April 26, 2018 / 1:47 AM / 4 months ago

コラム:「ポスト・アベノミクス」の金融政策=河野龍太郎氏

河野龍太郎 BNPパリバ証券 経済調査本部長

 4月26日、BNPパリバ証券の河野龍太郎・経済調査本部長は、日銀の自律性や専門性を重んじる政権が誕生すると、副作用をより重視する金融政策運営に移行するだろうと指摘。写真は都内の日銀本店前で2012年7月撮影(2018年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

[東京 26日] - 2%インフレ目標の達成は容易ではない。消費者物価指数(CPI)の前年比は生鮮食品を除くコアが1.0%程度まで上昇したが、生鮮食品とエネルギーを除く新型コアはいまだに0.5%にとどまる。一方、マイナス金利政策や10年金利のゼロ%前後への誘導を続けることの弊害も、徐々にだが、至るところに現れてきた。

そもそも日銀法では、金融政策の理念について、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とうたっている。つまり、金融政策の究極的な目的は物価の安定ではなく、国民経済厚生の継続的な向上である。それゆえ、2%インフレ目標の達成だけにこだわって、極端な金融緩和を継続し、金融システムの脆弱化や過剰ストック・過剰債務の蓄積、バブル醸成、財政規律の弛緩などがもたらされ、マクロ経済が不安定化するリスクが高まるのなら、日銀法逸脱とのそしりを免れない。

2012年末に第2次安倍政権が誕生する前に、日銀が2%インフレ目標を導入しなかったのは、実現可能性に伴う信認の低下が懸念されただけでなく、目標達成プロセスで引き起こされるさまざまな副作用がもたらすマクロ経済の不安定化リスクも懸念されたためだ。しかし、議会制民主主義の下で、強い権力を持つ政権が誕生し、人事制度などを通じ、日銀はアグレッシブな金融政策の実施を余儀なくされた。

では、今後、仮にウエストミンスター型(英国的な多数派支配型)の議院内閣制における過度な権力集中、およびそれに伴うさまざまな弊害をわれわれが深く反省し、行政各部門の専門性や自律性を重んじる自己抑制的な政権が新たに誕生した場合、日銀はインフレ目標を、例えば1%に引き下げることはあるのだろうか。それが、今回のテーマである。

<インフレ目標はなぜ2%なのか>

日銀によると、2%インフレ目標を掲げるのは、「物価安定」をCPI前年比で数値的に定義した場合、それが2%だと考えるためである。理論上、物価安定は文字通りのゼロを意味するが、金融政策運営においては、ゼロが望ましくないと考えられる理由が3つある。

1つ目は、消費者物価統計に上方バイアスが存在すること。2つ目は、不況時の金融政策の対応力を高めるための糊代(のりしろ)確保。3つ目は、2%がグローバル・スタンダードになっていることである。

黒田東彦日銀総裁も上記の3つを、2%インフレ目標を掲げる理由として説明するが、実はスモールプラスが妥当だとしても、2%であることの強い説得力があるわけではない。まず上方バイアスは、以前ほど大きいわけではない。

CPIで1ポイント弱と考えられていた時期もあったが、かなり解消された。最近、研究者が気にしているのは、むしろ下方バイアスの存在だ。日銀自身も、例えば総務省が行う帰属家賃の推計について、経年に伴う住宅の品質劣化が適切に反映されておらず、家賃の下落が過大視されていることを問題にしている。

2つ目の糊代論は、日本経済が負の総需要ショックに襲われた際、金融政策の発動余地を高めることができるというものだ。例えば、平時のインフレ率がゼロ%前後だとすると、潜在成長率と自然利子率が1%弱の日本では、平時の金利水準は1%弱(=ゼロインフレ+1%弱の自然利子率)となり、政策対応余地は100ベーシスポイント(bp)弱にとどまる。筆者自身は、この糊代確保論が最も説得力のある議論だと考えるが、なぜそれが2%なのか、という十分な論拠はない。

3つ目のグローバル・スタンダード論は、一見、2%という数値に根拠を与えてくれるようにみえる。購買力平価が長期的に成立するのなら、各国の中央銀行が2%インフレ目標を掲げる中で、日本だけが低いインフレ目標を掲げることは、円高トレンドを容認することと同じであり、為替変動によって物価安定が損なわれる恐れがある。それを避けるため、各国と同様、2%インフレ目標が望ましいというのが、グローバル・スタンダード論である。

ただ、金融政策の目標の文脈で、為替レートの安定性の確保をあまりに強調すると、経済・物価状況に適した自律的な金融政策運営のメリットを否定することにもなりかねない。金融政策を完全に為替レートの安定に割り当てることになれば、変動為替レート制のメリットを放棄し、固定為替レート制に近づけるべきという主張と変わらなくなる。

いや、円高に対して過度に敏感な社会の要請によって、過去20年以上にわたり、金融政策が円高回避に割り当てられてきたのが日本の実態とも言える。アベノミクスが掲げてきたデフレ脱却も詰まるところ、真の政策意図としては円安誘導であり、それを達成することがアベノミクスにおける金融緩和の役割だった。デフレ脱却と言い換えるのは、円安誘導への国際的な批判を避けるための方便だ。そして、もう1つの金融政策の役割が追加財政による金利上昇の回避だが、それも財政ファイナンスという批判を受けかねないから、前面には打ち出せない。

本来、目指すべきは、スモールプラスのインフレ率であって、円安誘導を掲げる政権が誕生し、1%インフレ目標では不十分と考え、それゆえ、2%インフレ目標が選ばれたということである。さらなる円安誘導を目指すのなら、3%インフレ目標が掲げられても不思議ではなかったが、実現可能性の問題や経済厚生への悪影響などから、さすがに日銀はそれを飲めなかったし、政権もそこまでの無理は求めなかったということだろう。

<目標引き下げが不要な円高を招くリスク>

では、仮に日銀の専門性や自律性をより重んじる新しい政権が誕生した場合、日銀は実現可能性や超金融緩和の副作用を考慮して、目標を例えば1%に引き下げる可能性はあるだろうか。ここで重要な点は、前述の通り、1%とする強い根拠も存在しないということだ。

もちろん、1%インフレ目標の実現可能性は2%インフレ目標と比べて大きい。さらに言えば、過去30年のインフレの実績から判断すると、日本人にとっての物価安定はゼロインフレである。ゼロインフレ予想が定着しているから、インフレ醸成が容易ではない。引き上げを目指すのなら段階的なものが望ましく、まずは1%を目指すべきだったし、実際、第2次安倍政権誕生までは、日銀もそれを目標としていた。

しかし、問題は、すでに現在2%という目標が掲げられていることである。容易に実現できない目標を掲げることも確かに信認を損なうが、政権が交代する度に中央銀行の目標が変わることになれば、信認はさらに失われる。政権が交代したからといって、突然、金融政策の目標が変更されるというのは、あってはならない。

また、現実的な問題として、インフレ目標を引き下げるとなると、それが不要な円高を引き起こすリスクもある。5年前に取られた政策が不適切だとしても、2%インフレ目標が掲げられているという事実が政策検討の際の出発点とならざるを得ない。

それゆえ、中央銀行の専門性や自律性を重んじる政権が誕生しても、インフレ目標の引き下げが行われる可能性は小さい。2%目標が維持されると思われる。ただ、だからと言って、何も変わらないわけでもないだろう。明示的ではないとしても、2%インフレ目標の位置付けそのものが、日銀法の趣旨に沿う形で、より長い期間を意識したものに変更される可能性が高いのではないか。

比較考量としては、1%インフレ目標に戻すことのメリットと2%インフレ目標を維持することのメリットを単純に比べるのではなく、1%インフレ目標に戻すことのメリットと、達成時期を延ばすことで2%インフレ目標を維持することのメリットを比較し、後者が選択されるのだと思われる。

すでに2016年9月にイールドカーブ・コントロールを導入した段階で、日銀は早期の2%インフレ目標達成にはこだわらなくなっている。具体的には、景気拡大が続く限り、2%インフレ達成が先送りされても、追加緩和の副作用を考慮して、それだけでは新たな緩和策は発動しないというスタンスに変更されている。日銀の自律性や専門性を重んじる政権が誕生すると、副作用をより重視する金融政策運営に移行すると思われる。

<FRBが下げれば日銀も追随するか>

具体的には次のようなことではないか。それほど遠くない将来、日銀は、例えば外国人労働の急増など、2016年9月の総括検証の際には想定していなかった、断続的な正のサプライショックによって、需給ギャップの改善にもかかわらず、思ったほどインフレが上昇しないことを表明しなければならなくなる(あるいは、比較的高い成長にもかかわらず、正のサプライショックによる潜在成長率の上昇で、思ったほど需給ギャップも改善せず、それゆえ、インフレが上昇しないと説明するのかもしれない)。

2%インフレ目標を掲げる限り、そのことは金融緩和の一段の長期化を意味する。しかし一方で、金融緩和の長期化は、さまざまな副作用の増大を意味する。この時、日銀は、金融緩和の長期化に備え、副作用を軽減すべく、現在の10年金利のゼロ%程度への誘導やマイナス金利政策を修正する可能性がある。

また、ある程度、インフレ率が上昇し、比較的大きなマイナスの実質金利が確保されれば、その後は、実質金利のマイナス幅を維持すべく、10年金利の誘導目標を引き上げる可能性がある。実質金利のマイナス幅が維持されていれば、10年金利の誘導目標を引き上げても、それは金融引き締めを意味しないということだが、これは現在の日銀首脳の考え方に近いと思われる。

さらに一歩進んで、インフレ率が2%に近づけば、インフレの上昇幅以上に10年金利の誘導目標を引き上げ、実質金利の引き上げを行う可能性がある。ただ、その水準は自然利子率に比べればなお低い。金融緩和度合いの縮小ではあるものの、金融引き締めとは説明しない可能性もある。ただし、今のところ、こうした趣旨の公式発言は耳にしたことはない。

なお、副作用の大きさを考慮すると、日銀の専門性や自律性を重んじる政権が誕生し、日銀が政策調整を開始する場合、10年金利やマイナス金利の調整より、年6兆円の上場投信信託(ETF)の減額を優先するのだと筆者は考えている。

もちろん、金利調整にせよ、ETFの購入減額にせよ、それが開始されるのは、あくまで景気拡大や株高が続いているという条件付きである。日銀の自律性や専門性を重んじると言っても、円高や株安を歓迎する政権はまず存在しないのであり、景気に陰りが現れればなおさらだ。

日銀としても、速水優総裁時代以降、過去20年近くにわたって、「金融緩和が足りない」「引き締めに早く動き過ぎる」という批判を浴びせられ続けてきたことを考えると、日銀の自律性や専門性を重んじる政権が誕生しても、慎重な態度は変わらないと思われる。2019年10月に消費増税を控えていることも、日銀が政策変更を急がない理由の1つである。

最後に、もし米国がインフレ目標を1%に引き下げればどうなるか。その場合は日銀も追随する可能性が高い。米国ですら景気のピーク圏で何とか2%インフレ目標に近づけることができているにすぎず、景気循環を均(なら)すと2%インフレ目標の達成はかなり難しくなっている。労働分配率の構造的な低下傾向などが影響していると思われる。

一方で、日本のみならず、各国が極端な金融緩和を余儀なくされているのは、インフレ目標が達成できないこともあるが、それだけでなく、米連邦準備理事会(FRB)に金融緩和度合いが劣後したと市場に見なされ、ドル安・自国通貨高が大幅に進んだことも影響している。FRBがインフレ目標を引き下げることがあれば、 同時に金利正常化も進むであろうから、各国とも喜んでインフレ目標の変更に追随し、極端な緩和を修正することも可能となるだろう。

ただ、FRBの中には、インフレ予想の醸成が難しいからこそ、さらに高いインフレ目標を掲げるべきと考える向きも少なくない。このため、インフレ目標の達成が難しいからと言って、米国も簡単には2%のインフレ目標を引き下げることはないと思われる。

河野龍太郎 BNPパリバ証券 経済調査本部長(写真は筆者提供)

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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