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コラム:短期間で収束しない高インフレ、市場に予期せぬ影響も=大槻奈那氏

[東京 9日] - 米国のインフレ率が落ち着きを見せている。昨年12月の消費者物価指数(コアCPI、食料・エネルギーを除く)は前年同月比プラス5.7%と、9月のピークから0.9ポイント低下した。

 「インフレ率の目線」が大きく変わった場合、当然、為替レートにも影響を与えうる。今は日々の日米金利差を追って変動している為替レートだが、中長期的なテーマとして、日米のインフレ率の落ち着きどころも意識しておくべきだろう。大槻奈那氏のコラム。写真はドル紙幣。都内で2011年8月撮影(2023年 ロイター/Yuriko Nakao)

<インフレ鎮静まで数年かかった70年代>

そのような中で今後、注目すべきポイントは、急上昇したインフレ率が「どこで落ち着くのか」という点である。例えば、インフレ率は年内に3%台まで低下するという見方が根強い。

だが、その後も下がり続けて、コロナ前までの30年間の平均の2%台まで低下するのだろうか。1970年代も、インフレ率は落ち着いた後に再度上昇するなど不安定な動きを繰り返し、結局、それ以前のレベルに戻るには数年かかった。

<読みにくい消費者マインド>

こうしたインフレ動向を左右する最大の要因は、人々のマインドである。米連邦準備理事会(FRB)が昨年、利上げの初動を見誤ったのも、消費者マインドの読み違いが多分にあったとみられる。

2022年1月にはNY連銀のJ .Rudd氏が、人々のインフレ期待が実際のインフレ率に影響を及ぼすという説は根拠が弱いとし、人々の期待を過度に信頼することは政策の誤りにつながるという論考も発表していた。

確かに一般消費者のインフレ予想は、エコノミストの予想に比べて当たらない。しかし、問題は数字が当たるか当たらないかではない。人々は高いインフレを経験すると、そうした高インフレが続くと予想し、買い急ぎ、賃上げを求め、結果として高インフレが自己実現してしまう。高い予想をするようになること自体が問題なのだ。

最近ではパウエルFRB議長も、人々のインフレ期待を目標の2%にアンカー(固定)することの重要性を繰り返し強調している。

<高止まる米5年後の予想インフレ率>

その点、足元で米国の消費者のインフレ予想が鈍化していることは朗報に見える。1月のミシガン大学の消費者調査(速報値)によれば、1年後のインフレ率予想の中央値は3.9%と、昨年4月のピーク時の5.4%に比べてだいぶ低下した。

だが、安心するのはまだ早い。まず、個人の予想のばらつき(標準偏差)が極端に大きくなっている点に注意すべきだ。特に、(理由は不明だが)若年層や、高学歴の人々の間の予想のばらつきは大きく、直近も拡大している。人々の予想に迷いと不安があることの表れかもしれない。

そうした不安が強ければ強いほど、人々は、高い賃金を確保しようと行動するだろう。人手不足はそのような選択を容易にする。米国の求人数は失業者数の2倍を超えており、引き続き労働市場はひっ迫している。

もう1つ注意すべき点は、5年後の予想インフレ率が低下していないことだ。12月調査では、5年後のインフレ率予想の中央値は2.9%で、前月の3.0%とほぼ同水準にとどまっている。

一方、平均は4.3%と、逆に前月の4.0%から上昇している。つまり、高い予想をしていた人々はさらに高い予想をしている可能性がある。これらを見ると、中期的な予想の方向性は必ずしも定まっていないように見える。

<上がっている日本のインフレマインド>

日本はどうか。昨年12月の日銀の「生活意識に関するアンケート調査」によれば、個人が予想する1年後のインフレ率は平均で9.7%となった。同時期の米国の個人のインフレ率予想をはるかに上回る。5年後の予想も7.5%と高水準だ。

もちろんこれらの極端な予想は早晩落ち着くとしても、日本でも一定のインフレ・マインドが定着する可能性は排除できない。

国際通貨基金(IMF)が今年1月に発表した年次の「4条協議」の結果報告では、日本の2023年、24年の年間平均インフレ率はそれぞれ2.8%、2.0%と予想されている。

過去とは異なるレベルのインフレがそれだけ長く続いた場合、人々の物価上昇率の“常識”をも変化させうる。そうなると、過去のような0.5%程度というインフレ水準に戻るには、相当時間がかかるかもしれない。

「インフレ率の目線」が大きく変わった場合、当然、為替レートにも影響を与えうる。今は日々の日米金利差を追って変動している為替レートだが、中長期的なテーマとして、日米のインフレ率の落ち着きどころも意識しておくべきだろう。

(編集:田巻一彦)

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*大槻奈那氏は、ピクテ・ジャパンのシニア・フェロー。東京大学卒業、ロンドン・ビジネス・スクールでMBA、一橋大学ICSで博士(経営学)。スタンダード&プアーズ、UBS、メリルリンチ、マネックス証券などでアナリスト業務に従事。2022年9月より現職。名古屋商科大学大学院教授を兼務。

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