[1日 ロイター] - 核戦力による威嚇と、ウクライナとシリアにおける軍事作戦によって、世界の大国としての地位強化をもくろむロシアのプーチン大統領に対して、米国の次期政権は封じ込めと協調の両方が必要になるだろう。
うまくいけば、今後何年も事を容易に進めやすくなるかもしれない。なぜなら、世界の天然ガス市場における変化が、ロシアの経済的手段を弱めているからだ。外交政策に天然資源を利用するプーチン氏の「パイプライン政治」はもはや時代遅れとなる。
ロシアが欧州の天然ガス市場における自国の権益を最後まで手放さないことは明らかだ。欧州連合(EU)は先月、ロシアの政府系天然ガス大手ガスプロムに対し、中欧と東欧を結ぶオパール・パイプライン経由でのドイツへのガス輸送を認めた。ロシアは黒海とバルト海でのパイプライン建設も計画している。
プーチン大統領はトルコ訪問時、何度も中断されていたパイプライン「トルコストリーム」建設に関する協定を締結。これにより、ロシアは欧州ガス市場における自国の立場を強化することが可能となる。
ロシアはまた、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキアといったEU加盟国の強い反対を無視し、ドイツにガスを輸送するのにウクライナを経由しないで済む海底パイプラインの拡充計画「ノルドストリームII」のために地ならしをしようとしている。
このようなパイプラインが建設されたとしても(ノルドストリームIIの場合は実現性がますます低くなっているが)、エネルギーを利用するロシア政治は絶頂期を過ぎようとしている。
2000年代後半から2010年代初め以降、世界のガスセクターは米国のシェールガス開発ブームを受けて大きな転換点を迎えた。米国は世界第1位のガス生産国であり、2016年以降、ブラジル、インド、アラブ首長国連邦(UAE)、アルゼンチン、ポルトガル、クウェート、チリ、スペイン、中国、ヨルダン、そして最近では英国に液化天然ガス(LNG)を輸出している。欧州でも、またそれ以外の地域でも、ロシア産ガスの既得権益と競合するものだ。
シェールガス台頭の他にも、LNG貿易量の世界的増加と、ガス輸送のインフラ拡大が市場に変化をもたらした。かつては局所的な資源であったLNGは世界的ブームとなった。2015年末までにLNGの世界貿易量は2億4480万トンとなり、史上最高を記録した。
19カ国がLNGを輸出しているが、なかでもカタール、オーストラリア、マレーシア、ナイジェリア、インドネシアが最も大きなシェアを占めている。また、37カ国がLNGを輸入している。2016年にはコロンビアが、2017年にはガーナが輸入市場に新たに参入する。
このことは欧州だけでなく、それ以外の地域においても、ロシアのガスパイプラインが競争にさらされることを意味する。輸入国はLNGと、ロシアの支配下にない「サザン・ガス・コリドー」計画のような新たなパイプラインにいっそう目を向ける可能性があるからだ。
最も重要なのは、こうした発展が、ロシアのような従来のガス供給国と消費国を支配していた地政学的ルールを変えてしまったことだ。ガス新時代において、あらゆる供給国は高まる競争と市場からの圧力に直面している。独占主義者とほぼ専属市場の時代は終わったのだ。
ガス供給において長期的な関係を結ぶことは今でも大切だが、現物取引や相互に利益をもたらす短期的な関係を確立する機会は十分にある。相当な投資要件と長期的コミットメントを必要とする大規模なインフラも重要な役割をいまだに担っているが、フローティングLNG(洋上天然ガス液化設備)や圧縮天然ガスのような新しいテクノロジーや、他の革新的技術は、買い手により多くの選択肢を提供する。
歴史的に天然ガスを外交手段として利用してきたロシアは、こうした変化の矢面に立たされることになる。実際のところ、すでに市場における独占と、それに伴う政治的影響力を欧州内外で失いつつある。故にガスプロムは値下げなどの譲歩を余儀なくさせられている。
一方、ロシアはガスの輸出先を欧州から中国へとシフトさせようとしている。だが輸入国が優位に立つ現在の天然ガス市場において、取引の条件を決めるのはロシアではなく中国だろう。
プーチン大統領のロシアは、依然として多くの挑戦を欧州と米国に突きつけている。その1つには、欧州のガス市場に対する独占的な供給を維持するため、「トルコストリーム」や「ノルドストリームII」を使ってロシアが最後の抵抗を示すことが挙げられる。しかしロシア経済の弱体化と米国の新たなエネルギー勢力のはざまで、ロシアの「強い男」プーチン大統領は以前よりずっと力なく見える。
*筆者は、米シンクタンク、アトランティック・カウンシルのノンレジデント・シニアフェロー。著書に「The New Geopolitics of Natural Gas」、「Beyond Crimea: The New Russian Empire」がある。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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