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コラム:日銀総裁人事、どうするドル/円 政策調整で年内に125円割れも=高島修氏

[東京 9日] - 日銀総裁人事が日本国内のみならず、海外市場でも注目されており、様々な観測記事にドル/円も敏感に反応している。

 日銀総裁人事が日本国内のみならず、海外市場でも注目されており、様々な観測記事にドル/円も敏感に反応している。高島修氏のコラム。写真はイメージ。2017年6月撮影(2023年 ロイター/Thomas White)

現在、有力候補として雨宮正佳副総裁、ともに副総裁を経験した中曽宏、山口広秀両氏らの名前が挙がっているが、誰が次期総裁として発表されるかによって、数日単位の反応は大きく異なってくるとみられる。

ただ、正式に総裁人事が発表されると、それが誰であれ、今度は、4月の金融政策決定会合以降に日銀が新総裁の下、さらなる金融正常化を進める可能性について、市場がより明確に意識し、それを改めて織り込み始めるステージに移行しよう。数日から数週間の短期的な市場反応は次期総裁次第で異なってこようが、2─3カ月後の着地点はおおむね似たような動きになっているのではなかろうか。

もちろん、実際のドル/円相場の動向は米金利など海外情勢にも大きく依存するが、日銀の政策調整リスクはドル/円の戻りを阻み、中期的な下振れ余地を拡大させる要因となるだろう。

筆者は135円以上は中期的な戻り売りゾーンとなり、数カ月単位では127円台の1月安値を割り込む可能性が高まってくると考えている。年間を通じては125円台を割り込むリスクも見込んでいる。

<どうするYCC、日銀の選択>

昨年12月月の決定会合で日銀はイールドカーブ・コントロール政策(YCC)の政策下における10年国債利回りの変動幅を従来の上下0.25から上下0.5%へ拡大させることを発表した。

多くの市場参加者にとってサプライズとなったこの決定は、経済や物価の動向からの判断と言うより、YCCによって生じている国債市場や金利市場のゆがみを是正することに狙いがあると日銀は説明した。

その実、昨年は欧米で著しい金利上昇が進む中、金利差拡大から為替相場では円安が進行。それに伴って、円金利にも上昇圧力が加わり、海外勢を中心に日本国債の売り持ち(ショート)ポジションが急増した。日銀が金利上昇を抑制する10年国債利回りに対して、日銀のYCC修正を織り込む動きで、別な年限の国債利回りやスワップ金利の上昇が目立つようになった。

その対応で12月のYCCバンド幅拡大が決定されたが、さらなる政策修正を求める市場からの国債売り圧力はむしろ強まることとなり、その後、指し値オペなどを用いた日銀の国債購入も膨らむこととなった。

そうした中で、日銀は1月会合で共通担保資金供給オペ(共担オペ)による資金供給策の強化を発表。さらなるYCCの修正、場合によっては撤廃を織り込もうとしていた市場の期待(もしくは警戒感)は裏切られることになった。

この間、同時に市場の関心が高まったのは、次期総裁人事であり、上記の通り、有力候補として、雨宮、中曽、山口の3氏の名前が取りざたされている。

その中では雨宮副総裁がこれまでのアベノミクスや黒田緩和の後継者、即ちハト派の候補者と目されており、反面、白川方明前総裁の下で副総裁だった山口氏は、その路線の修正が明確になるタカ派な候補者と見られている。中曽氏はその中間との評価が一般的なようだ。

とは言え、YCCを巡る機能不全や、2016年1月に導入されたマイナス金利政策(NIRP)が必要だった世界的なデフレ(ディスインフレ)環境、それに伴う為替円高に抜本的な変化が生じてきていることを考えると、次の総裁が誰であれ、NIRP撤廃のハードルは高くとも、少なくともYCCについては近い将来に終わらせる方向性が志向されていくのではないかと思われる。

<YCC撤廃後、どうするドル/円>

そのような時、ドル/円はどのように反応するのだろうか。

筆者は、昨年3─5月にドル/円が日米10年金利差との相関を強めた時の関係が長期的に見ても妥当性の高い関係だと考えている。その時の相関関係を基準として金利差からのドル/円推計値を算出し、相場観を考える1つの目安としてきた。

現在、その推計値は135円前後となっている。昨年半ばには推計値から上離れたドル/円の推移が続いたが、10月以降の急落でそうした過大評価は修正され、12月の日銀サプライズ以降はむしろ推計値から下離れて推移してきた。

これは市場が日銀のさらなる政策修正、それに伴う円金利上昇を織り込んでいると考えれば、特段驚きではない。

筆者の試算では、最近の3─5円ほどの下振れは10年国債利回りが現在の0.5%前後からさらに0.3%ほど上昇する可能性を見込んでいる計算になる。

将来の国債利回りの上昇を先取りする格好で、現在0.8%で推移している10年スワップ金利はこうした筆者の計算と概ね整合的な水準にある。

先週3日に公表された米雇用統計の強さを考えると、米連邦準備理事会(FRB)のターミナル金利のリプライシング(再評価)で当面、米金利は上昇し、その場合、改めて円金利差にも一段の上昇圧力が加わる可能性がある。

とは言え、筆者はもし、日銀がYCC撤廃に動く場合には、同時に一時的な量的緩和(もしくは国債買い入れの強化策)を発表すると考えている。10年国債利回りが1%を超えるような、無秩序な金利上昇になるとは考えていない。つまりYCC撤廃などの場合も、円金利上昇による円高は相応に限られてくると思われる。

一方で、ドル/円の絶対水準は昨年の原油高、それに伴う日本の貿易赤字拡大で、過去に比べて相当上振れている。昨年半ば以降の原油相場の調整を加味すると、いずれこの絶対水準の調整は不可避であると思える。80ドル前後の足元における原油価格を前提に考えると、その下方修正幅は5円程度ではないかと筆者は考えている。

要は、YCC撤廃に伴う円金利上昇で金利差推計値が現在の135円前後から130円前後へ下がった場合、中長期的にはそこからさらに125円ぐらいまでのドル/円下落が正当化されうると考えている。

<日銀新総裁で、どうする日本経済>

今年4月8日には、2013年から10年続いた黒田東彦総裁の任期が終わる。国内外のインフレ環境も大きく変わった中で、次期総裁を巡る岸田文雄首相の判断が注目され、様々なところで黒田総裁の異次元緩和に関する評価も語られている。その多くは財政規律の弛緩(しかん)や昨年の円安などを指摘し、批判的な論調が多いようだ。

筆者が覚える違和感は、黒田緩和でも2%のインフレ目標の達成が困難であったことを批判する前に、いったんデフレ均衡に陥ってしまうと、そこからの脱却がいかに難しいかを語るべきではないかということだ。1990年代のバブル崩壊時に、この10年間の異次元緩和と財政刺激が行われていたらと思うと、筆者は残念に思えてならない。

異次元緩和の10年間の検証は、その前の20年間の日本の経済政策全般(その失敗)の検証を抜きには語れないはずだ。

もう1つの違和感は、昨年噴出した「悪い円安」論とそれに基づく黒田緩和批判だ。

最近、FRBの金融政策に絡んでフィナルシャル・コンディション(FC)が話題になっているが、それは株価やクレジット市場などを含んだ包括的な金融環境が実体経済に強く影響するとの考えだ。

このFCの中核をなすのはマネタリー・コンディション(MC)であり、実質金利と実質為替レートから成る。デフレに陥ってしまった日本の場合、実質金利の低下余地がなくなってしまい、MCを緩め、経済と物価を刺激するのに実質為替レートの下落、つまり円安が必要だった。それを試みてみてきたのが黒田緩和だったのだと筆者は理解している。

中央銀行は為替レートを操作変数としないというのは国際的な紳士協定であるため、黒田総裁をはじめとした日本の当局者もそのことを公に認めることはない。ただ、だからと言って外部の批判者がこの為替ルートを通じたMC、ひいてはFCの緩和という政策効果パスを抜きにして黒田緩和を批判的に語ることはフェアではないと思う。

むろん社会的、政治的には昨年の円安への批判が支配的なことは筆者も承知しているが、それにしても「原油・資源高の中で輸入インフレを円安があおっている」などといった短期的な視点ではなく、より巨視的な観点からの考察が必要なのではないか。

つまり、歴史的に振り返ると、30年ほど前には、85年プラザ合意以降、95年まで続いた円高が当時の「高いニッポン」を決定的とし、その反動でその後のデフレ経済化の温床となった。

それに対する政策対応が過去10年間のアベノミクスと黒田緩和であり、その間にすう勢的に進んできた円安は、50年ぶりの低水準に達した実質実効円相場に象徴されるように、いよいよMCを緩和させ、経済と物価の下支え効果を発揮しようし始めているように見える。

経済学的に言うならば、30年前の円高は強いヒステリシス(履歴)効果を持ち、賃下げなど日本の高コスト構造を是正することとなり、その分、デフレ圧力を高めた。

今回、その円高ヒステリシスがいよいよ終えんし、円安ヒステリシスに置き換わろうとしていると思われる。今後、長期の観点では、企業や家計の投資・消費行動にも次第に前向きな変化が生じてくるのではなかろうか。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

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