April 15, 2019 / 8:29 AM / 11 days ago

コラム:逆に高まる「合意なき離脱」、メイ首相が破ったタブー=田中理氏

[東京 15日] - 英国の欧州連合(EU)からの離脱期限は10月31日まで再延期され、合意なき離脱の危機はひとまず回避された。しかし、いつまでたっても国内の意見集約ができずにいる英国に対して、EU関係者からは「そろそろ我慢の限界」との声も聞かれる。

 4月15日、英国のEUからの離脱期限は10月31日まで再延期されたが、これにより、むしろ「合意なき離脱」のリスクが高まったと、第一生命経済研究所の主席エコノミストである田中理氏は指摘。写真はメイ英首相。ブリュッセルで11日撮影(2019年 ロイター/Yves Herman)

英国とEU双方は、合意なき離脱の影響を緩和する準備を進めてきた。ただ、実際に合意なき離脱となれば、その影響は英国だけでなく、英国との経済関係が密接なアイルランドを筆頭に他のEU諸国にも波及することは避けられない。これまでの協議で英国に厳しい態度で臨んできたフランスも、アイルランドを見捨てた誹(そし)りを受けることには及び腰で、あれこれ難癖をつけながらも最後は協議期限の延長に応じている。

離脱延期はこれが2度目であり、市場参加者の間には、合意なき離脱は回避するであろうとの安心感が広がっている。あとは政府の合意案で離脱しようが、与野党間で協議を進めている関税同盟案で離脱しようが正直言って大差はなく、無関心ささえ垣間見られる。

筆者もこれまで合意なき離脱の可能性は極めて低いと考えていた。だが、ここ数週間の離脱協議と英国の政局を取り巻く環境は、合意なき離脱のリスクがこれまで考えていた以上に高まっていることと、そのリスクを巡る不透明感が長期化する可能性を示唆している。

<首相退陣は時間の問題>

その理由はなぜか。3度目の離脱協定案の採決が失敗に終わったメイ首相が、タブーを破って野党への協力を要請したことで、身内の保守党内で離脱支持者の憤りと失望が広がったことが最大の原因だ。メイ首相の退陣はもはや時間の問題で、党勢立て直しを迫られた保守党は、次の党首に強硬離脱派を選ぶ可能性が高い。

既にメイ首相への退陣を求める声は高まっているが、首相は離脱協議を終えるまでは続投の意向を示唆している。保守党の党則により、首相に対する党首不信任手続きは12月までできない。首相は欧州議会選挙への参加を回避するため、5月22日までに与野党協議をまとめ、4度目の採決実施を目指すだろう。

筆者は与野党協議が合意に至る可能性は低いとみているが、仮に4度目の離脱協定案が議会で採決された場合も問題に直面しそうだ。合意なき離脱は回避されるものの、メイ首相は離脱確定後に退任の意向を示唆している。離脱後に始まるEUとの将来の関係についての協議を指揮するのは、強硬離脱派の後継党首(首相)となる可能性が高い。つまり、合意なき離脱と同じように突然のルール変更による混乱が起こり得る。

例えば、英国は関税同盟残留を条件に離脱しているはずだが、実はこの取り決めに法的拘束力はない。離脱合意は、法的拘束力のある「離脱協定」と、法的拘束力のない「将来関係の政治宣言」で構成されている。現在与野党間で協議が進められている関税同盟案は後者に含まれる。

離脱後の経過措置として設けられた移行期間終了後に発動される北アイルランドとの国境管理の安全策「バックストップ」も、それを嫌悪する強硬離脱派が阻止しようと、離脱合意の破棄を試みる恐れがある。

<メイ氏の後継シナリオ>

実際には、与野党協議が決裂し、4度目の離脱協定案採決も失敗に終わり、英国は欧州議会選挙への参加を余儀なくされると筆者は考えている。その頃には5月2日の地方議会選挙で厳しい戦いを迫られた保守党内から、メイ首相退陣を求める声が一段と高まっていることだろう。

万策尽きたメイ首相は党首辞任の意向を固め、後継党首選が始まり、秋の党大会までには党首が交代する。失った離脱派の支持を取り戻すためにも、強硬離脱派が後継党首に選出される。保守党の党首選は、議員投票で候補を2人に絞り込んだ後、党員による決選投票を行う。こうした選出方式も強硬離脱派に有利に働く。

この段階で英国はまだEUを離脱していない。強硬離脱派の新党首(首相)は、合意なき離脱の可能性をちらつかせつつ、離脱合意の最大の障害となってきた北アイルランド国境管理の安全策の見直しを求めるだろう。EU側がこうした脅しに屈する可能性は低く、協議は平行線のまま10月末の離脱期限が迫る。

ただ、強硬離脱派の首相が誕生しても、議会の構成が変わらない以上、合意なき離脱の回避が議会の多数意見だ。議会は離脱期限の再延長を要請するなどし、政府の行動を縛ろうとする。新首相は支持率がある程度回復した時点で、議会の解散・総選挙で事態の打開を図ろうと考える。結局、10月末の離脱期限は総選挙の実施を理由に再延長される可能性がある。

メイ首相が党内からの退陣要求を無視し続け、与野党協議が延々と長引き、そのまま10月末の協議期限の再延長が認められた場合も、厳しい状況に変わりはない。12月には保守党の党首不信任手続きが解禁され、どのみちメイ首相の退陣は避けられないからだ。メイ首相の後継党首はやはり強硬離脱派となる。この時点で英国はEUを離脱していない。新党首(首相)は前述のシナリオ同様、EU側に高めの球を投げるだろう。

こうしてみると、メイ首相が早期に退陣しようと、離脱協議をまとめるまで居座ろうと、後継党首が強硬離脱派となる限り、その後の協議が難航し、長期化することは避けられそうにない。仮に保守党の後継党首が穏健離脱派やEU残留派となれば、保守党の支持率低迷が続き、政権交代が視野に入る。

野党・労働党を率いるコービン党首は、水道や鉄道の再国有化、大学授業料の無償化、高所得者層への課税強化などを公約に掲げている。関税同盟を軸とした穏健なEU離脱となるのはいいが、経済運営を巡る不透明感から金融市場には動揺が広がるだろう。

メイ首相が離脱協議の最終段階で野党に協力を要請しなければ、保守党の支持率が急低下することも、党勢回復のために強硬離脱派を後継党首に選出する確率も、ここまで高まらなかった。メイ首相はパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト(写真は筆者提供)

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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編集:宗えりか

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