウイルスの感染拡大でこれらの動きや報道は途絶えていたが、ここにきて、再び世界各国で盛り上がりを見せている。

新型コロナのパンデミック(世界的大流行)は、社会のデジタル化を後押ししつつある。通貨もその一例だ。通貨のデジタル化によって紙幣を介する感染リスクがなくなるという効果もさることながら、政府給付金の迅速な受け渡しなどについてもデジタル通貨の存在が重要な意味を持つことがわかった。

日本では、今回初めて給付金のオンライン申請を受け付けた。しかし、デジタル化が中途半端なままになっている中で、時間と労力が浪費された感は否めない。

例えば、申請には銀行口座や家族構成までも入力するよう求められ、地方公共団体は膨大な銀行送金の作業をミスなく行わねばならなかった。もし政府がデジタル通貨を発行し、直結するウォレットに送金できれば、予算さえ決まれば執行は瞬時で完了しうる。個人の属性と紐づけられれば、特定の個人への配布も迅速にできる。

また、デジタル通貨には「タンス預金」という逃げ場がないから、世界各国の中央銀行が金融緩和を進める中で、マイナス金利を浸透させやすくなるというメリットもある。

一足先に新型コロナのロックダウンを解除した中国は、デジタル通貨でも先進諸国に大きく水を開けつつある。中国のDCEPは、モバイル決済アプリの「ウィーチャットペイ(微信支付)」と「アリペイ(支付宝)」が提供するモバイル決済とは全く異なる。DCEPは、M0、つまり現預金をデジタルに置き換えるものだ。インターネットは不要で、決済は携帯端末をかざすだけの近距離無線通信(NFC)接続で行われるため、僻地を含め、中国全土で利用可能だ。まさに新しい通貨が大国で始動したと言える。

本格的な実用化のスケジュールは未定とされているが、一部には、2022年の北京冬季オリンピックまでに、という噂もある。事実とすれば本格実用化までわずか1年半だ。これに向けてか、アリペイは2月以降、DCEP関連の特許を連続して取得している。こうした動きは、今後、一層活発になりそうだ。

<米国は官民のせめぎ合い続く>  

米国はどうか。5月末、米国政府のデジタル通貨発行を推進する民間団体「デジタルドル・プロジェクト」が、電子ドルの計画書を発表した。中央銀行デジタル通貨(CBDC)の必要性やその効率性を説明したものだが、従来のデジタル化の議論に、支援金など政府からの支払いの利便性などの論点が加わっている。

政府によるデジタル通貨であるため、政府との協力は必須となり、同団体の運営メンバーには元米商品先物取引委員会(CFTC)会長を据えている。しかし、今のところ、米政府には同調の動きはみられない。6月1日には、フィラデルフィア連銀スタッフが、CBDCの利点を示しつつも、金融システムを抜本的に変革し、民間銀行を駆逐しかねないとする論文を発表した。総じてまだ慎重な印象だ。

一方、昨年、世界の耳目を集めた米フェイスブック(FB.O)の仮想通貨「リブラ」プロジェクトも、静かに進行している。5月26日には、ウォレットの名称をカリブラから「Novi(ノヴィ)」に変えると発表し、世界中で事前の利用登録を開始した。筆者も事前登録してみたが、使い勝手は悪くなさそうだ。

今年4月中旬、リブラ協会は昨年の米当局などの猛烈な反発を踏まえ、当初計画を大幅に変更し、1種類の共通通貨ではなく通貨ごとのリブラを発行するという方針を発表した。これなら、許可が下りた国のみで発行できるという利点はあるだろう。しかし、世界共通の交換手段として、安く早く送金できるという利便性は大きく後退する。

その他の政府デジタル通貨構想も再起動している。たとえば、フランスは、2020年の第1・四半期にデジタル通貨発行の実験を行うとしていた。コロナ禍で計画の結果発表は遅れていたが、フランス中央銀行は5月20日にこの実験が成功したと発表した。

<日本国内の動きは緩慢>

しかし、先進諸国のCBDCは総じてまだ動きが緩慢だ。5月に発表されたCentral Banking誌の調査によれば、世界46カ国の中央銀行のうち65%がCBDCを研究しているが、その大半がまだ初期の調査段階だという。恐らく日本もまだ初期の段階にある国のひとつだ。

日本では、デジタル決済の主導権を巡る攻防が激しさを増している。6月3日には、大手行と東日本旅客鉄道(9020.T)やKDDI<9433.T)>など9社によるデジタル通貨の協議会設立が発表された。JR東日本の「スイカ」といえば、月間利用件数が2.5億件(19年12月)にも上り、日常的な決済手段として圧倒的に定着している。

また、大手3銀行の延べ口座数は9100万口座に上り、重複を考慮しても、恐らく成人の2人に1人はこれらの銀行に預金口座を持っていると思われる。これらが統一規格のもとに運営されれば、決済のデファクトスタンダードになる可能性はある。周知の通り、スウェーデンの独占的モバイル決済システム「Swish(スウィッシュ)」も銀行の共同体運営だ。

将来、日本でも給与の電子マネー払いが実現する可能性もある。すでにこの前哨戦として経費精算のキャッシュレス化が先行的に動き出している。経費精算の「コンカー」はヤフーのスマホ決済サービス「ペイペイ」に対応し、会計アプリの「マネーフォワード」はSNSサービスのLINE(3938.T)の子会社が展開するモバイル送金・決済サービスを使ったキャッシュレス経費精算を開始している。

<一気通貫のデジタル化が不可欠>

しかし、これらはいずれも、真の「現預金」ではない。新型コロナでも明らかになったように、手続きの一部だけをデジタル化しても、その接続部分で滞留してしまえば効率化にはつながりにくい。マネーの世界でデジタル化を進めるなら、中国のように現金通貨から個人の利用まで一気通貫で行う流れは必然にも思える。

中国では西暦1020年頃、世界初とされる紙幣「交子」が誕生した。その後、中国を訪れたマルコ・ポーロは、「紙」での支払いを拒む者がいない人々の暮らしに驚き、東方見聞録の中で「最高の錬金術」と記して欧州に伝えた。

世界初の中央銀行のデジタル通貨も中国で実現されつつある。 日本で紙幣が誕生したのは、中国から600年後の1600年代だ。今回はさすがに6世紀も遅れることがないようにしたいものだ。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

大槻氏

*大槻奈那氏は、マネックス証券の執行役員チーフ・アナリスト兼マネックスユニバーシティ長。東京大学卒業。ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得後、スタンダード&プアーズ、メリルリンチ日本証券などでアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授、クレディセゾン社外取締役、東京海上ホールディングス社外監査役を兼務。財政制度審議会財政制度分科会委員、東京都公金管理アドバイザリー会議委員などを務める。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

編集:北松克朗

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below