July 18, 2018 / 2:44 AM / 3 months ago

コラム:貿易戦争で世界経済「縮小スパイラル」は起こるか=河野龍太郎氏

[東京 18日] - 貿易戦争がエスカレートしている。7月6日の中国の報復関税に対し、トランプ米政権はさらなる報復措置として、10%追加関税の対象となる6031品目、2000億ドル(約22.6兆円)相当の中国製品リストを7月10日に公表した。9月にも発動するというが、もし実際に発動されれば、中国も再び報復措置に出る可能性が高い。

 7月18日、BNPパリバ証券の河野龍太郎・経済調査本部長は、米中の関税引き上げ合戦が、戦前の世界大恐慌に匹敵する事態を招く可能性は小さいが、不況は十分に起こり得ると指摘。写真はトランプ米大統領、ワシントンで2017年12月撮影(2018年 ロイター/Joshua Roberts)

問題は、無謀な通商政策をトランプ大統領がいつまで続けるかである。米国では、政治的分断が深刻化し、無党派層も相当に増えているため、保護貿易が米国経済に悪影響をもたらすとしても、一部の有権者から強い支持が得られる政策を続ければ、選挙には勝てるという読みがトランプ大統領にはあるのだろう。

貿易戦争は11月の中間選挙までという楽観論も根強いが、トランプ大統領の政治的目標が2020年の大統領選挙における再選だとすれば、簡単に終結は訪れない。

また、米国の通商政策には、貿易赤字の削減というトランプ大統領の目標だけでなく、国家資本主義体制を採る中国の技術覇権、経済覇権への安全保障上の対抗という目標も含まれている。このため、仮にトランプ大統領が自由貿易の重要性に目覚め、貿易戦争を終結させても、中国が製造業振興政策「中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025)」の旗を降ろさない限り、「中国封じ込め論」を背景とする対中制裁措置は長引く可能性がある。

一方で、グローバリゼーションをてこに拡大を続けてきた中国は極力、通商摩擦を回避したいものの、豊かになった国民の間でナショナリズムの著しい台頭があり、米国への経済的譲歩は、仮に習近平国家主席にその意思があっても、選択は容易ではない。それゆえ、米中貿易摩擦は簡単には解決されないと考えるのが妥当だろう。

では、このまま貿易戦争が継続すれば、最悪の場合、世界経済はどれほどのダメージを被るのか。貿易収縮が世界経済のスパイラル的な収縮を引き起こすのだろうか。その結果、大恐慌は再来するのか。これが今回のテーマである。

<保護貿易が大恐慌を招いたわけではない>

先に結論を言っておくと、大恐慌に匹敵するようなワーストケース(最悪の事態)の可能性は小さいが、不況といったバッドケース(悪い事態)は十分に起こり得る。

貿易戦争が経済収縮のスパイラルをもたらすという懸念があるとすれば、それは1930年代の世界大恐慌からの類推だろう。1929年に米国で大恐慌が始まるが、翌年のスムート・ホーリー法の成立をきっかけに、各国が報復関税を行い、輸出が困難となって、総需要が抑制され、所得悪化でさらなる輸入減がもたらされた。

そうなると貿易相手国で再び輸出が抑制され、次の連鎖が始まり、輸出減と総需要低迷のスパイラルが引き起こされる。こうした説明は部分的には正しいのだが、貿易戦争が世界的な経済収縮のスパイラルをもたらし、世界恐慌につながったと言うと、それは相当に誇張がある。

確かに、当時のデータを見ると、国内総生産(GDP)の落ち込みより速いペースで輸出入が悪化しており、気の早い人は、輸出入の悪化がGDPの落ち込みをもたらしたと判断したくなるだろう。チャールズ・キンドルバーガー教授の「大不況下の世界 1929―1939」に掲載された螺旋(らせん)状に落ち込む世界貿易の姿を見ると、皆、世界恐慌の原因を保護貿易に求めたくなる。

ただ、一般に輸入の所得弾力性は1を超えており、GDPが1%落ち込めば、輸入はそれ以上のペースで落ち込む。念のために因果関係を確認しておくと、「GDPの低迷」が「輸入の減少」につながるのであり、1930年代はGDPが大きく落ち込んだから、輸入も大きく落ち込んだ。

当時、GDPが大きく落ち込んだ最大の要因は、金融危機や銀行危機が訪れ、投資や消費が抑制されたことである。全米に広がった銀行危機による流動性の収縮で、内需の収縮が続き、それゆえ、輸入も大きく落ち込んだ(欧州にも銀行危機が飛び火した)。経済破壊をもたらした銀行危機への反省から生まれたのが預金保険制度のシステムである。

確かに高関税による輸出の低迷も総需要低迷の要因にはなったが、主因は国内の要因であって、貿易戦争によって大恐慌が起こったわけではない、というのが通説である。銀行危機の当然の帰結として、貿易金融が崩壊したことも、輸入の落ち込みにつながった。

今後、貿易戦争がエスカレートする過程では、1930年代のような世界恐慌を招くという言説が飛び交う可能性もあるが(メディアにはすでにそうした記載も見られる)、そもそも保護貿易が世界大恐慌を招いたわけではない。世界大恐慌に匹敵するようなワーストケースは避けられる。

<米中貿易戦争は不可避だった可能性>

しかし、今回の貿易戦争が今後の景気拡大の障害にならないのかと言えば、十分障害になり得る。と言うのも、すでに世界経済の拡大は10年目を迎え、成熟局面にあるからだ。

経済が比較的好調な米国の金利上昇に対し、新興国からの資金流出が観測されるなど、貿易戦争が始まる前から、負の影響が観測され始めていた。クレジットスプレッドの拡大は米国内にも波及しつつある。

さらに緩和的な金融環境が長引いたため、米国には金融不均衡が蓄積されている可能性もある。そこに今回の貿易戦争が加わったのだから、世界経済が想定していたより早く不況に陥る可能性は高まっていると考えられる。

これまでの世界貿易ルールが突然にして変わり、不確実性が相当に高まっていることを各国企業の経営者が認識すれば、設備投資が強く抑制され、各国の成長が低下すると同時に、輸入減を通じ、負の貿易乗数も働く。その場合、資本財の生産を得意とする日本やドイツに少なからぬ影響が及ぶ恐れがある。

また、1990年代以前と異なり、保護貿易のコストは明らかに増している。情報通信革命が始まる1990年代以前は、サプライチェーンは一国でほぼ完結していた。しかし、今では、国境を越えた生産工程間分業が可能となり、オフショアリングの進展で、高度なグローバル・サプライチェーンが張り巡らされている。高関税を課すと、自国の消費者が割高な商品の購入でダメージを受けるだけでなく、さまざまな経路を通じて、自国企業にも大きな損失が及ぶ。

ニュー・ケインジアン型のモデルでは、輸入品に高関税を課しても、国内価格は粘着的で大きくは上がらず、一方、国内で代替生産が進むから、短期的には米国経済への影響はプラスとなり得る、といった試算が示される。しかし、グローバル・バリューチェーンやグローバル・サプライチェーンの進展を考慮すれば、米国ですら、短期的にもプラスとはならない可能性がある。

米国の株価が底堅いのは、ニュー・ケインジアン型のモデル結果を重視する人が多いのかもしれない。それにもかかわらず、トランプ大統領は、よくも貿易戦争を各国に仕掛けたものだと考える人が少なくないだろう。いや、そう考えるのは、われわれが経済人であって、経済的な合理性ばかりを追求しているからかもしれない。

米ハーバード大学のダニ・ロドリック教授が提起したように、民主主義を犠牲にするのか、国家主権を捨て去るのか、グローバリゼーションに制約を加えるのか、深刻な「トリレンマ(三律背反)」に現代民主主義国家は直面しており、先進国では政治的に3つ目が選択され始めたということなのだろう。

一方、新興国は、豊かになるにはグローバリゼーションを甘受する必要があり、かつその荒波を乗り切るには、リベラルな民主主義を多少犠牲にするしかないと考え、権威主義的な民主体制を選択する国が増えているのだろうか。さすがに国家主権を捨て去る国は見当たらない。

厄介なのは、米国の選択と中国の選択の組み合わせが、国際政治をさらに複雑にしていることである。トランプ大統領の登場がなくても、米中の貿易戦争は不可避だったのかもしれない。

<金融緩和が通貨戦争につながる恐れ>

さて、今のところ金融市場では、貿易戦争の激化にもかかわらず、弱気相場入りは回避されている。大恐慌のような経済収縮が起きないことが正しく織り込まれているのなら、それは妥当とも言える。

今回、大恐慌のようなワーストケースが訪れる可能性は小さい。少なくとも世界大恐慌の原因は銀行危機にあり、保護貿易が主因ではなかった。

とはいえ、今回の貿易戦争がきっかけで、景気後退という悪い事態が訪れる可能性は決して低いとは言えない。先進各国はすでに完全雇用にあり、経済は伸び切っている。さらに、前述した通り、緩和的な金融環境が長引いた結果、米国では金融不均衡が蓄積されている可能性もあり、その調整も加わる。ソフトパッチ(一時的な景気減速)といったマイルドな調整では済まないはずである。

2大経済大国が関税引き上げの報復合戦を繰り広げているにもかかわらず、いまだに株価が比較的底堅いのは、あまりに不確実性が大きく、リスクを適切に織り込むことが難しいからかもしれない。米中が簡単には後戻りできないことが確認されるまで、金融市場では悪い事態は回避できるという楽観が続くのだろうか。

あるいは、今後、世界経済に貿易戦争の悪影響が現れても、各国でマクロ安定化政策が機動的に発動され、悪影響が相殺されると市場参加者は期待しているのだろうか。現代中央銀行の金融政策に対するそうした期待は、決して誤りとは言えない。現代民主主義国家において、中央銀行はマクロショックを可能な限りスムージングするため、是非はともあれ、政策の限界を常に試す傾向にある。

ただ、懸念されるのは、各国で再び金融緩和という事態になれば、2015年や2016年初に見られたように、再び通貨切り下げ合戦の様相を強めることである。自然利子率の低迷が続く中、名目金利も相当に低く、金融政策の有効性は著しく低下しているが、確実な金融政策のチャンネルは自国通貨の減価である。しかし、それはグローバルではゼロサムである。このため、金融緩和自体が、通貨戦争を想起させ、国際金融市場の混乱を引き起こすリスクがある。

前述した通り、新興国からの資本流出による混乱の兆候も見られ、ワーストケースが避けられるといっても、バッドケースが避けられるわけではない。やはり事態をあまり楽観視しない方が良いと思われる。

河野龍太郎 BNPパリバ証券 経済調査本部長(写真は筆者提供)

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below