December 4, 2015 / 5:17 AM / 4 years ago

コラム:ドラギマジック不発、ユーロに迫る試練=田中理氏

[東京 4日] - 欧州中央銀行(ECB)は3日の理事会で追加緩和を決定したが、より踏み込んだ政策対応を期待していた金融市場に失望が広がっている。

今回決定した追加緩和策のポイントは、以下の5つだ。

●預金ファシリティー金利(下限の政策金利)の0.1%ポイント引き下げ(現在のマイナス0.2%から同0.3%に変更)

●資産買い入れプログラム(APP)の規模を月額600億ユーロで据え置き、終了期限を従来の2016年9月から17年3月まで最低6カ月間延長

●満期償還を迎えるAPPで購入した資産の再投資(ECBのバランスシートを維持する)

●買い入れ対象にユーロ圏内の地方政府が発行するユーロ建て債券を追加

●固定金利・無制限供給方式での資金供給オペを17年の積み期間の最終日まで延長

市場参加者の間には、0.15%ポイントを上回る預金ファシリティー金利の引き下げ、二段階方式の預金ファシリティー金利の導入(一定金額を上回る超過準備や預金ファシリティーにより大きなマイナス金利を適用)、資産買い入れ額を月額750億ユーロ程度に増額するなど、より踏み込んだ追加緩和への期待が広がっていた。ドラギECB総裁は再投資の効果が無視できないことを強調したが、米連邦準備理事会(FRB)の経験から、多くの市場参加者はそもそもECBの量的緩和策も当面の間、再投資が行なわれることを前提に考えていた。

前回10月22日の理事会では、これまで下限に達したと説明してきた政策金利に追加の引き下げ余地があることを示唆し、事務方に追加緩和のオプションを検討することを指示、12月の理事会で金融政策の緩和度合いを再検証すると述べるなど、追加緩和の可能性を強く示唆した。その後、理事会内の複数のタカ派メンバーから追加緩和に否定的な意見も聞かれたが、ドラギ総裁やプラート理事(マクロ経済担当理事で政策を提案)など理事会の中核的なメンバーは火消し発言を繰り返し、追加緩和への強い決意を示してきた。

では、市場対話に長けたドラギ総裁が今回、市場の期待を高めた末に、その期待に満たない緩和策を発表したのはなぜだろうか。「一段の対応が必要になった場合の緩和カードを温存しておきたかった」との見方も一部にあるが、筆者はそう思わない。市場の失望を誘い、ユーロ高進行など金融市場の環境が引き締まれば、かえって将来の追加対応を余儀なくされるリスクが高まりかねないことはECBも十分に承知しているはずだ。

FRBの利上げ開始が近く予想され、ECBがあえて大胆な緩和に踏み出さなくても、ユーロ安が進むと考えたからだろうか。これもピンとこない。FRBの利上げ開始に期待するのであれば、市場の緩和期待をそこまで高める必要はなかったはずだ。

夏場の新興国不安や金融市場の動揺で追加緩和の方針を固めたが、その後に過度な不安心理が後退したものの、市場の追加緩和の織り込みが相当に進んでいたため、もはや後戻りができなかったのだろうか。10月の理事会後も市場の緩和期待を修正する機会は何度もあったはずだが、理事会が近づくなかでECBは緩和期待をさらに強化する形で動いた。単に市場の反応を読み違えたとするのも、ドラギ総裁らしからぬ行動に思える。

筆者が考える理由としては、追加緩和に躊躇(ちゅうちょ)する理事会内の中間派メンバーの説得には、市場の緩和観測を後戻りできない状況まで高める必要があったが、誰もが納得する差し迫ったデフレリスクが観察されないことから、より大胆な追加緩和策への理解を得ることができなかったのではないだろうか。

ドラギ総裁によれば、今回の追加緩和決定は全会一致ではなかったが、大多数の理事会メンバーが賛成した。そもそも市場参加者の一部からは、「ユーロ圏の景気や物価はそこまで弱くなく、ECBは本当に追加緩和が必要な状況なのだろうか」との疑問の声も挙がっていた。確かに、新興国への過度な不安はすでに後退し、大手自動車会社の排ガス不正問題やパリ同時多発攻撃など不安材料はあるが、景気を大きく下押しする状況には至っていない。

1月に本格的な量的緩和の開始を決定した当時、消費者物価がマイナス圏に転落し、中期的な期待インフレ率が一時1.5%台を割り込んでいたのに対し、現在、消費者物価はプラス圏に復帰、エネルギーや食品といった価格変動の大きい品目を除いたコア物価も底入れし、中期的な期待インフレ率は1.7%台に回復している。

<日本の二の舞を恐れるECB>

では、景気や物価がそこまで悪くないのであれば、ドラギ総裁やプラート理事はなぜ追加緩和が必要と考えているのだろうか。それは、量的緩和の開始後も物価の戻りが想定よりも鈍く、中期的な物価安定の水準に復帰するのにより長い時間がかかることを警戒しているからだろう。

消費者物価やコア物価は13年末以降、1%そこそこかそれを下回る低空飛行が続いている。このまま低インフレが長期化すれば、期待インフレ率が低い水準で固定化される恐れが高まりかねない。

日本の経験を振り返ると、バブル崩壊後にディスインフレ(物価上昇率の鈍化)が長期化した後、消費税引き上げと金融危機による外的ショックが加わり、物価がマイナス圏に転落し、デフレが定着するに至った。米国がいよいよ利上げを開始し、新興国の一段の減速が予想されるなど、景気サイクルはいよいよ成熟期に入ってくる。景気が次の下降局面に入ったり、外部環境が大きく悪化したりする前に、十分な物価水準に戻しておかなければ、ユーロ圏も日本の二の舞になりかねない。

新たに発表されたECBスタッフによる消費者物価の見通しでは、主に原油価格の想定が引き下げられたことを受け、16年・17年が各々0.1%ポイント下方修正された。予測の前提となる原油価格は11月12日のカットオフ日からさかのぼって2週間の先物価格の平均値が用いられている。カットオフ日以降の原油価格が一段と下落しており、12月3日からさかのぼって2週間の平均価格は今回のスタッフ見通しの前提より5―8%程度さらに低くなる。現状程度の価格水準が続いた場合、3月のスタッフ見通しでも原油先物価格の想定が今回並みに下方修正されることになる。

また、前年比でみた原油価格の下落率は12月以降大幅に縮小する見込みだが、来年2月以降は再び下落幅が拡大に転じる。他方、ECBスタッフ見通しから逆算すると、エネルギーを除く消費者物価は来年後半から上昇率が明確に加速する姿が想定されていそうだが、その実現が危ぶまれる。このように来年以降も物価見通しが一段と下方修正されるとみられ、それに合わせてECBが追加緩和に踏み切ると筆者は予想する。

ドラギ総裁はこれまでも市場の期待の全てに応えてきたわけではない。だが、タイミングを逃さず、時に市場の期待を上回る大胆な措置を打ち出してきたことで、「ドラギマジック」と称されるまでになった。膨らんだ緩和期待を放置した今回の決定により、市場対話を通じて緩和効果を高めてきたドラギ総裁への絶大な信頼は揺らいでいる。

これまで目に見えるデフレの脅威と対峙していたドラギ総裁は、低インフレの長期化による将来のデフレリスクという「見えない脅威」との戦いに挑んでおり、いよいよ難しい舵取りを迫られる。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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