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コラム:完全雇用下の日本、円高が望ましい訳=河野龍太郎氏
2017年4月4日 / 02:36 / 7ヶ月後

コラム:完全雇用下の日本、円高が望ましい訳=河野龍太郎氏

[東京 4日] - 最近、自民党のある会合で、円安が本当に望ましいのか、解説を依頼された。円安が株高につながるとしても、有権者や中堅・中小企業からの反発に直面し、自分たちが進めてきた政策が一国全体の経済厚生の改善につながっているのか、心配する政治家が増えているのだろう。

安定した為替相場が望ましいことを前提とした上で、一般的な回答としてどちらが望ましいかは、景気の良し悪しに依存する。不況局面にあり、負の需給ギャップを抱えているのなら、円安が望ましい。そうした経済状況では、金融緩和が望ましく、それが円安を促す。輸出が刺激され、需給ギャップが改善される。

反対に景気拡大が続き、経済が完全雇用に達したのなら、円高が望ましい。そうした経済状況では、金融緩和の手じまいが望ましく、それが円高を促す。供給制約で経済全体のパイの拡大が困難になっても、円高が輸入を促すことで、消費水準を高め経済厚生を改善できる。

アベノミクスがスタートした2012年末の段階では、それほど大きくはなかったとはいえ、日本経済は負の需給ギャップを抱えていた。それゆえ、どちらかと言えば円安が望ましく、アグレッシブな金融緩和の是非はともかく、円安を促す金融緩和は望ましかったと言えるかもしれない。

しかし、2013年の景気拡大の結果、2014年初頭以降、日本経済は完全雇用にある。その後もなんとか景気拡大が続き、人手不足はさらに深刻化している。

もし2014年年初以降、量的・質的緩和の手じまいを開始していたのなら、円高が促されていたはずだ。そうなれば消費増税による実質購買力の悪化を、円高による輸入物価の引き下げがある程度相殺し、消費の落ち込みを避けることができたかもしれない。

だが実際に取られたのは、追加的な金融緩和による一段の円安誘導であり、家計部門はダブルパンチを食らい、消費は大きく落ち込んだ。消費の低迷が続いているのは、消費増税の悪影響が長引いているからではなく、誤って採用した円安誘導の悪影響が続いているからだ。

1990年代末から2000年代初頭にかけて、筆者は、アグレッシブな金融政策による円安誘導が望ましく、国際政治上、可能なら、大幅な円安水準での為替レートの一時的なペッグを行うべきだと考えていた(スイス中銀が近年行ったスイスフランのユーロペッグのような目標相場圏導入)。それは当時、日本経済が深刻な不良債権問題にあえぎ、資産デフレの中で、大きな負の需給ギャップを抱えていたためである。

通貨安に誘導することで、日本で生産される財・サービスを外国人に対して割安にし、輸出を増やすことができれば、国内の生産を増やし、需給ギャップを改善できる。円安は海外で生産される財、サービスが日本人にとって割高になることを意味するが、国内に大きな失業を抱える場合、それを放置するコストは相当に大きい。大きな負の需給ギャップが存在した2000年代初頭は円安が望ましかったのだ。だが、完全雇用にある現在は円高が望ましい。

こう書くと、完全雇用にあると言っても、インフレ率は低いままで、何より厳密な意味での供給の天井に達しているわけではないのだから、金融緩和を続け、円安を促すことには意味がある、と反論する人もいるかもしれない。だが、こうした政策を長期化すると、所得分配、資源配分を大きく歪め、経済厚生を著しく損なうとともに、潜在成長率を低下させる。2%程度のインフレ率を確保することが望ましいとしても、以下論じるように、政策の得失を比較考量すると、デメリットの方が大きいのは明白だ。

<経済厚生を損ねる円高回避の金融緩和>

まず、多くの国がそうであるように、日本でも所得・支出アプローチの視点に立ち、輸出回復を起点にした景気回復を目指してきた。金融緩和による円安誘導が輸出数量の回復をもたらし、それが生産の回復、企業の所得回復、企業の支出回復を喚起し、家計の所得回復、個人消費の回復につながるという図式である。

所得・支出アプローチに立つ人は、生産回復による雇用者所得の改善ばかりにこだわるが、企業から家計への回復の波及メカニズムはそれだけではない。需給ギャップが改善すれば、本来、市場金利が上昇し、円高が進むことで、家計の利子所得は増え、輸入物価の下落による実質購買力の改善も享受できる。これが新古典派的な均斉成長の波及メカニズムであり、負の需給ギャップが解消されれば、所得・支出アプローチに沿った金融緩和による円安誘導政策の手じまいを開始しなければならない。

だが、景気拡大が最終局面に入っても円高による輸出企業の業績悪化を恐れ、いつまでも金融緩和が続けられる。利子所得の回復や実質購買力の改善が阻害されるから、個人消費はいつまでも回復しない。本来、個人消費の回復を伴う均斉的な成長を目指すのなら、金融緩和の手じまいを開始し、円安誘導を修正しなければならない。

一般に、円安が進めば、輸出セクターには2つの選択肢が生まれる。1つは、円安を原資に、現地での販売価格を引き下げ、輸出数量を増やし、国内生産を増やすことで、利益を拡大させることだ。もう1つは、輸出数量や国内生産の拡大を狙わず、現地での販売価格を据え置き、円安による利益率の向上によって、利益を改善させることだ。2012年末以降の円安局面で日本の輸出企業が選択したのは後者であり、その背景には、人手不足で供給制約に直面していたことがある。

もちろん、当時、輸出数量が増えなかったのは、生産拠点の海外シフトが加速したことや、2014年末の新興国バブル・資源バブルの崩壊も影響しており、円安の輸出刺激効果が消滅したわけではない。しかし、遊休資源がほとんど残されていない以上、今後、輸出数量が大きく拡大しても、経済全体のパイの拡大は限られる。円安によって実質購買力が抑制されるため、輸入とともに個人消費が抑制され、内需セクターの設備投資もあまり伸びないのだ。輸出を増やすために、円安を甘受し、輸入が割高となって個人消費が抑制されていたのでは、経済厚生は改善しない。

そもそも私たちが貿易をしているのは、輸出を増やし、貯蓄を溜め込むためではない。多様で安価な財・サービスを国内外から購入し、消費水準を高め、経済厚生を改善させるためだ。ただ、不況局面では、失業を放置するコストは経済的にも政治的にも大きい。このため、国内生産を増やすべく、金融緩和で円安に誘導し、内外の需要を国内の財・サービスに惹き寄せることは大きな意味を持つ。しかし、経済が完全雇用に達した後も円高回避のために金融緩和を続けていたのでは、所得分配が大きく歪み、経済厚生はいつまでも改善しない。重商主義的政策とは決別する必要がある。

<製造業の生産性上昇率も低下させる円安誘導>

さらに、円安に誘導することは、内需セクターに広く薄く課税し、輸出セクターに補助金を与えることを意味する。少なからぬ政策当局者が生産性上昇率の高い製造業をサポートするために、生産性上昇率の低い内需セクターが多少犠牲になるのはやむを得ないと考えているが、これは明らかに誤った考え方である。

確かに製造業の生産性上昇率は高く、非製造業のそれは低い。製造業は1990年代が年率2.7%、2000年代も2.7%、2010年代は2.0%、非製造業は1990年代が0.7%、2000年代が0.2%、2010年代が0.6%である。また、2015年度における付加価値のシェアは、製造業が20.4%、非製造業が79.6%だった。

仮に製造業のウエイトを高めることで、経済全体の生産性上昇率を0.5ポイント高めようとするなら、計算上、製造業のウエイトを35ポイント高めなければならない。だが、現実には不可能だろう。製造業が生み出す財・サービスに対する需要が限られる中で、同部門は生産性上昇率が高いからこそ、労働投入量は減り、経済全体の付加価値に占めるシェアも増えない。

加えて、日本では引退年齢を迎える人が増える一方で、若年人口は年々減少している。輸出企業からすれば、日本では安価な若年の労働力を安定的に確保することが難しいがゆえに、生産工程を海外にシフトさせている。一国全体で見れば、生産年齢人口の減少が続いているのだから、さまざまな経済メカニズムを通じ、限られた労働力が貿易可能財の生産から非貿易財の生産にシフトすることは極めて自然な動きだ。貿易可能財であれば、付加価値の高い工程を国内に残した上で、収益性の低い生産工程は海外に移し、完成品を輸入すればよい。

だが、円安誘導がこうした流れを阻害する。あまり認識されていないが、製造業をサポートしようとする政策が、非製造業の足を引っ張るだけでなく、その意図に反し、製造業の足も引っ張る。

まず、円安によって課税される非製造業では経済資源が奪われ、過少な雇用、過少な設備となる。既存企業の成長が抑制されるだけでなく、消費者の支出が抑制される結果、消費者が欲する新たな財・サービスの誕生につながるようなイノベーションの可能性を秘めた成長企業の出現も阻害される。

一方で、円安によって補助金を獲得する製造業では、過剰な雇用や過剰な設備が蓄積される。この結果、経済資源を奪われた非製造業だけでなく、恩恵を受けた製造業の生産性上昇率も低下し、経済全体の生産性上昇率も低下、ひいては潜在成長率も抑制される。

<100円割れ回避の金融緩和は本末転倒>

では、製造業のウエイトを引き上げようとすることが経済全体の生産性上昇率を引き下げるとするなら、どのようにして生産性上昇率を引き上げるか。まず、経済が完全雇用に達したのだから、円安誘導のための金融緩和の手じまいを開始することだ。資源配分、所得分配の歪みを抑え、製造業、非製造業の生産性上昇率への悪影響を緩和できる。

また、経済全体の生産性上昇率を0.5ポイント引き上げるには、非製造業の生産性上昇率を0.6ポイント引き上げるべく、規制緩和を追求すべきだ。もちろん、それも決して簡単だとは言えないが、製造業の付加価値ウエイトを35ポイントも引き上げるより、はるかに実現性は高く、弊害は小さい。非製造業が生み出す法人向けサービスは製造業にも投入されており、非製造業の生産性向上は、製造業の生産性上昇にもつながる。

現在、日本のドル円レートの適正水準を100―120円程度と考える人が少なくない。しかし、実質実効円レートで見ると、現在は、2014―15年のボトムほどではないものの、相当な超円安水準で、1977―82年のボトム圏と並ぶ。プラザ合意以前の為替レートは相当に割安だったという認識はコンセンサスだと思われるが、現在は、当時よりもさらに円安水準にある。

内閣府が発表する「企業行動に関するアンケート調査」で見ると、2016年度における輸出企業の採算レートは1ドル=100円程度だった。採算レートと言っても、足元の為替レートの水準に左右されるため、真の採算レートはさらに円高の水準にあると考えられる。

人手不足でどこも困っているのだから、1ドル=100円を割り込んだ途端に存続が難しくなると悲鳴を上げるような輸出企業を、金融緩和による円安誘導で守る必要はあるだろうか。もしそうした企業が解散すれば、生産性の高い企業が雇用を吸収し、経済全体の生産性上昇率も改善するはずだ。

1ドル=120円に達する前に家計部門から悲鳴が上がってくることを考えると、やはり多くの人が円高の上限と考える1ドル=100円が過少なのではないか。購買力平価の視点で考えるなら、控えめに見ても、1ドル=100円を中心に、90―110円が均衡的なレートだろう。もちろん、短中期的な均衡レートは金利に大きな影響を受けるが、現在の金融政策そのものが経済ファンダメンタルズと必ずしも整合的とは言えない。

このまま1ドル=100円を円高の上限と考え、100円割れを回避するためにいつまでも金融緩和を続けていれば、資源配分や所得分配が歪み、消費も回復せず、潜在成長率は低下が続くばかりだ。こうした大きな犠牲を払ってまで、2%インフレを早期に達成する必要はあるのだろうか。それでは本末転倒である。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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