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コラム:上昇続くユーロ円に潜むリスク、年後半に一転下落も=尾河眞樹氏

[東京 28日] - 2023年4月25日、ユーロ円は14年12月以来、約8年5カ月ぶりとなる148円62銭の高値を付けた。このところ、欧州中銀(ECB)高官からタカ派的な発言が続いていることが背景にある。

 2023年4月25日、ユーロ円は14年12月以来、約8年5カ月ぶりとなる148円62銭の高値を付けた。このところ、欧州中銀(ECB)高官からタカ派的な発言が続いていることが背景にある。尾河眞樹氏のコラム。2017年撮影(2023年 ロイター/Benoit Tessier)

シュナーベルECB理事は24日、次回5月の理事会で「50Bpsの利上げを排除しない」と述べたうえ、同日ウンシュ・ベルギー中銀総裁は「金利をある時点で4%にしなければならないとしても驚きはない」との見解を示した。

ECB理事会を5月4日に控えるなかで、こうした発言がユーロ圏の金利先高観を高め、ユーロを押し上げた。加えて、4月21日に公表された4月のユーロ圏PMIが総合で54.4と、前回(53.7)、市場予想(53.7)を上回って加速したことなどもユーロ高を促した。

<日銀の緩和姿勢>

また、ユーロ円の上昇には、日銀の緩和維持姿勢による円安も影響していた。日銀の植田和男総裁は24日の衆院決算行政監視委員会で、イールドカーブ・コントロール(YCC)の正常化の時期について、「半年先、1年先、1年半先の物価見通しが2%前後になり、見通しの確度が高まったと認識できるときだ」との見解を示した。

これまでもハト派的な発言が目立った植田総裁だが、今回2%の物価目標達成の「確度」についても言及したのは、筆者としてはややサプライズだった。4月27、28日の金融政策決定会合は無風となりそうだが、早ければ6月の決定会合にも10年債利回りの変動幅を拡大するなどのYCC再修正が決定される可能性はあるとみていたためだ。しかし、植田総裁がここまで慎重なスタンスであるならば、当面YCCの再修正もお預けとみるべきだろう。

ユーロと円の名目実効為替レートをみると、この1年間ほぼ同じような値動きとなっていたが、4月以降は「ユーロ高」と「円安」で、両者は完全に逆方向に転じていることが分かる。ECBのタカ派スタンスと、日銀のハト派スタンスという、金融政策スタンスのギャップがユーロ円相場に如実に表れており、さながら昨年151円台後半まで上昇した当時のドル円相場を彷彿とさせる。3月20日の138円台から、既に10円近い上昇となっているユーロ円は、果たして今後、昨年のドル円相場同様に力強い上昇トレンドが続くのだろうか。

<いったんは150円も>

結論から言えば、目先はユーロ円が上昇する可能性は高い。4月末の日銀金融政策決定会合は緩和維持姿勢が浮き彫りになりそうであるうえ、5月4日のECB理事会もインフレ警戒姿勢が維持される公算が大きい。ECB理事会前後はちょうど日本の大型連休ということもあり、為替市場も薄商いとなる。この間、金融政策を巡る報道等をきっかけに、短期的に150円ちょうどの大台を付けてもおかしくないだろう。ただ、ユーロ円は昨年のドル円相場にみられたような一本調子の上昇とはならず、むしろ年後半には下落トレンドに転じると筆者は予想している。

<ぜい弱な欧州経済>

その理由として、欧州経済のぜい弱性が挙げられる。先述した通り4月のユーロ圏PMIは強かったものの、サービス業(56.6)が主な改善の要因で、製造業については45.5と、景気拡大と縮小の分岐点である50を下回ったうえ、市場予想の48も大きく下回った。また、ドイツの景況感を示すZEW景況感調査も、4月の期待指数は3月の10.0から6.4へと悪化。

さらに、これまでの相次ぐ利上げによって金融環境は引き締まっており、銀行の貸出態度は米国同様、ユーロ圏でも急速に厳格化している。3月には欧州でも金融不安が広がったが、これが影響し、金融機関がリスクテイクに慎重になれば、貸出態度の更なる厳格化を通じて、ユーロ圏経済を圧迫する公算が大きい。

弊社は米国経済が今年10-12月期に景気後退入りするとみているが、そうなれば当然、ユーロ圏経済にも影響が及ぶ。総じてみればユーロ圏の景気が本格的に悪化するのは、むしろこれからと言えよう。さらに言えば、欧州のエネルギー問題、特に天然ガスの供給不足や価格高騰については課題も残る。欧州連合(EU)は「脱ロシア」を進めているものの、欧州統計局(ユーロスタット)のデータによると、2022年10-12月期のロシアからの輸入依存度は、シェアが15.8%と進捗は緩やかである。23―24年の冬が厳冬となれば、天然ガス価格の高騰により、欧州経済に更なるダメージを及ぼすリスクは残る。

<根強いインフレ圧力>

振り返れば3月16日のECB理事会では、クレディスイスの経営不安が広がっている最中だったにもかかわらず、事前の予告通り0.5%の利上げが決定された。この時、ラガルドECB総裁は毅然とした様子で、「物価安定と金融安定はトレードオフの関係にない」と述べ、まずはインフレ抑制を重視する姿勢をはっきりと示した。

実際、ユーロ圏のインフレ圧力は依然として根強く、3月のユーロ圏消費者物価指数(HICP)は、前年比6.9%上昇と、昨年10月のピーク(同10.6%)から低下したものの、2%のインフレ目標を大きく上回っている。内訳をみると、エネルギー価格の上昇鈍化が総合インフレの低下に寄与している一方で、ウクライナ危機の影響もあって、食品価格などは大幅な上昇が続いている(3月は前年比15.5%上昇)。堅調な労働市場と労働コストの上昇により、エネルギー、食料、アルコール、たばこを除いたコアHICPも前年比5.7%と伸びが加速。これらを見る限り、5月の理事会では少なくとも0.25%の利上げが決定されると思われる。

<オーバーキル、南欧諸国を直撃も>

しかし、ECBの利上げサイクルもそろそろ終盤に来ていると言えそうだ。ソニーフィナンシャルグループは、ECBが5月と6月に0.25%ずつ利上げを実施し、政策金利(預金ファシリティ金利)を3.5%まで引き上げた後、今後のインフレ動向を見極めるべく、年内は政策金利を同水準に据え置くと予想している。

この場合、政策金利は名目潜在成長率(潜在成長率+期待インフレ率)の3%強を上回る状態が続き、「オーバーキル」となる可能性は高まろう。利上げの効果が遅れて現れるのは今年の秋以降で、その頃には米国も景気後退入りするとすれば、ユーロ圏経済もこの影響を受けることになるとみている。

この時に、最も悪影響が及びやすいのは南欧諸国ではないか。借り入れコストの上昇によって、財政不安に再び市場の注目が集まれば、南欧諸国の国債価格が下落するリスクもある。ECBが昨年7月に導入を決めた、伝達保護措置(TPI)による国債購入は可能だが、対象国には、EUの財政枠組みを順守していることや、深刻なマクロ経済の不均衡がないことなどといった条件が設けられており、イザという時にどの程度対応可能かは未知数だ。コストプッシュ・インフレをきっかけとした急速な利上げは、域内の経済格差が依然として大きいユーロ圏の構造的な諸問題を今後あぶり出す可能性を秘めており、注意したいところだ。

ここで、改めてドル、円、ユーロの名目実効為替レートの推移を見てみよう。22年は10月まで、ドル>ユーロ>円の力関係が続き、ドル円は一本調子の上昇が続いた。しかし、同年11月以降は、ドル<ユーロ≒円に転じ、ドルは対ユーロ、対円で下落。一方、足元はドル≒円<ユーロとなっており、FRBの利上げがそろそろ打ち止めとみられるドルと、日銀の緩和政策が続く円がユーロに対して下落しているといった状況だ。

この力関係は今秋以降、欧米の景気悪化や利下げを見越した長期金利の低下に伴い、円>ドル>ユーロとなると予想しており、ユーロ円で見た時には、年末の頃には少なくとも先述した今年3月の安値(138円83銭)は、大きく下回っていると予想している。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長、チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。

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