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コラム:新型ウイルスがもたらす「世界金融不安」の現実味=大槻奈那氏

[東京 28日] - 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が、各国金融システムを揺るがしかねない状況になりつつある。ウイルス禍がもたらす経済的打撃はさらに広がる見通しで、発生源とみられる中国だけでなく、欧州や韓国の金融機関にもシステミック・リスクの影が忍び寄りつつある。「世界同時金融不安」への火種をどう封じ込めるか、各国金融当局は政策手腕を問われている。

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が、各国金融システムを揺るがしかねない状況になりつつある。写真は上海証券取引所のビルで撮影(2020年 ロイター/Aly Song)

<中国が強力な金融支援を推進>

2月19日、中国の大手コングロマリット「海航集団(HNAグループ)」が経営難から当局監督下に置かれるとのニュースが流れた。同グループは、かつて天下のドイツ銀行の筆頭株主となるなど、派手な投資を行っていたが、ここ1、2年は経営悪化が加速。そこに、新型ウイルスの感染拡大が主力の観光や運送事業に追い討ちをかけた。

次いで21日には、北京大学傘下の事業会社「方正集団」が地方裁判所に再建手続きを申し立てた。日本にもIT事業のグループ会社を持つ一大企業グループだ。報道によれば、中国人民銀行は、同社の再建チームを立ち上げたという。

こうした新型ウイルス蔓延による企業の経営不安を防ごうと、中国は猛烈に金融支援を進めている。中国人民銀行による市場への資金供給やローン基準金利の引き下げなどに加え、民間金融機関に企業への金融支援を強力に促している。27日の記者会見で、当局(訂正)は金融機関の緊急融資が9535億元(約15兆円)を超えたと発表した。

政府の意を受けた地元の金融機関はメディアに対し、こぞって融資審査の速さをアピールする。ある銀行の新規融資の様子を伝えた11日の報道は、申し込みから実行までの所要時間はわずか2時間という早業を紹介した。

銀行保険監督管理委員会も、不良債権の基準について当面は寛容にならざるを得ないと表明。借り手企業が新型ウイルスの影響で経営難に陥っているケースでも不良債権に区分しないという銀行の対応を黙認している、と報じられている。

こうした緊急融資は、平時とは全く考え方が違う。平時は、貸し倒れリスクが高ければ実行しない。ところが、今はリスクが高いものほど積極的に融資を実行せざるを得ない。当面は、月に10兆円を超える単位で緊急融資が積み増されていくかもしれない。

<不良債権減り、中国政府には余裕>

これだけの融資をあっという間に実行できる背景の一つとして、中国の銀行には総じて余裕ができている、という状況がある。

中国の銀行の不良債権比率は、この約15年で10分の1以下になった。資本額も過去5年で倍増、200兆円近く増加している。10年前は日本の銀行とそれほど大きく違わなかった銀行の利益は、年間約30兆円と、邦銀の10倍以上を稼ぎ出している。邦銀全体の利益を1カ月弱で稼ぐイメージだ。仮に、15兆円の緊急融資が全額貸し倒れとなっても、半年分の利益に過ぎない。

ただし、中国では金融機関の格差は大きい。昨年11月に中国人民銀行が発表した金融安定報告では、4379社ある金融機関のうち、13%に当たる587もの金融機関が「高リスク」(うち1行は経営破綻)と判断された。

もちろん、これら高リスクの金融機関の規模は小さいと推定されることから、万が一、これらの金融機関が全て危機に陥ったとしても、金融システム全体に与える影響は知れている。しかし、市場が冷静だった場合という条件付きだ。もし、これらの金融機関に取り付け騒動などが起これば、中リスクの2000を超える金融機関にも信用不安が飛び火するかもしれない。

幸いなことに、中国政府のバランスシートには日本よりも余裕がある。いざとなれば銀行に公的支援を行うことも可能だ。したがって、これはあくまでサブシナリオだが、現時点ではそのリスクは排除できないだろう。

<欧州の不安、イタリアが火種に>

もっとも、中国は金融システムが比較的閉じられているため、世界の金融システム全体で見れば問題は少ない。例えば、日本から中国に対する与信は、英国に次ぐ規模だ。しかも、10年間で大幅に増えているとはいえ、香港を含めても1800億ドル(20兆円)程度となっている。小さい規模とはいえないものの、この大半が不良債権化したとしても日本の金融システム全体が揺らぐほどではない。

ところが、欧州に感染が飛び火した時点で様相が変わってきた。まず問題となるのはイタリアの状況だ。今のところ、アジア以外の地域では感染者数が突出している国の一つである。感染はフランスやスペインなどにも広がっており、イベントの中止や、町によっては人々の移動を制限する事態も発生している。

スペインやフランス、イタリアの観光業依存度は国内総生産(GDP)の6-11%と相対的に高い。フランスの観光客数は長年、世界一を誇り、年間9000万人近い人々が訪れる。そこにウイルス禍が広がれば、経済活動への悪影響は必至だ。

これらの観光業への依存度が高い欧州諸国は、金融システムが相対的に弱いという共通項を持つ。とりわけ心配されるのはイタリアだ。金融機関の普通株式等Tier1資本比率が平均13.3%と2007年からほぼ倍になっている(18年末)とはいえ、依然として、不良債権比率は8%台と高く、不良債権の金額でいえば依然として欧州連合(EU)域内で最大だ。建設業など一部の業種では、融資の2割が不良化しているなど厳しい状態が続いている。

しかも、欧州委員会は、加盟国の政府が銀行を救済することを原則禁止している。昨年12月、ドイツの地方のNord LBとイタリアのPopolare di Bariという2つの小規模な地銀が、相次いで自国の公的資金で救済されたが、これを容認した欧州委員会には、他国から激しい批判が集中した。大規模な救済ともなれば、相当な議論になることは避けられない。仮に救済が認められたとしても、イタリアはフランスと並んで、昨年も予算案で欧州委員会ともめた経緯があり、大規模な支援は容易ではない。中国とはかなり状況が異なり、世界の金融機関からのエクスポージャーも大きいだけに、世界の金融機関への影響が懸念される。

<もう一つの不安要因:韓国>

もう一つの懸念材料は、昨年来、一部の大企業の業績が不安視される韓国だ。韓国の19年6月の金融安定報告によれば、企業の金利負担能力を示すインタレスト・カバレッジ比率が1未満、つまり、営業利益で利払いが賄えない企業は、全企業の32%に上った。特に宿泊と食品では57%に達するとされている。今回の新型ウイルスの影響をもろに受けるセクターだ。

しかも、韓国の規制当局は、かつて不安視されていた家計債務から企業向けに融資をシフトさせようと、中小企業向けの融資規制を緩和し、家計向けを厳しくした。その結果、この1年程度で中小企業向け貸出が急増、不良債権拡大の不安を増幅させている。

韓国の金融当局は昨年11月、中小企業再生のための融資会社を設立すると発表した。融資の拡大と景気鈍化で、中小企業の倒産増加を懸念した措置とも思われるが、新型ウイルス感染による打撃が加わったことは、金融機関にとって大きな見込み違いとなっているだろう。

また、足元では、対ドルで韓国ウォン安が進んでおり、今月28日時点で昨年同期比8%程度下落している。日本同様、自国通貨安は輸出にはプラスだが、日本と異なるのは、ドル建ての対外債務額が高いことだ。ウォン安は海外金融機関からの借入の返済負担を増加させる。

<金融当局の「腕力」を注視>

今回の感染は、日本を除けば、総じて金融システムに課題のある国を襲っている。資金繰りに窮する企業を支援すればするほど、金融機関の負担が重くなる。そして金融機関の負担は、ウイルスの猛威が収まった後でも、不良債権という形で残る。それでなくても、世界の総債務額はリーマンの時から1.6倍に膨張している。

金融機関の体力がなくなり、その借り換えに支障が出れば、資金繰りが行き詰まる企業や個人が急増する可能性も否定できない。まずはウイルス封じ込めが最優先だが、その後、巨大に膨れ上がった金融システムに不安が生じた場合、どのように正常化させるのか。各国金融当局の「腕力」が久々に試されることになるかもしれない。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*大槻奈那氏は、マネックス証券の執行役員チーフ・アナリスト兼マネックスユニバーシティ長。東京大学卒業。ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得後、スタンダード&プアーズ、メリルリンチ日本証券などでアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授、クレディセゾン社外取締役、東京海上ホールディングス社外監査役を兼務。財政制度等審議会委員、規制改革推進会議委員、東京都公金管理アドバイザリー会議委員などを務める。

(編集:北松克朗)

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