December 11, 2018 / 8:35 AM / 8 months ago

コラム:英離脱合意の採決延期、今後のメインシナリオ=田中理氏

[東京 11日] - 英国の欧州連合(EU)からの離脱協議が混迷の様相を深めている。メイ英首相は11日予定していた離脱協定と将来関係の政治宣言合意受け入れの是非を問う下院採決の延期を決定した。11月25日の臨時首脳会議でEUと交わした合意案は、野党勢はもとより、保守党内のEU懐疑派や親EU派の双方、そして閣外協力する北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)から、厳しい批判にさらされている。

 12月11日、メイ英首相が予定していたEU離脱協定案受け入れの是非を問う下院採決の延期を決定し、協議は混迷の様相を深めている。写真は離脱支持のバッグを持つ人。ロンドンで10日撮影(2018年 ロイター/Phil Noble)

このまま投票に臨むと大差で否決される可能性が高く、合意案が葬り去られ、メイ首相の進退問題に発展する恐れがあった。EU側は再協議に応じない構えを堅持しており、英国としては北アイルランド国境管理のバックストップ(安全策)が恒久的なものではないとの確約を取り付け、改めて議会の理解を求める意向とみられる。

新たな採決日程は決まっていないが、EU側との折衝とクリスマス休暇が近いことから、年明け以降にずれ込む可能性が高い。今回同様に5日の集中審議と修正動議の採決が予定され、採決は最短でも1月中旬となりそうだ。下院採決を何とか乗り切ったとしても、上下両院での離脱協定の法制化作業が待ち構えている。これには1─2カ月程度を要するとみられ、3月29日の協議期限まで残された時間は少ない。

<メイ首相の続投確率>

今後の展開をどのように考えたらよいか。バックストップの恒久化を恐れる保守党議員がEU側の形ばかりの口約束に納得し、合意受け入れに傾く可能性は低い。延期後の採決も否決されることが予想され、その際には、野党勢が内閣不信任を提出したり、政府方針に反対する保守党議員がメイ首相の党首不信任を求めたりするなど、政治リスクが一気に噴出する公算が大きい。離脱合意の受け入れを拒否するDUPも、労働党政権の誕生を望んでいるわけではなく、内閣不信任案が議会を通過し、総選挙が行われる可能性は低い。

他方、メイ首相の党首不信任を求める署名が48以上集まり、党首不信任の投票が行われる可能性は高い。メイ首相が党首(首相)を続投する確率は50%と読む。党首選出には一般に2カ月程度の時間を要する。1月中旬に議会採決が否決され、そこからメイ降ろしが始まれば、後継党首の選出だけで時間切れとなってしまう。合意なき離脱を回避するため、穏健派議員がメイ首相の続投を選択する可能性もそれなりにある。後継党首(首相)の選出に時間がかかる場合、3月末の協議期限を数カ月程度延長することが予想される。

メイ首相が続投しようと、後継党首(首相)が選出されようと、議会でいったん否決された合意案がそのまま受け入れられる可能性は低い。英国政府は改めて再協議を求めようと持ちかけるが、EU側がこれに応じることはなさそうだ。協議は再び行き詰まり、より差し迫った協議期限が近づくなか、親EU派議員を中心に、国民投票の再実施や離脱の撤回など、合意なき離脱の回避に向けた動きが高まることが予想される。

これに危機感を覚えたEU懐疑派議員の間で、まずは離脱を確定したいとの引力が働き、形ばかりの譲歩を勝ち取った上で、議会がいったん拒否した合意案とほぼ変わらぬ形の案を受け入れる展開を予想する。首相交代の有無でその時期が多少後ずれすることはあったとしても、英EU間の合意に基づき秩序立った形で英国がEUを離脱する展開をメインシナリオと考える。

<真の合意なき離脱リスク>

確かに目先の不透明感は高いが、金融市場が恐れる「真の合意なき離脱」が起きる可能性はそれほど高くない。合意なき離脱にも恐らく2つの形態があり、準備した上での合意なき離脱であれば、英EU間の貿易自由度は低下するものの、サプライチェーンの寸断やデリバティブ契約の失効といった大きな混乱は回避可能とみられる。協議期限が近づき、英国内の意見集約が難航していれば、同時に、合意なしを前提とした離脱の準備を進めると考えるのが自然だ。唯一、メイ首相が退陣し、かなり強硬な離脱派の後継首相が誕生した場合に、真の合意なき離脱のリスクが高まる。

最近、合意なき離脱の回避につながり得る2つの重要な動きがあった点にも注目したい。

1つは、協議期限が到達する以前であれば、英国がEU条約に基づく離脱通告を取り消すことができるとの欧州司法裁判所の法的見解が発表されたこと。もう1つは、議会が合意内容の受け入れを拒否する場合、その後の政府の行動について議会の関与を強める修正法案が可決されたことだ。分断が続く英議会は、どのような形の離脱を目指すかについてコンセンサスの形成は難しいが、合意なき離脱を回避したい点では多数派を形成することが可能だ。万が一の事態が近づけば、合意なき離脱の回避に向けて離脱撤回や協議期限の延長を求めることが予想される。

<国民投票の再実施はあるか>

協議が行き詰まるなか、国民投票の再実施を求める声も高まっている。投票実施となれば、関連法案の審議や投票準備で1年以上の時間を要する。その場合は、離脱撤回か協議期限延長とセットで行われることになろう。確かに最近の世論調査では、再投票の実施を求める意見が増え、残留支持者が離脱支持者を逆転している。

ただ、その差は今のところごくわずかで、投票実施により英国内の分断をさらに深める恐れがある。英国民の間では離脱協議にうんざりしているとの意見も聞かれ、さらに数年をかけて再投票を行うよりも、離脱を確定した上で将来に向けての議論を開始したいとの声も多い。国民投票を再実施するためには、与野党の親EU派議員の結束が必要となる。世論がより明確に再投票支持・残留支持に傾くか、合意なき離脱を回避するために土壇場で離脱を撤回し、国民に改めて信を問う必要が生じた場合に、2回目の国民投票というシナリオが現実化すると予想する。

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト(写真は筆者提供)

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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編集:伊藤典子

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