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コラム:トランプノミクスは日本経済に追い風か=河野龍太郎氏
2016年11月22日 / 02:52 / 1年後

コラム:トランプノミクスは日本経済に追い風か=河野龍太郎氏

[東京 22日] - 前回に続き、来年1月に始動するトランプ次期米政権の経済政策(トランプノミクス)の影響について論じたい。今回は、日銀の金融政策に対する影響を含め、日本経済へのインプリケーションについて考察した。

――前編はこちら:トランプノミクスの「負の帰結」

<1ドル120円超の円安に耐えられるか>

まず前回述べた通り、日本経済は、しばらくは米国の内需拡大とドル高円安の恩恵を享受できる。しかし、円安になっても効果はあるのだろうか。

量的質的金融緩和(QQE)による円安誘導では輸出数量はほとんど増えず、円安を通じ家計部門から輸出部門への所得移転に終わった。支出性向の高い家計部門から、支出性向の低い輸出企業への所得再分配となったため、マクロ刺激効果が乏しいどころか、抑制効果すら生じた。

しかし、今回は、米国の拡張財政が起点となっているため、単にドル高円安がもたらされるだけではなく、プラスの総需要ショックも同時に訪れる。完全雇用にあるから、トレンドを大きく超える成長の継続は難しいが、年率で1%弱の成長が当面可能だと思われる。潜在成長率はゼロ近傍まで低下しているため、需給ギャップの改善は続く。

従来、循環的に成熟局面に入った米国経済が、2017年中にも後退局面入りするリスクを勘案し、17年、18年の日本経済は潜在成長率並みのゼロ成長を予想していた。しかし、新興国バブルの調整がかなり進捗(しんちょく)し、グローバルサイクルが回復局面に入ったこと、そして今回、トランプ次期大統領の下で大規模な拡張財政が取られることから、17年、18年の日本の成長率見通しを、筆者としてはかなり大胆に上方修正している。

新しい見通しは17年度が0.9%(従来0.1%)、18年度が0.5%である。これほど大幅修正したのは、12年末のアベノミクスのスタート時以来だ。

ただし、前回述べた通り、18年のいずれかの段階で、米国経済が後退局面入りするリスクを勘案し、18年後半以降は、再び年率で1%弱からゼロ%への減速を想定している。実際、米国が景気後退に入れば、18年度の成長率はさらに低くなる。19年には米国が景気後退に入る可能性はさらに高いと思われるが、そうなると同年10月に予定されている日本の消費増税は再び先送りされる。

現在、生鮮食品を除くコア消費者物価指数(CPI)は前年比マイナス0.5%まで低下しているが、今後、原油価格下落の影響が剥落するため、17年第1四半期には0.1%とプラスの領域に浮上する。

ただ、日本におけるゼロインフレ予想は相当に根強く、為替レートや原油などの影響を取り除いた日本のインフレのトレンドは0.3%程度と考えられる。14年5月には一時前年比で1.4%まで上昇したが、このQQEの成功は主に円安によってもたらされたものだ。食料品やエネルギー、家電の価格が円安で上昇していただけであり、サービスを中心とするCPIのウエイトの約半分の品目では、当時も全く価格は引き上げられていない。トランプ効果で需給ギャップが改善しても、フィリップス曲線(縦軸にインフレ率、横軸に失業率)の水平化は著しく、物価上昇圧力はなかなか強まらない。

とはいえ、為替の物価への影響度合いは、従来より一段と強まっているのも事実だ。だから14年春に予想外のインフレ上昇となった。これは、ITデジタル家電の多くの生産が海外にシフトし、円安が進むと、食品やエネルギーだけでなく、家電の価格も上昇するためである。

かつてはITデジタル家電は物価を低下させる要因になっても上昇させることはなかったが、産業構造の変化で今では為替レートに大きく左右される。1ドル120円台後半までの円安が進むことを前提にすると、コアCPIは17年第4四半期には0.9%まで上昇が見込まれ、17年度は0.8 %(従来0.5%)、18年度は1.0%となる。上方修正は主にトランプノミクスによる円安効果である。

問題は、そうした輸入物価上昇によるインフレ上昇に対し、日本社会が悲鳴を上げるのではないか、ということだ。14年末に1ドル120円を超えると、円安に対し家計から強い反発が見られた。資材などの上昇もあって、輸出企業ですら120円台の為替レートを行き過ぎと捉えていた。これは実質為替レートで見ると 1970年代前半の水準まで円安が進んでいたことや、高齢化の進展で、むしろ円安のデメリットを被る家計の割合が増えていることがある。

インフレ醸成のために円安誘導を行っていた黒田東彦日銀総裁も15年6月には、1ドル125円を上回る円安をけん制せざるを得なくなっていた。安倍晋三首相が15年秋にアベノミクス第2ステージとして、旧3本の矢を撤回したのも、円安の弊害を強く認識するようになっていたためだ。

当面は、円安進展は産業界から歓迎されるだろうが、1ドル115円を超える頃から、円安への警戒が聞かれ始めるのではないか。すでに金融緩和はもう十分という風潮が醸成されている。金融界でも、金利水準をもう少し引き上げるべきという論調が多数である。1ドル120円を超えてくると、過度な円安の元凶として、日銀の金融政策がスケープゴートとされる可能性がある(新しい金融政策の枠組みには円安進展を増幅させるメカニズムが組み込まれているため、必ずしも濡れ衣とは言えないが)。

しかし、トランプノミクスがもたらすドル高円安を日本の政策当局者の力で修正することはできるだろうか。まさか円買い介入は実施しないと思われるが、円安けん制の口先介入が始まる可能性はある。

<日銀金融政策への影響、目先は追い風に>

それでは、日銀の金融政策はどうなるか。「追い風を待つ戦略」に転じた日銀にとって、足元ではトランプ氏の勝利は、思いがけない追い風となっている。

まず、新たな枠組みへの変更は、大幅な需給ギャップの悪化など、よほどのことがない限り、追加緩和は行われないというメッセージだった。それでも為替レートの先行きに対する不透明感から、早期の緩和観測は根強かった。

しかし、トランプノミクス効果への期待から米国の長期金利が大幅に上昇、ドル高が進んだことから、日銀の追加緩和の可能性が相当に小さいことが金融市場に織り込まれた。マーケットの関心は、米国経済の拡大による米長期金利上昇とドル高円安が続く中で、超長期金利の上昇をどこまで日銀が容認するのか、誘導目標とする10年金利の上昇をどの程度まで容認するのかということだろう。

日銀の「追い風を待つ戦略」は、ポジティブな総需要ショックやインフレショックが訪れた場合、10年金利をゼロに維持することで、ポジティブなショックを増幅させることを狙ったものである。上がるはずの10年金利を抑えることで、金融緩和効果が増幅される。

この時、20年金利や30年金利が上昇し、イールドカーブがスティープニングする可能性が高いが、よほど急激なものでなければ、政策効果の表れとして、日銀は基本的に歓迎する。10年金利の容認レンジについては、マイナス0.1%からプラス0.1%の20ベーシスポイント(bp)だと基本的には考えられているが、必ずしも上と下とではシンメトリックではないのかもしれない。

金利上昇圧力が強まるとそれを抑えるために国債購入額を増やす必要があるが、上限の容認レンジを多少広げれば、購入額を必ずしも増やす必要がないためである。また、20bpのレンジのままでは、国債マーケットから撤退する外資の業者が増えてくる恐れがある。上方サイドのレンジ拡大で、市場機能の不全を少しでも和らげようとするかもしれない。

一方、10年金利のターゲットそのものを引き上げると、継続的な引き上げ予想が生まれる恐れがある。そのことは民間金融機関の国債売却すなわち日銀の国債購入増にもつながる可能性がある。そもそも操作目標の引き締め方向への変更は、2%インフレ達成が見込まれることが条件と解釈されているため、少なくとも17年中はそうした事態になるとは予想していない。

仮に18年に1ドル130円台を超えるような円安加速が見られる場合、それを抑えるため、長期金利ターゲットの引き上げが検討されるだろうか。指し値オペの実行などで長期金利のコントローラビリティ(可制御性)が高いことを日銀は示そうとしているが、真にそれが試されるのは、米長期金利がさらに上昇し、円安が一段と加速する局面である。

すでに操作目標ではなくなったが、80兆円をめどとする国債購入額については、新しい枠組みでの金融調節に市場参加者が慣れてくれば、徐々に減額が行われると見られる。多くの人が認識している通り、10年金利をゼロに維持するために80兆円もの国債購入は不要である。それでも、国債購入額の減少が円高につながる偽薬効果を信じる人がいることを懸念し、購入額は維持されてきた。しかし、円安傾向が定着すれば、国債購入額の減額をいずれ開始するのではないか。あるいは、トランプ新大統領の誕生による米長期金利の大幅上昇が、日銀の目論見を破ることになるのだろうか。

ただ、やや長い目で見ると、日銀は追加緩和に踏み切らざるを得ないのだと考えられる。前述した通り、19年には米国経済は後退局面に入る可能性が高く、早ければ18年中に転機が訪れる。そうなれば、当然、米連邦準備理事会(FRB)は利上げではなく、利下げを進め、今度はそれが大幅なドル安円高をもたらす。1ドル90円、いや1ドル80円割れを回避するため、日銀はマイナス金利の深掘りを行うと見られる。

そもそも、日銀が新しい枠組みを導入したのは、将来の世界経済の後退局面入りに備え、限られた政策ツールをそれまで温存するためである。もちろん、日銀の追加緩和によって、円高進展が止められるのかは心許ない。良くて円高のスムージング程度にしかならない場合もあるだろう。このため、円高の悪影響を相殺するための役割は、追加財政になると思われる。

金融政策が機能不全となり、今後、安倍政権による大規模な追加財政が発動される可能性はないのか、海外投資家から質問を受けることが多い。ゼロ%の長期金利ターゲットの下で追加財政を発動することは、事実上のマネタイゼーションとなり、(将来の増税不安などで消費や投資が減退しない)非リカーディアン的な効果が得られると考える人が少なくない。

ただ、現状、日本経済は完全雇用であり、企業経営者にとり最大の問題は、需要不足ではなく、人手不足である。安倍首相の支持率が高いのも、労働需給の逼迫で、家計にとって失業が問題ではなくなっているためだ。

もちろん、米国経済が後退局面に入り、大幅な円高が訪れれば、悪影響を相殺するため、安倍首相は躊躇(ちゅうちょ)することなく大規模な追加財政を編成するだろうが、目先は追加財政が行われても、規模の小さいものにとどまると筆者は考えている。

*前編はこちら:トランプノミクスの「負の帰結」

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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