[東京 14日] - 今年に入り、投資詐欺事件が世界的に増加している。米国で2022年の第1四半期に発覚した投資詐欺は、コロナ勃発直前の2019年第4四半期比で12倍の67.2億ドルに膨れ上がった。
豪州では、今年1月から4月までに、前年同期比4倍の1.58億豪ドルの投資詐欺被害が発覚した。日本では今年のデータが見られないが、昨年1年間に摘発された利殖詐欺の総額はコロナ前の2019年から3倍強の1100億円、被害者数は同23倍の13.2万人となった。特に30代の被害者の増加が目立っている。
しかし、摘発されている詐欺事案は氷山の一角だ。豪州政府のサイトによれば、摘発される事案は、発生しているものの13%に過ぎないという。そして、その外側には、法的には問題ない、または問題は少ないが、極端なリスクをとっている巨額市場が存在する。
<テラやセレシウスに代表されるグレーゾーン投資>
そうした不透明な領域の筆頭が、今年5月はじめに暴落したステーブルコインのテラである。先週には米証券取引委員会(SEC)が調査を開始したと報じられている。
テラの時価総額は、一時4兆円を超えた。新興の暗号資産になぜそこまで資金が集まったのか。年率20%超の高いリターンを投資家に約束した局面もあったことが大きな要因だ。その原資は、運用益ではなく他の投資家の入金という「ポンジー・スキーム」だった可能性が疑われている。仮に詐欺と判断されると、7兆円を超えた「マドフの詐欺事件」に次ぐ規模となる。
6月13日には、暗号資産の貸出プラットフォーマーのセルシウス・ネットワークがプラットフォームでの全ての出金を一時停止した。同社の発行するコインは昨年末時点から95%程度下落した。同社はⅮeFi(分散型金融)、すなわち暗号資産の貸出市場における最大手プレーヤーの一角で、暗号資産の貸出では20%前後のリターンを掲げ、昨年8月には預り資産が200億ドルを超えた。
テラの暴落で高利回りを約束するスキームに疑念が持たれていたが、6月初頭には、その影響は乗り切ったと表明していた。しかし、その後もプラットフォーム運営会社の価格が不安定になっており、顧客資産は、5月時点で120億ドル規模だったと報じられている。
日本でも、あるプライベートファンドの投資家への出金が4月以降止まっていることが一部で話題になっている。主にFXに投資をして年率30%のリターンを安定的に配当していたとされる。問題があるのかどうかは不明であるが、リスクは高まっているのは間違いない。
<マネー増加・SNS・ペニーストックの存在>
こうした高リスク案件の増幅とそのほころびの背景に、マネーの膨張があるのは言うまでもない。2008年のバーナード・マドフのポンジー・スキームも、2000年代はじめの金融市場のブーム期に膨張し、金融ショックで資金の流出が始まり、配当がストップし、運用実態のないことが露呈した。日本でも野村ホールディングス、あおぞら銀行などいくつかの金融機関が投資していたことで大きく報じられた。
しかも、今はマドフの頃とは異なり、SNS等の口コミの力がある。高リスク案件の運営者が、過去に比べて簡単に、広範囲の投資家にリーチできるようになっている。昨年以降は、暗号資産やペニーストック(投機的小型株)の突発的な価格急騰があったことから、持続不可能な高リターンを約束するような案件が疑わしいと判断しにくくなっていることも火に油を注いだ。
こうした高リスクスキームでは、資金が流出し始めると、さらにアグレッシブな利回りを提示してくる可能性がある。プロでも詐欺を見抜けないことは、マドフ事件の例が示す通りだ。誰もが改めて注意する必要があるだろう。
では、実体のない投資をどうやって見分ければいいのか。米SECは、1)あまりにも高く安定的な利回りを保証する、2)登録されていない業者である、3)運用スキームが複雑か開示したがらない、4)書類にミスがある─ことなどを挙げている。
しかし、そもそも当局は、難しい見極めの責任を投資家に負わせるのではなく、監督を強めることはできないのだろうか。例えば、他人の資金を預かるファンドの投資状況をオンライン等で直接把握し、募集広告と実際の運用のかい離を指摘する。また、個人の口コミの投資評価などにもう少し厳格な制約を設けることも考えうるのではないかと思う。
だが、リターンを目の当たりにした時点で降りることは予想以上に難しい。過去の実績をもとに、このリターンが続けば、と皮算用してしまう(extrapolateする)ためだ。自分の心の弱さを自覚し「明日降りようと思うなら今日降りる」べきだろう。
<最大のリスク、グレー投資の“後遺症”>
再び金融相場の後始末の時期に差しかかった今、こうした高リスク案件が「火を噴く」のは歴史の必然かもしれない。特に米金融市場では、市場の想定を上回る米連邦準備理事会(FRB)の引き締め姿勢で、すでに米株式は急落している。この状況下で、金融市場全体にはどのような影響がありうるのか。
たとえ株式市場が安定軌道に戻ったとしても、新規性の高い商品や複雑なスキームの投資には資金が集まりにくい状態が続くだろう。現在は、夢に投資するような赤字企業のIPOや、高度でわかりにくい新技術などに対しても、投資家はこれまでよりは慎重になるかもしれない。
ITバブル崩壊後はハイテク企業が、サブプライム問題の後は証券化が敬遠された。このように全くホワイトな投資でも敬遠され、不正の増加やグレー投資のほころびは、マネーをシンプルで明瞭なものに向かわせる可能性がある。今から準備しておく必要があるかもしれない。
(編集:田巻一彦)
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*大槻奈那氏は、マネックス証券の専門役員チーフ・アナリスト、マネックス仮想通貨研究所所長。東京大学卒業。ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得後、スタンダード&プアーズ、メリルリンチ日本証券などでアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授を兼務。
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