April 9, 2018 / 2:31 AM / 8 months ago

コラム:歴史に学ぶ米中戦争リスク、「2つの罠」の教訓=河野龍太郎氏

河野龍太郎 BNPパリバ証券 経済調査本部長

 4月9日、BNPパリバ証券の河野龍太郎・経済調査本部長は、膨張を続ける中国と覇権国・米国との関係について、考えておくべき「罠(わな)」は2つ存在すると指摘。写真は北京で握手する習国家主席とトランプ米大統領。2017年11月撮影(2018年 ロイター/Damir Sagolj)

[東京 9日] - 19世紀初頭に始まり、以後150年超にわたって続いた第1次グローバリゼーションには、周知の通り、一時的な中断がある。2度に及ぶ世界大戦と戦間期の保護貿易の時代である。

筆者がこれまで貿易戦争や通貨戦争のシナリオを検証した際に「熱い戦争」のリスクに触れてこなかったのは、正直なところ経済学で手に負える問題ではないからだ(むろん、ゲームの理論で扱えないわけではないが、そもそも合理的な計算をもとに経済的に是認し得る戦争はまず存在しない)。

とはいえ、経済的にペイしない戦争は第1次グローバリゼーションの際に現に生じた。1990年代前後に始まった現在の第2次グローバリゼーションにおいても、発生の可能性がゼロとは言えないのなら、それを論じないわけにはいかない。今回は、歴史的視点から米中戦争の可能性を探りたい。

<「トゥキディデスの罠」>

経済的、軍事的に急膨張する新興国と、追われる覇権国との戦争は歴史的に繰り返されるのか、というのが筆者の問題意識である。結論を先に言うと、前例は近代の日本やドイツだけではなかった。米国で歴代国防長官の顧問を40年近く務め、クリントン政権では国防次官補を務めたこともある国際政治学の大家、グレアム・アリソン・米ハーバード大学教授は著書「Destined for War」(邦訳版『米中戦争前夜』)で、歴史的視点から米中戦争の危険性を警告している。

そこでは、まず「トゥキディデスの罠(わな)」という概念が説明される。台頭するアテネと大国スパルタとの戦争(紀元前431年から紀元前404年)を同時代に分析した歴史家トゥキディデスが、「ペロポネソス戦史」において、覇権国を脅かす新興国との危険な関係を浮き彫りにしていた。台頭国は他国からの承認や敬意を求める「新興国シンドローム」に陥り、覇権国は衰退の懸念から新興国に対し恐怖や不安を抱く「覇権国シンドローム」に陥る。

スパルタとアテネの指導者は親しい友人で、大国同士の戦争の大きなコストを互いが認識し、いずれも戦争回避に動いたが、同盟国の救済を巡って開戦に傾いた国内の世論を説得できなかった。民主国家アテネだけでなく、権威主義的体制を持つ軍事国家スパルタでも指導者が国論を抑え切れなかったのは注目すべき点だろう。

アリソン教授は、覇権国と台頭国が自らを疲弊させる戦争を余儀なくされることを「トゥキディデスの罠」と命名し、過去500年における類例を探った。近代の日本やドイツを含む16の類例を見いだし、うち12のケースで「トゥキディデスの罠」に陥り、覇権国と台頭する国が最終的に戦争に至ったと論じている。米中衝突は不可避とは結論しないが、歴史に学ぶと極めて危険だと言う。歴史的には75%の確率で戦争に突入ということである。

分析では、当事国が自らの意思で戦争による決着を選択するのは稀(まれ)であり、同盟国の不測の行動などをきっかけに、両国が戦争を余儀なくされている。サプライチェーンやバリューチェーンで経済が深く結びつく現在の米中と同様、20世紀初頭の英独も相互依存関係は相当に深く(さらに当時の英独の王家はかなり近い姻戚関係にあった)、当時、政治家の誰もが英独戦争はあり得ないと考えていた。だが、同盟国を巡る連鎖的な紛争が引き金となり、英独間の戦争が勃発する。同盟国が大国の軍事力を利用して、紛争を乗り切ろうとし、それが引き金になるというのが、ここでの教訓である。

現在も東シナ海や南シナ海において、米国の同盟国と中国との紛争がきっかけとなるリスクは排除できない。また、目先の最大の懸念は、北朝鮮の核保有を巡る米朝間の突発的紛争が米中衝突の引き金となることである。トランプ大統領は弱腰の態度を取らないことを示すため、5月末の米朝会談を控え、外交重視だったティラーソン国務長官をタカ派のポンペオ中央情報局(CIA)長官に交代させただけでなく、国家安全保障問題担当のマクマスター大統領補佐官をネオコンとして知られる元国連大使のボルトン氏に交代させた。

それが強く効いたのだろう。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、米朝会談決裂の際の米国による軍事攻撃リスクを避けるため、それまで核開発を巡り離反していた中国を電撃訪問し、習近平国家主席と会談、6カ国協議への復帰も示唆している。中国の後ろ盾が、米朝紛争の抑止となるのか、あるいは、それにもかかわらず米国が軍事的行動を排除せず、むしろそれをきっかけに米中衝突につながるのか、予断を許さない。

<中国封じ込めは可能か>

ここでわれわれが知りたいのは、戦争回避の類例だろう。そのうち、最も参考になるのは、19世紀後半以降、米国の経済力、軍事力が急拡大した際、最大の覇権国だった英国との衝突が回避されたケースである。

米国の独立戦争後も米英関係は悪化を続け、英国も一度は戦争を検討するが、欧州で独ロなどの脅威にも直面し、米国と対峙する上で頼れる国がないことを悟り、英国の指導者は西半球から自ら手を引くことで衝突を回避する。この衝突回避を現在の米中関係に当てはめる場合、問題となるのは、過去100年にわたって覇権国だった米国が中国との経済的、軍事的な逆転を受け入れることができるかである。

もし、それができるとしても、米国は、戦後民主化を進めた日本やドイツに中国も倣うことが条件だと考えるのだろうが、中国からすれば、米国に戦争で負けたわけではないのだから、従う必要性はない。さらに中国は歴史的にも権威主義的傾向が強く、昨年の党大会でも明確に示した通り、西洋流の民主主義を普遍的価値として認めているわけではない。

19世紀初頭以降の第1次グローバリゼーションは「大いなる分岐」をもたらし、その後、中国は大いなる劣後を余儀なくされた。しかし、1990年以降の第2次グローバリゼーションがもたらした「大いなる収斂(しゅうれん)」によって、その劣後は解消されつつある。中国の習主席が掲げる「偉大な中華民族の復興」は、第1次グローバリゼーション以前の国際的な地位に回復するということでもあるのだろう。

歴史に「IF(もし)」 はないが、仮に南北戦争に英国が介入していれば、米国の国力を管理可能なレベルに抑えることができたかもしれない。こうした戦略はタイミングが重要で、もし行うのなら中国経済が今ほど膨張する前が妥当だったのだろうが、1990年代末から2000年代にかけて、中国の膨張を促したのは米国自身である。現在デジタル分野で封じ込めようとしているが、果たして間に合うのだろうか。

いずれにせよ、中国の膨張を考えると、日本にとって米国との同盟強化はこれまで以上に重要になる。ただ一方で、仮に当時の英国が西半球から手を引いたのと同じ選択を今度は米国が行うとすると、それは米国がアジアの安全保障へのコミットメントを修正することに他ならない。

中国の論理からすれば、現在、米中の小競り合いが起こっているのは、米国の近海ではなく、常にアジアの海域であって、他地域まで足を延ばす米国が撤退すれば問題は丸く収まるということだろう。しかし、それは、米中衝突のケースと同様、大きな地政学的変化を日本にもたらす。もはや米国の軍事力を頼ることができないのなら、核武装を含め軍事力の強化を図らざるを得ないといった主張も増えてくるのだろう。5月末の米朝会談で大陸間弾道ミサイル(ICBM)の凍結を条件に北朝鮮の核保有が事実上米国に容認される場合、このシナリオを想起する人が増えるかもしれない。

ちなみに、リスクオフ環境になると金融市場で常に円高が進むのは、日本が米国の軍事力によって守られているからだというのが筆者の仮説である。つまり、米国の軍事力で守られているから、国内の資産市場参加者がリスクを意識する際、キャピタルフライトによる円安が生じるのではなく、安心な国内への回帰(リパトリエーション)によって円高が生じる。しかし、もし米国が日本の安全保障へのコミットメントを修正する場合、逃避先はもはや日本国内ではなくなり、米国をはじめとする海外ということになるため、リスクオフで円安がもたらされる可能性が高い。

その際、インフレ加速による実質購買力の低下をもたらす超円安を回避するため、日銀の利上げが必要となるケースが起こり得る。しかし、一方で巨額の公的債務を抱え、金利上昇による利払い費増は命取りとなる。それゆえ、日銀は円安回避のための利上げを行えず、円安とインフレ加速のスパイラルが生じ、経済が混乱に陥るリスクが高まる。巨額の公的債務を抱える日本にとり、リスクオフが円高をもたらしている現在は、実は幸いなことなのかもしれない。リスクオフが円高を意味する間に、財政健全化に着手する必要がある。

話を戻そう。もう1つ参考になる類例は、戦後の米ソの冷戦だ。キューバ危機など深刻な事態に何度か直面しつつも、最終的に戦争は回避された。ケネディ大統領をはじめ、当時の指導者の力量も大きいのだが、トランプ大統領に多くを期待できるだろうか。衝突が避けられるかどうかは、歴史を学ぶ中国の指導者次第ということなのか。あるいは、同盟など対外的なメンツにはさほどこだわらないという性癖が幸いし、トランプ大統領であるからこそ、「トゥキディデスの罠」が回避できるのだろうか。

もちろん、米ソ戦争が起きなかったのは、最終的には核の抑止が効いたからであって、米中においてもそれが当てはまる可能性は十分あり得る。

<「キンドルバーガーの罠」>

さて、膨張を続ける中国と覇権国・米国との関係について、もう1つ考えておくべき「罠」が存在する。それは、「キンドルバーガーの罠」だ。

国際金融と経済史、特に恐慌史の第一人者だった故キンドルバーガー教授は、米国の大恐慌が世界大恐慌につながったのは、それまで国際金融危機において「最後の貸し手」の役割を担っていた英国が衰退によってその能力を失う一方、台頭する米国にはその能力がありながら、その意思を持たなかったためだと論じていた。一言で言えば、覇権国の不在が世界大恐慌を引き起こしたというのだが、米中が、いや世界経済が「キンドルバーガーの罠」に陥るリスクはあるのか。

リーマン・ショック後の2009年半ば以降、世界経済が想定より早く持ち直したのは、日米欧の中央銀行によるアグレッシブな金融緩和が資源バブルと新興国バブルの膨張を助長したということもあるが、中国が国内総生産(GDP)の10%を超える大規模な財政投融資策を発動したことも大きく寄与した。

実際、各国とも中国向け輸出が大幅に増えることで、生産の持ち直しが始まった。ただし、その政策の後遺症で、中国は過剰債務問題や過剰ストック問題を抱え込み、その後の中国経済の停滞が2014―16年前半の世界経済の足踏みにもつながった。

2016年後半以降、世界経済が回復ペースを高めたのは、停滞していた中国経済が過剰の調整を進めて持ち直したためだが、2017年10月の中国共産党大会を控え、2016年初めから大規模なインフラ投資を開始したことも少なからず影響していた。リーマン・ショック時と比べて経済規模が2.5倍と相当に大きくなっているため、経済政策を含め中国経済の世界経済に与える影響はますます大きくなっているのである。

購買力ベースではすでに米国を凌駕(りょうが)するが、将来も世界経済が下降局面に向かう際、中国の総需要刺激策で世界経済の落ち込みが緩和され、「キンドルバーガーの罠」が回避される可能性がある。いや、すでに「キンドルバーガーの罠」は回避されているとも言える。

名目ベースでも米国経済の規模を中国が凌駕するようになれば、国際通貨基金(IMF) や世界銀行のヘッドオフィスの北京への移転を求めるようになり、超大国として世界経済によりコミットしようとするのだろう。それはそれで良いことだと、われわれは考えるべきなのであろうか、とても複雑である。

ちなみに、東西統一によって再膨張したドイツは、欧州連合(EU)やユーロ、北大西洋条約機構(NATO)など国家よりも大きな機構に組み込まれることで、その脅威が抑えられている。これも「トゥキディデスの罠」回避のもう1つの類例である。

河野龍太郎・BNPパリバ証券経済調査本部長(写真提供)

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*参考文献:●ウォルター・ラッセル・ミード『トランプが寄り添うジャクソニアンの思想―反コスモポリタニズムの反乱』FOREIGN AFFAIRS REPORT No.3 2017

●グレアム・アリソン著、藤原朝子訳『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』ダイヤモンド社 2018年

●サミュエル・P. ハンチントン著、鈴木主税訳『文明の衝突』集英社 1998年

●ジェニファー・リンド『中国が支配するアジアを受け入れるのか―中国の覇権と日本の安全保障政策』FOREIGN AFFAIRS REPORT No.3 2018

●チャールズ P.キンドルバーガー著、石崎昭彦訳、木村一朗訳『大不況下の世界 1929-1939(改訂増補版)』岩波書店 2009年

●Warwick J. McKibbin, Andrew Stoeckel, “Some global effects of President Trump’s economic program”, Australian National University, CAMA Working Paper 53 (2017)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

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