[東京 28日] - 3月21ー22日に行われた米連邦公開市場委員会(FOMC)は、全体を通してみると、筆者が予想していたよりもハト派的な内容だった。0.25%の利上げについては予想通りだったものの、いくつか注視すべきポイントがあった。
米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は3月7日の議会証言で、「利上げペースを加速させる用意がある」と述べていたが、その後のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻を受けて、状況は一変したようだ。
注目されていたFOMCメンバーによる政策金利見通し(ドットチャート)では、利上げの最終到達点とされるターミナルレートの予想中央値が5.125%と、昨年12月時点の予想と同じ水準に据え置かれた。つまり、利上げはあと1回程度で終了とのメッセージが示されたことになる。
また、パウエルFRB議長は会見で、「インフレは引き続き高い」など、これまでの決まり文句を繰り返した一方で、SVBに端を発した金融環境の変化についての説明にかなりの時間を割いた。記者の質問が米金融不安に集中した面はあったものの、「信用収縮は利上げと同等と考えることが可能で、あるいはそれ以上だ」との同議長の発言を聞く限り、FRBは米金融機関の信用収縮について、相当程度警戒していることが見て取れる。
同日の米株安・円高については、FOMCの内容が「タカ派」だったからというよりは、むしろ、「そこまで警戒すべき状況なのか」との懸念が市場心理を悪化させた面があるのではないか。
<引き締まる米金融環境>
実際、米国の金融環境は既に引き締まっている。2022年は0.75%もの利上げが4回連続で決定されるなど、ハイペースな利上げが続いた。これにより、米10年債利回りから2年債利回りを引いた長短金利差は昨年7月以降マイナスに転じ、「逆イールド」が拡大。今年3月初旬には一時マイナス幅が1%ポイントを超えた。足元は早期利上げ停止や利下げ期待から米短期金利が大きく低下し、マイナス幅は0.4%ポイント程度まで縮小したものの、長期金利も低下しており依然として逆イールドは続いている。
短期金利で資金調達し、長期金利で運用する金融機関にとって「逆ザヤ」状態の継続が逆風となっているのだ。振り返れば1980年以降、10年―2年金利が逆イールドに陥ったケースでは、その後必ず米国経済は景気後退入りしてきた。
こうした米金融環境の引き締まりは、既にデータにも現れている。FRBが1月に公表したローン・サーベイを見ると、米銀の企業に対する貸出態度が急速に厳格化していることが分かる。同サーベイは、3カ月前と比べて貸出態度を「厳格化した」銀行の割合から、「緩和した」銀行の割合を除いたDIで示されるが、これが昨年秋以降明確に厳格化しているのだ。貸出態度の変化から、概ね12カ月ほどのタイムラグをもって実際の銀行貸出が変化する傾向を踏まえると、今年秋ごろには米銀の貸出は前年比でマイナスに転じる公算が大きい。米国の景気後退の足音は、ゆっくりと、しかし着実に近づいているように見える。
<貸出態度一段と厳格化>
SVBの破綻も、こうした金融機関への逆風が一部影響していると言えよう。同行の問題は、巣ごもり需要などのコロナ特需や、金融緩和によるカネ余りの受け皿となっていたIT産業が、FRBの金融引き締めによって真っ先に打撃を受けたことによる影響が大きい。IT企業の業績不振や大規模なリストラなどは既に報道されていた通りだが、SVBはIT企業やITベンチャーキャピタルによる資金の引き揚げなどの影響が大きかった。また、同行は国債など債券投資が中心だったため、金利上昇による影響を大きく受けたなど、破綻の背景を踏まえれば比較的特殊な事案と見ることができ、これによって米金融機関全体が2008年のリーマン・ショックのような金融危機に晒される可能性は低いと思われる。
しかし、今回のSVB破綻やこれをめぐる金融不安によって、銀行は今後の金融不安の増大リスクに備えて、預金金利の引き上げや与信管理の一層の厳格化を行う可能性が高まった。したがって、今後貸出態度は一段と厳格化し、貸出の減少ペースが速まるなど、米国経済への悪影響が大きくなる可能性がある。
<米指標にバラツキ、市場ボラ上昇へ>
FOMC後のパウエル議長の記者会見からは、FRBにとって、インフレ抑制と金融の安定の舵取りが難しくなっている様子が見て取れた。これに先立ち16日に行われた欧州中銀(ECB)理事会では、欧州の大手金融機関を巡る懸念が広がっていたにもかかわらず、0.5%の利上げが決定された。
ラガルドECB総裁はタカ派姿勢を明確に打ち出したうえで、「物価安定と金融安定はトレードオフの関係にあるわけではない」と毅然と述べていたが、パウエル議長のFOMC後の会見は珍しく歯切れが悪く、これとは対照的に映った。
実際、利上げの継続によって、米経済指標にバラツキが見られていることも、FRBの判断を難しくしているようだ。米コンファレンスボードが公表している景気動向指数をみると、景気に先行して動くとされる景気先行指数(製造業の受注、消費者信頼感、株価や住宅着工など)は、先々の景気悪化を織り込んで大きく低下しているが、景気に遅行する遅行指数(平均失業期間、人件費、サービス消費者物価指数、ローン残高など)は、まだ利上げの影響が反映されておらず、依然右肩上がりとなっている。ここまで両者が大幅に乖離するのは珍しい。
FRBが「金融政策は経済指標次第(Data Dependent)」としているだけに、このように経済指標で極端な強弱が混在してくると、指標が出るたびに市場参加者は一喜一憂するため、市場のボラティリティは上昇しやすくなるだろう。
<米経済10-12月期に景気後退入り>
ソニーフィナンシャルグループは、米国経済は10-12月期に景気後退入りすると予想している。足元の米国経済は堅調であることに加え、市場が早々と年内の利下げを織り込んでいることから、目先はドル安・円高の揺り戻しが起こる可能性もあるだろう。しかし、ドル円が年内、200日移動平均線が位置する137円台半ばを超える可能性は、徐々に低下しているように見える。今年の年末予想値は125円付近に置いているが、来年中盤にかけては一時120円を割り込む可能性もあるとみている。
ドル円と日米実質金利差との相関性は、昨年11月までの強い相関がいったん崩れていたものの、新たな水準で再び連動しはじめている。これによれば、日米実質金利差が0.1%ポイント縮小すると、ドル円は1.3円下落する。同相関関係を基に試算すると、来年半ばごろにドル円は118円付近まで下落するという計算になる。
FRBが利下げを開始するのは、来年4-6月期になると予想しているが、実際に利下げが開始されれば、今後の米金融不安次第ではあるものの、むしろ長期的な米景気回復が織り込まれるなか、米長期金利の低下にも緩やかながら歯止めがかかってくるではないか。したがって、来年後半にはドル円も徐々に反転上昇する公算が大きい。
(編集 橋本浩)
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長、チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。
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