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コラム:資本主義を問う自民党総裁選 財政拡張は円安かドル安か=高島修氏

[東京 15日] - 自民党総裁選に出馬する岸田文雄前政調会長は、政権構想を発表する中で「小泉改革以降の新自由主義的政策を転換する」と語った。新自由主義の下での「小さな政府」が、第2次世界大戦後の「大きな政府」へ回帰しようとする流れは、近年の世界的な潮流変化だ。3カ月前のこのコラムで筆者はその潮流変化について書いたが、その時、小さな政府から大きな政府への転換の背景として、次の3つの要因を指摘した。

自民党総裁選に出馬する岸田前政調会長は、政権構想を発表する中で「小泉改革以降の新自由主義的政策を転換する」と語った。新自由主義の下での「小さな政府」が、第2次世界大戦後の「大きな政府」へ回帰しようとする流れは、近年の世界的な潮流変化だ。高島修氏のコラム。写真は2011年8月、都内で撮影(2021年 ロイター/Yuriko Nakao)

1つ目は、2016年の米大統領選でトランプ前大統領が勝利し、英国の欧州連合からの離脱(ブレグジット)をめぐる国民投票でジョンソン首相が成功したことで、米民主党や英労働党など左派政党がクリントン元米大統領、ブレア元英首相以降の「ニューレイバー路線」の修正を図り始めたことだ。

2つ目は、中国の経済的成功で、戦後にソ連経済が成功しているかに見えた時と同じように、市場と経済に対する国家の統制機能を取り戻そうとする力学が働き始めた点だ。

3つ目は、新自由主義の下で主流派経済学の地位を得るえるに至ったニューケインジアン・アプローチが重視した金融政策が限界に直面し、経済対策で財政政策への依存度を高めざるをえない状況に陥ったことだ。

<混合経済2.0へ>

拡張財政が1970年─80年年代のようなスタグフレーションを起こすとの不安も頭をもたげつつあるが、戦後、大きな政府が志向され、混合経済が試みられた時、当初は経済成長と物価安定は両立していた。今、我々がイメージすべきは「スタグフレーション2.0」ではない。「混合経済2.0」であるというのが、筆者の大局観だ。

あくまでも長期的な変化としてだが、金融政策が効力を弱め、財政政策が大規模化する中で、金融財政・金融政策のあり方が金融ドミナンスから財政ドミナンスへとの移行が進む場合、物価決定のメカニズムも変化する。

基本的には、財政政策が非リカーディアン型(弱い財政規律)となる中、金融政策が非ヴィクセル・レジーム(従来のような能動的ではなく、受動的な姿勢)に陥ると、物価、ひいては通貨価値がより財政政策に依存するようになると考えるのが基本だ。

この観点で今年の為替市場を見てみると、米国の財政刺激の結果、インフレ懸念から米長期金利が上昇し、米ドル高が進行したと分析できる。

だが、上記のような金融ドミナンスから財政ドミナンスへの移行が進む中では、金利上昇は従来に増して財政やインフレのリスクプレミアムの織り込みの反映になってくる。実際、今年の米金利上昇は期待インフレ率にけん引された結果であり、実質金利は歴史的な低水準にとどまっている。

しかも、今の米国では財政刺激が効いて、輸入増による経常赤字の著しい拡大が起こっている。名目金利上昇に伴う一時的な通貨高が一巡した後は、本来的なドル安に回帰すると考えるのが自然ではないか。

昨年のコロナ危機で反落した米ドル・インデックス(円やユーロなど主要6通貨に対する米ドル指数)は、まだ1割程度ほどしか下落していない。レーガン元米大統領、サッチャー元英首相以降、40年間続いた新自由主義の下での経済政策のあり方が見直され、その効果が最も端的に表面化している米国の通貨(つまり米ドル)が、この程度の下落にとどまるのなら驚きだ。少なくとも今年、市場の中で支配的となった「米金利上昇(名目金利上昇)でドル高」との見方は、余りにも短絡的で、深みもないというのが筆者の見解だ。

<資本主義を問う自民党総裁選>

岸田氏は新自由主義路線を見直すとともに、「新しい日本型資本主義」構想会議を設置するとも打ち出した。

レーガン、サッチャーの新自由主義革命は、戦後の混合経済を今日のような市場経済(正確には市場メカニズムを優先するグローバルに展開する資本主義経済)へ変貌させる転換点だった。小さな政府から大きな政府への回帰が志向される時、同時に資本主義のあり方が問われるのは必然なのかもしれない。

資本主義を問うた古典と言えば、マックス・ウェーバー著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、カール・マルクス著「資本論」、ヨーゼフ・シュンペーター著「資本主義、社会主義、民主主義」などがある。

ウェーバーはカルバン派の禁欲主義が職業倫理に与えた影響を説いた。マルクスは搾取を伴う資本蓄積に警鐘を鳴らし、唯物史観に基づく革命思想を広げた。シュンペーターは産業革命、株式会社と並んで資本主義に必要不可欠の要素であるイノベーションがもたらす経済の内生的なダイナミズムを描き出した。

こうした古典に加えて、筆者が個人的に資本主義を考える上でのバイブルとしているのがカール・ポラニ―著「大転換」、イマニュエル・ウォーラーステイン著「近代世界システム」、ジョージ・ソロス氏著「グローバル資本主義の終焉(しゅうえん)」の3つである。

ポラニーは1944年のこの著作で、19世紀は金本位制の下、自己調整型市場がイギリスから世界中に広がる中、資本主義が明確な輪郭を描き始めたと指摘した。労働力が擬制商品の1つとして売買されるようになったことで、伝統的な地域社会から切り離された人々は疎外されるようになったと喝破しているた。

これが戦前のファシズムの台頭につながる伏線にもなったが、当時、金本位制への固執が自由主義陣営の柔軟な財政支出と軍備拡張を阻んだことも、ファシズム台頭を許す1つの背景になったとの考えも示されている。

ウォーラーステインはポラニーの考察に着想を得ながら、「長い16世紀」以降に形づくられていった国際分業体制が世界経済システムとしての資本主義の誕生を促したとの見方を提示した。資本主義はあくまでも世界全体を覆う1つの経済システムとして出現したのであり、その誕生の時からグローバル資本主義であったのだとウォーラーステインは考察している。

<グローバル資本主義の終幕>

ソロス氏は、そのグローバル資本主義が今日的なマネー・マネージャー資本主義として本格的な幕開けとなったのが1970年代だったと指摘する。ソロス氏によれば、石油危機で膨張したオイルマネーの西側還元を狙い、ユーロダラーが発明され、規制の少ないオフショア市場が発達したことが転機となった。その後、80年代のレーガン、サッチャーによる新自由主義革命でその流れが決定的となり、市場原理主義が支配的なイデオロギーとなったと言う。

ソロス氏は、市場原理主義に陥った資本主義は自力では均衡を回復することができないため、平衡回復力として民主主義を必要とすると指摘した。今で言うと、上述の小さな政府から大きな政府への転向がそれであり、往々にしてそれは拡張財政を伴う。経済学の分野でも、その2つの軸足である成長と分配の間で、新自由主義で重視された成長から分配へと軸足が移って行こうとしている。

例えば約8年前、トマ・ピケティ氏はその著書「21世紀の資本」で、資本主義は放置しておくと、格差の拡大と固定化を許し、能力主義的な価値観が損なわれ、民主主義社会の基盤を危うくすると語った。

そのあたりから、経済学でも分配を重視する流れが明確になってきたように思われる。ピケティ氏は資本税の導入を提案しているが、その本質的な目的は社会国家の財源を賄うことにあるのではなく、資本主義を規制することにあるのだと訴えている。資本主義のコントロールを取り戻すには民主主義にかけるしかない。このピケティ氏の指摘は、ソロス氏に通じる問題意識だ。

こうした観点で今回の自民党総裁選を眺めると、健全財政志向の強い宏池会を率いる岸田氏の経済政策が、拡張色を強めたことにも納得がいくようにも思えてくる。

アベノミクスの継承者を自称する高市早苗・前総務相はプライマリー・バランス黒字化目標の凍結などより、強い拡張財政スタンスを打ち出している。それに対して、河野太郎規制改革相はむしろ小泉構造改革への回帰を意識してか、マクロ政策よりはミクロ政策に比重を置いている印象が強い。

今回の自民党総裁選でどのような選択がなされ、その後の衆院選で日本国民がどのような審判を下すのかは、市場インパクトがあるかどうかはともかくとして、日本の将来を考える上で極めて重要な論点である。

最後に通貨価値への影響という点では、上記の通り、拡張財政ほど円安的、緊縮財政ほど円高的と捉えるのが基本的な理解だ。

あくまでも長期的な観点からだが、高市氏、岸田氏の順で円安的で、河野氏は円高的と捉えるべきだと思われる。日経平均が3万円台に乗せた株価への影響も、この順番と見るべきだろう。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

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