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コラム:コロナ禍の国力低下と円高リスクの関係=佐々木融氏

[東京 27日] - 先月の本コラムで、ドルの通貨としてのファンダメンタルズの悪化を指摘した。ドルの名目実効レートは引き続き下落トレンドを続けており、今後さらにドルの通貨としてのファンダメンタルズの弱さがクローズアップされてくるだろう。

 5月27日、先月の本コラムで、ドルの通貨としてのファンダメンタルズの悪化を指摘した。ドルの名目実効レートは引き続き下落トレンドを続けており、今後さらにドルの通貨としてのファンダメンタルズの弱さがクローズアップされてくるだろう。都内で2020年2月撮影(2021年 ロイター/Athit Perawongmetha)

一方で、年初来からの円の弱さも際立っている。ドルが弱いにもかかわらず、ドル/円相場が底堅いのは円が弱いからだ。円は2021年に入って、主要通貨の中で最弱通貨となっており、名目実効レートでは6%弱下落している。

<円キャリー取引が発生しにくい理由>

通常、世界経済が回復に向かい、投資家のリスクセンチメントが改善するという、リスクオンの時に円は弱い通貨となる。従って、現状のような環境で円が弱い通貨となること自体に、さほど違和感がない。だが、詳細を見ると、年初来の弱さは一時的な特殊要因による可能性が高く、むしろファンダメンタルズからは、長期的な円高再開リスクを警戒する必要があるように思える。

年初からの円安の程度に違和感を感じる理由は、第1に世界主要国との短期金利差が依然としてほとんどないという点だ。通常、「円キャリー・トレード」などといって、低金利通貨である円を売る一方、高金利通貨を買って金利差を稼ぐトレードを行う時の「金利差」は短期金利差のことを指す。

足元においてG10(主要10カ国)の中で2年物金利差が最も大きいノルウェーと日本の場合でも、0.5%ポイント程度しかなく、為替リスクを取ってまで狙いに行くような金利差ではない。

一方、長期金利差は拡大している。確かに日米長期金利差とドル/円相場の相関は今年に入ってから強まっているが、これは長期的かつ安定的に続くものではなく、投機筋主導の相場が続いていることを示唆している。

むしろ、各国とも短期金利が上がらず、長期金利が上昇している状態であることから、短期金利で調達して長期債に投資を行うことで十分な利益が得られる。つまり、米10年国債の金利水準は日本の投資家にとって魅力的だが、わざわざドルを買って米国債を買わなくても、低い米国の短期金利を支払ってドルを借りて米長期債に投資すれば、リターンは短期金利分だけ少なくなるが、為替リスクを避けられることからより魅力的となる。

また、証券投資、直接投資、経常収支から発生するフローを推計すると、今年は今のところ円買い超となっている。つまり、各国との金利差や実際のフローデータからみても、ここまでの円安の動きがうまく説明できない。

<円安要因に3つの資金フロー>

筆者は年初からの円安の背景には、1)投機筋による円ロングポジションから円ショートポジションへの転換、2)発表済みながらまだ統計に現れていない対外直接投資に絡むフロー、3)ワクチン購入代金の支払い──などが影響していたのではないかと見ている。

例えば、IMM(シカゴ・マーカンタイル取引所の国際通貨市場)を通じた投機的ポジションをみると、1月上旬の比較的高水準の円ロングポジションはその後一気に巻き戻され、3月末にむけて逆に円ショートポジションが積み上げられている。3カ月弱の期間でここまで多額の投機的ポジションによる円売りが行われたのは、過去10年間で3回しかない。今後、大型の対外直接投資案件が発表されるようなこともなければ、こうした年初来の円安に寄与してきたフローは、一時的に終わる可能性が高い。

むしろ、円のファンダメンタルズをみると、長期的にみて円高圧力が強まってくる可能性があるとみている。

<CPI格差と円高圧力>

コロナ禍によるダメージから徐々に回復してくる中で、世界各国のインフレ率は上昇している。他方、日本のインフレ率は依然としてマイナスとなっている。この結果、日本を除く先進国の消費者物価指数(CPI)の前年比の加重平均値と日本のCPI前年比の差は、2010年─2013年以来のレベルまで拡大してしまっている。

つまり、その他の国が国際金融危機(GFC、リーマンショック)から回復する中、インフレ率も相応に上昇してきた状況で、日本は相変わらずデフレに苦しみ、大幅な円高となった時と同じような事が起き始めている。日本のインフレ率が他国に比べて相対的に低いということは、円の価値が他国の通貨に対して上昇していることを意味する。

<コロナ禍で鮮明な日本経済の出遅れ>

新型コロナウィルスの感染拡大は、世界全体に対して同質の試練を、ある意味公平に、かつほぼ同時期に与えたという点で珍しい現象だった。そして、その禍に対するそれぞれの国の対応力の差が、様々な数値、言い換えれば成績として、明確に現れたという点でも、通常の地政学的リスクとは大きく異なる。

今回、日本はいつの間にか世界からかなり遅れをとった国になっていることが世界に対して明らかになってしまった。(コロナ前から気がついていた人も、多かったのかもしれないが)。世界の実質国内総生産(GDP)は既にコロナ禍前の水準を回復しているが、日本はまだ回復できていない。これもGFC後と同じ現象だ。

日本の力が弱いなら、円安になるのではないかと思われるかもしれない。しかし、円相場のメカニズムはそのようには働かない。経常赤字国の米国の通貨ドルと、経常黒字国の通貨円の間には、通常、多額のドル売り/円買いの実需がある。

しかし、日本が元気で経済に活力がある時には、そうした実需のドル売り/円買いを跳ね返すだけの対外投資フローが発生し、ドル/円相場を円安方向に押し上げる。一方、日本に元気がなく、経済の活力が失われてくると、跳ね返すだけのリスクも取れず、実需のドル売り/円買いに押されるがままに円高になる。

日本経済が相対的に弱くなってきた時に円は強くなるのが過去の経験則であり、それは経常黒字国・対外純債権国の宿命なのかもしれない。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

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