September 13, 2019 / 6:18 AM / a month ago

コラム:「限界」試すECB緩和、ラガルド氏に託したドラギ総裁の悲願=田中理氏

[東京 13日 ロイター] - 欧州中央銀行(ECB)は12日、預金ファシリティ金利の10ベーシスポイント(bp)引き下げ、フォワード・ガイダンスの強化(時間条件型から状態条件型への変更)、月額200億ユーロのオープンエンド型(予め終了期限を定めない)資産買い入れの再開、貸し出しが増加した銀行を優遇する長期資金供給オペ(TLTRO3)の条件緩和(10bpの上乗せ金利廃止、オペ期間を2年から3年に変更)、マイナス金利深堀りによる副作用を軽減する金利階層化の導入からなる緩和パッケージを発表した。

9月13日、欧州中央銀行(ECB)は12日、マイナス金利深堀りによる副作用を軽減する金利階層化の導入からなる緩和パッケージを発表した。写真は12日、ECB理事会後にフランクフルトで記者会見するドラギECB総裁(2019年 ロイター/Ralph Orlowski)

緩和決定は広く予想されていたが、同日の理事会直前に加盟各国の中銀総裁から資産買い入れ再開に否定的な発言が相次いだことから、再開まで踏み込めるか、市場参加者の間で意見が割れていた。ドイツやオランドなどタカ派の中銀総裁だけでなく、ハト派寄りのフランス中銀総裁が再開に疑問を呈したことで、今回の緩和策は利下げが中心となり、資産買い入れの再開はラガルド次期総裁に託されるとの見方がやや優勢となっていた。

だが、理事会内のスイング・ボーターとなり得るフランス中銀総裁は、銀行業界出身ということもあり、熱心な金利階層化論者として知られ、銀行収益の圧迫を懸念しての資産買い入れ再開への牽制発言を行ったとみられる。ドラギ総裁ら執行部が推す資産買い入れの再開に賛成する見返りに、利下げ幅圧縮と金利階層化の導入で手を打った可能性がある。また、今年6月にポルトガルのシントラで物価押上げへの決意を表明したドラギ総裁の発言や7月理事会での事務方への緩和パッケージの検討示唆を受け、市場参加者の間で大規模緩和への期待が高まっていた。

<予想超すタカ派の反発>

理事会前に資産買い入れに否定的な発言が増えたのは、市場の過度な期待を冷やすトークダウンを狙ったものだった可能性もある。少なくとも7名以上の理事会メンバーが将来のリスクに備えて資産買い入れを温存すべきと主張したが、最後はドラギ総裁が押し切った形となった。

資産買い入れがオープンエンド型となった点はサプライズだったが、月額の買い入れ規模は200億ユーロと、前回の資産買い入れプログラムに比べて見劣りし(当初600億ユーロで最大800億ユーロ)、「300-450億ユーロX9-12カ月程度」の事前予想と比べても小さかった。

買い入れ強化の制約となっている33%ルールや資本金クォータを変更しなかった点は、今後の緩和継続と買い入れ強化のハードルの高さを示唆する。33%ルールは、債務再編時に集団行動条項の発動を阻止する議決権を持つことを避けるため、1銘柄・1発行体当たりの国債保有割合を33%に制限するものだ。

財政ファイナンスへの抵触を避けるため、加盟国の国債の購入割合は、当該国の債務残高ではなく、ECBの資本金構成比(概ね経済規模に準ずる)に応じて決定される。タカ派メンバーからの反対の声が予想以上に大きかったことや法的論争を巻き起こす恐れがあったため、今回は買い入れルールの変更ができなかったのだろう。現行のルールで購入可能な資産には限りがあるため、月額の買い入れ額を少なめにし、それを補うために終了期限を定めないオープンエンド型とし、市場参加者の失望回避と時間稼ぎをしようと考えたのではないか。

では、現在の買い入れルールを維持した場合、月額200億ユーロの買い入れをどの程度続けることができるのだろうか。ECBが公表する各国国債の買い入れ額は簿価で、買い入れ後の利回り低下(価格上昇)により、その多くが額面を上回って取引されている。33%の計算は額面で行われるため、ECBの公表数値でみるよりも、買い入れ余地はある。それでも、月額200億ユーロの買い入れを1年余りしか続けることはできないだろう。

現行の買い入れルールを変更しない限り、オープンエンドは見せかけに過ぎない。法的論争に発展する恐れがある資本金クオータの見直しに比べて、ECBが自主的に課す33%ルールの上限を引き上げることはそれほど難しくない。例えばこれを50%に引き上げた場合、買い入れ可能な期間は数年単位で拡大する。近い将来にこうした変更が必要となりそうだ。

銀行の負担軽減という観点からは、金利階層化による副作用緩和策だけでなく、TLTRO3の条件が同時に緩和された点は評価できる。ECBの預金ファシリティ金利を利用するのは、ドイツやフランスの銀行が圧倒的に多く、金利階層化の恩恵はイタリアやスペインなどの銀行にはほとんど及ばない。逆にTLTRO3の利用行はイタリアやスペインの銀行が多い。両者を組み合わせることで、ユーロ圏全域の銀行の負担軽減と、貸出チャネルを通じた金融政策の波及経路へのダメージを軽減できる。

今回の利下げで預金ファシリティ金利はマイナス0.5%となる。金利階層化とセットでより大きな利下げ(例えばマイナス0.6%)を見込む市場参加者も多かったが、将来の追加利下げの余地を温存するためか、利下げの副作用が効果を上回る“リバーサル・レート”に近付いているためか、10bpの利下げにとどめた。金利階層化によって銀行の負担を間接的に軽減することはできるが、預貸利ザヤの圧迫による銀行の収益や資本基盤が悪化することを防ぐことはできない。銀行が預金金利をマイナス圏にまで引き下げることになれば、銀行の収益圧迫は緩和されるが、その負担は預金者に転嫁されることになる。追加利下げの限界は意外に近いのかもしれない。

<強力な緩和ツール>

リバーサル・レートが何%程度なのかは、その国・地域での金融政策の反応関数、マイナス金利の継続期間、銀行の資本構造などによって変わってくる。ECBの緩和決定と同日、デンマーク国立銀行(中銀)は政策金利の1つである譲渡性預金金利をマイナス0.75%に引き下げることを決定した。スイス国立銀行(中銀)の政策金利(要求払預金金利)も現在マイナス0.75%で、ECBを上回るマイナス金利を採用している。継続的なスイスフラン高に苦しむスイス中銀は、今回のECBの大規模緩和や来週確実視される米連邦準備制度理事会(FRB)の追加利下げを受け、マイナス金利の更なる深堀りに踏み切る可能性がある。利下げの限界を探る先行事例となりそうだ。

フォワード・ガイダンスの変更は地味だが、強力な緩和ツールとなる。今回、「少なくとも来年央までは政策金利を現状と同水準かそれ未満にする」との時間条件に基づくフォワード・ガイダンスを、「予測期間中の物価見通しが中期的な物価安定目標に向かって確実に収斂(しゅうれん)し、そうした動きが様々な物価関連指標に一貫して現れるまでは、政策金利を現状と同水準かそれ未満にする」との状態条件に基づくフォワード・ガイダンスに変更した。ECBは中期的な物価安定を2%弱と定義するが、今回下方修正されたECBスタッフによる物価見通しは、2019年が1.2%、2020年が1.0%、2012年が1.5%とこれに届かない。少なくとも向こう3年は利上げがないことを意味する。

<金融政策の継続性は確保>

10月末で退任するドラギ総裁は、大規模な緩和パッケージで8年の任期を締め括ろうとしている。退任前の資産買い入れの再開決定は、ラガルド次期総裁の政策の自由度を奪い、残り少ない政策ツールを使い果たし、追加緩和のハードルを高くするとの意見もあるが、ドラギ総裁が睨みを利かせる間にタカ派メンバーを説得し、次期執行部へのスムーズなバトンタッチと政策の継続性を確保したと評価することもできよう。

ドラギ総裁は資産買い入れの再開という難しい決定を引き受けたが、将来の緩和強化時に必要となる買い入れルールの変更や利下げの臨界点の判断はラガルド氏に託すことになる。金融政策の限界を否定するドラギ総裁の言葉とは裏腹に、今回の理事会ではいつも以上に財政政策の果たす役割の重要性を強調し、財政余力のある国(ドイツを念頭に置いていることは明らか)の効果的かつ機動的な対応を促した点も印象に残った。

ラガルド氏は欧州債務危機時のフランス財務相や国際通貨基金(IMF)の専務理事として、ドイツの財政出動や行き過ぎた財政緊縮の見直しを訴えてきた。金融政策と財政政策との適切なポリシー・ミックスを探ることも次期総裁に課された重要なミッションとなりそうだ。

田中理氏

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

編集:北松克郎

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below