for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:日本株のカギ握る植田次期総裁のスタンス、海外勢は正常化視野=藤戸則弘氏

[東京 15日] - 米長期金利動向は、「経済統計次第」の不安定な状況が続いている。2月米連邦公開市場委員会(FOMC)直後の記者会見で、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は「ディスインフレのプロセスが始まった」と、インフレ率の鈍化に一歩前向きな評価を与えていた。

 米長期金利動向は、「経済統計次第」の不安定な状況が続いている。2月米連邦公開市場委員会(FOMC)直後の記者会見で、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は「ディスインフレのプロセスが始まった」と、インフレ率の鈍化に一歩前向きな評価を与えていた。藤戸則弘氏のコラム。写真は米首都ワシントンで2019年3月に撮影(2023年 ロイター/Leah Millis)

雇用に関しても「極めてタイトな状況」との従来見解を述べながらも「雇用の増加ペースと名目賃金の鈍化」にも触れていた。そして、結論的には継続的な利上げが必要としながらも「利上げ停止となるまでに2回ほどの利上げを協議中である。利上げ停止後に再び引き締め策を採る選択肢は検討していない」と利上げ停止の可能性を示唆していた。

想定以上に「ハト派的文言」が多く、12月FOMCまでの「タカ派的トーン」に身構えていた市場は好感したようだ。2月FOMCの結果発表を受けて、2月2日には米10年国債利回りが3.331%まで低下する局面があった。

<流れ変えた1月雇用統計と米CPI>

ところが、2月3日に発表された1月米雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比51.7万人増、失業率は1969年5月以来の3.4%へ低下という衝撃的な内容だった。週平均労働時間は34.7時間に増加して昨年3月の水準に回帰し、労働参加率も62.4%に上昇しており、どこから見ても「雇用逼迫」を改めて裏付けることになった。

しかも、12月米労働省雇用動態調査(JOLTS)の求人件数は1101万人で、失業者1人に対して約1.9件の求人件数という逼迫ぶりである。

こうした雇用関係指標を受けて、パウエル議長の発言が「ややハト派的に過ぎる」と見たせいか、FOMCタカ派の論客が相次いで発言し始めた。ウォラーFRB理事は「金利が一部で想定されているよりも、より高い水準で、より長く維持される可能性がある。力強い労働市場は物価にとってリスクになる」と述べた。

ミネアポリス地区連銀のカシュカリ総裁も「これまでの利上げが労働市場に大きな効果を及ぼしている証拠は、まだそれほどない。政策金利のピークは5.4%との見解を維持している」と利上げ継続を主張している。

両者は「タカ派」として著名だが、「中間派」と目されるニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁までが「十分に景気抑制的な政策スタンスを達成しなければならない。インフレを確実に2%に回帰させるため、そうしたスタンスを数年間維持する必要があるだろう」と述べた点には注意を要する。景気抑制的な政策スタンスが「数年間」というのは、従来にない時間軸の延長である。

また、1月の米消費者物価指数(CPI)は、前年比で総合が6.4%上昇、コアが5.6%上昇と若干鈍化したものの、前月比では総合が0.5%、コアが0.4%の伸びで、12月までのインフレに対する楽観的なトーンとは異なっている。

特に住居費の伸びは依然高水準で、ガソリンをはじめとするエネルギー価格の反騰や、食品の高止まりも寄与している。住居費は下方硬直性の高い性質を持っており、高水準のサービス価格全般と相まって、FRBの目標とする物価2%には、なお相当な時間を要する見込みだ。

こうした状況変化を受けて、米10年国債利回りは2月14日に3.795%まで上昇する局面があった。同日のフェデラルファンド・レート(短期の政策金利)先物を見ると、「3月0.25%利上げ確実」、「5月0.25%利上げ確率84.1%」、「6月0.25%利上げ確率58.7%」となっている。

異常に強い雇用統計と高止まりするCPIを受けて、「年央まで利上げ継続」が市場のメインシナリオになった。政策金利のピークは7月の5.262%であり、かなりの上振れ予想になっている。12月のインプライド翌日物金利も5.066%と、「年内利下げ」期待は減衰している。それだけに、FRBの金融政策も「今後の統計次第」という不安定な様相が強まることになろう。

<中国経済復活にも不透明感>

一方、年明け以降に世界の景況感を改善させたのが、中国の回復期待である。やはり、「ゼロコロナ政策解除」による中国経済ノーマル化への期待は強く、国際通貨基金(IMF)も今年1月の世界経済見通しで、中国の成長率を昨年10月見通しの4.4%から5.2%に上方修正した。

中国国家統計局発表の1月購買担当者景気指数(PMI)では、総合指数が52.9と12月の42.6から急上昇しており、センチメント改善は間違いないようだ。1月の中国新規融資は4.9兆元で過去最高を更新し、1月総合CPI(前年比)も2.1%上昇と12月の1.8%から上がっているのも、やはり「ゼロコロナ政策解除」による需要増が背景にあると推測されている。

しかし、景気の実態を表す統計では、依然として停滞感を示すものが少なくない。海上運賃は、経済回復が実現すれば荷動きが活発化して上昇するはずだが、暴落したままである。香港-ロサンゼルス間のコンテナ船価格(40フィートボックス)は、昨年3月高値8585ドルから今年2月8日時点で1200ドルと約7分の1の急落だ。

1月新車販売台数(中国汽車工業会・速報値)も、昨年末で自動車取得税の減税・EV補助金が打ち切られたこともあるが、前年比マイナス35.0%の急減である。

また、昨年の中国不動産投資は前年比10.0%のマイナスになったが、不動産バブル崩壊による「ストック調整」の影響は長期化する傾向が強い。2015年の「チャイナショック」(株式・不動産バブル崩壊)の際にも、不動産投資増加率は2013年の前年比19.8%から2015年には1.0%まで急低下し、再び2桁の伸びに回復したのは2018年になってからである。つまり、実際の中国回復モメンタムがどの程度になるのかは、現時点では手探りの状況だ。

世界的に株式の「新春相場」は好調だったが、その2大要因になったのが「米長期金利低下」と「中国の回復期待」だった。ところが、想定外の強い雇用や、鈍化ながらもなお高止まりする物価によって米長期金利は反騰し、中国回復期待もやや先走りの感を否定できない状況だ。春節明けの中国・香港株式相場は、期待に反して利益確定売りが目立ち始めている。

ロンドン金属取引所(LME)の銅先物価格も、1月18日高値1トロイオンス=9550ドルから2月6日安値8808ドルまで反落し、アルミ、ニッケル等も同様な動きだ。どうも、春節を挟んで投資家が冷静になり、期待先行から現実を直視し始めたような印象を受ける。

米国株市場でも、ハイテク株の構成銘柄が多いナスダック総合指数は、2月FOMCを受けた2月2日が高値1万2269ポイントになり、戻り一巡感が台頭している。やはり、今後も世界の株式市場は、「経済統計次第」の様相が濃くなり、必然的にボラタイルな展開が続くものと思われる。

<足元で上値重い日本株>

日本株も世界株に連動する形で、日経平均は2月6日に2万7821円まで戻る局面があった。しかし、2万7000円台後半になると、上値の重さが意識される展開となっている。背景には、国内機関投資家の利益確定売りがあるようだ。東証の投資主体者別売買動向では、年金基金等の売買が反映される信託銀行の売り越しが目立っている。

1月第2週─2月第1週の4週間に、信託銀行は計9506億円(現物株式と株式先物の合計)の大幅売り越しである。3月年度末決算が接近していることもあるが、バリュエーション的に割高感が否定できない点に注意を要する。

今年1月4日の大発会時点では、日経平均の予想PERは12.01倍(日経予想・以下同)だったが、2月14日時点では13.10倍に上昇している。プライムに至っては13.97倍で、バリュエーションを重視する年金基金は売り先行のようだ。個人投資家(現金)も高値圏では戻り売り意向が強く、日本株のこの水準から上は機械的な売りが株価を抑圧することになろう。

結局、株式需給的には外国人が買いの主役だったが、彼らも母国市場が変調となれば、海外投資にも慎重になる傾向がある。

<植田日銀の政策に不透明感>

植田和男次期日銀総裁候補に関して、市場は過去の言動や論文によって、「ハト派」との見解に傾斜しつつある。一番面白いのは、植田氏が留学時代の指導教官がスタンレー・フィッシャー元FRB副議長であり、フィッシャー氏がバーナンキ元FRB議長やドラギ前欧州中銀(ECB)総裁も指導したことから、「ハト派色が濃い」との見解が出ていることだ。

シャーロック・ホームズ並みの推理力だが、経済・金融情勢が全く異なる時の言行や論文を持ち出しても、あまり意味はないように思える。もし、正式就任になれば、日銀初の「学者総裁」となるわけだが、実際の政策アプローチをどうするかは「全てこれから」のことである。

したがって、過去の実績や言動から想定しやすかった雨宮正佳副総裁と比べて、どうしても「不透明感」の強くなることが想定されよう。投資家は、「不透明感」を嫌う傾向があることを留意しておきたい。

海外投資家は、誰が日銀総裁になったとしても「日銀の金融政策ノーマル化は不可避」と見ているようだ。足元のオーバーナイト・インデックス・スワップは「年央にマイナス金利政策脱却」を読んでおり、12月会合時点までに「約2回の利上げ」(0.1%刻み)を織り込んでいる。

平成バブル期の「澄田智総裁─三重野康総裁」の継承事例を考えれば、次期日銀総裁にかかる負担は膨大なものにならざるを得ない。歴史に残る役割となる可能性は高く、市場の安易な「ハト派」解釈は、参考程度に留めておくべきだろう。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*藤戸則弘氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 参与・チーフ投資ストラテジスト。1979年早稲田大学卒業。1999年に国際証券入社。その後、三菱証券、三菱UFJ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で投資情報部に在籍。2018年7月から現職。国際証券入社前、約20年にわたって生命保険会社で資産運用業務に従事し、ファンド・マネージャー、年金資金のポートフォリオ・マネ ージャー、企画担当を経験。バイ・サイドの視点による説得力のある分析には定評がある。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up