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コラム:日本の心配はデフレよりスタグフレーション=鈴木明彦氏

[東京 6日] - 政府の景気判断は少しずつ下方修正されているが、それでも「持ち直しの動きが続いている」という基本の判断は維持している。しかし、素直に現状を見れば、景気は足踏み状態が続いている。

 10月6日、政府の景気判断は少しずつ下方修正されているが、それでも「持ち直しの動きが続いている」という基本の判断は維持している。しかし、素直に現状を見れば、景気は足踏み状態が続いている。都内の量販店で2月撮影(2021年 ロイター/Issei Kato)

景気に敏感に連動する輸出や生産は、昨年5月を底に急速に持ち直していたが、昨年末から減速の動きが出ており、今年の春以降はならして見れば横ばいという状況だ。景気に遅行する設備投資が持ち直しているからといって、全体の景気が持ち直していると判断するのは無理がありそうだ。

足元では、半導体などの部品の不足が影響して自動車や家電などの生産減少が続いている。また、アジアを中心に新型コロナ感染による経済活動の制限が広がり、半導体以外の部品や材料の供給にも制約が出てきている。このため、日本からの輸出や生産全般に頭打ちの動きが広がっている。

7日に発表される8月の景気動向指数では「改善」の基調判断が維持されるはずだが、こうした状況が続くと、11月発表の9月の同指数では基調判断が「足踏み」に下方修正される可能性が高まる。

景気動向指数の基調判断は実際の景気の動きに数カ月遅れることを考えると、エコノミストはそれより前に判断を修正しておくのが常道だ。今月の月例経済報告では、さすがに政府も景気判断を「持ち直しの動きが一服」あるいは「足踏み」に変更してくるかもしれない。

<緊急事態の解除、経済効果は限定的>

一方、新型コロナウイルスの感染拡大傾向が落ち着いて、緊急事態宣言も解除されたことによって、外食や旅行などの対面型サービスで、さっそく盛り上がりを見せている。ワクチン接種がようやく進み、新規感染者もかなり減ってきていることもあって、人々の安心感が徐々に広がってきたようだ。

もっとも、緊急事態宣言が解除されたから、景気がよくなると考えるのは楽観的過ぎる。ワクチン接種によって免疫力が高まっても、感染がゼロになるわけではない。感染の第6波がいずれ起こることは想定しておかなければいけないし、来年以降の追加的なワクチン接種、治療薬の開発、医療施設やスタッフの拡充などやるべきことは多い。

また、リベンジ消費などと称して、消費活動が一気に拡大するかのような期待も一部にあるようだが、それは楽観的過ぎるだけでなく危うい。経済活動が一気に盛り上がって、感染がまた急拡大するようなことがあれば、せっかくのこれまでの努力が「水の泡」となってしまう。

緊急事態宣言の時に強烈に景気が下押しされたのは、昨年春の1回目の宣言時だ。新型コロナの感染拡大に直面して、世界の主要国でも経済活動がストップしてしまい、仕事や所得が減少する中で、景気は急激に悪化した。そこに感染防止のための緊急事態宣言による人流減少の影響が加わったのだから、景気が急速に悪化したのは当然だった。

これに対して、今年に入ってからの2回目以降の緊急事態宣言は、回を重ねるごとに、国民の間で宣言に対する慣れや嫌気が強まり、宣言に合わせて外出を控える動きも弱まってきた。感染抑制効果が弱まるということは、景気を下押しする影響も弱まったということだ。つまり、緊急事態宣言が解除されたからといって、景気が一気によくなることはない。

<経済対策の刺激効果に期待できない理由>

岸田文雄新内閣による大型の経済対策の景気浮揚効果への期待もある。しかし、岸田政権がまず取り組むべき課題は新型コロナの感染再拡大を防ぐこと、少なくとも第5波のような感染爆発を起こさないようにすることだ。

確かに、数十兆円規模の対策が策定されそうだが、その内容は感染抑制のための施策と、困っている企業や個人に対する社会保障的な支援が中心となろう。必要な対策ではあるとしても、景気を刺激する効果は期待できない。

もちろん、景気が悪化すれば支持率が低下する。経済を活性化させることが重要な課題という認識に変わりはない。しかし、今は安易な景気刺激策で感染爆発を起こすことをまず回避しなければならない。

「Go Toトラベル」再開に対する期待もあるが、これも感染拡大を引き起こすことが無いように、政府は慎重に対応するのではないか。岸田首相は「Go Toトラベル」の再開に前向きと言われている。すでに予算も取ってあるので、これを永久に中止したままというのは政治的にも難しいだろう。

しかし、大幅な割引を前面に押し出して申し込みを殺到させ、感染拡大をもたらす失敗は繰り返したくないはずだ。ワクチン接種証明や陰性証明を活用して、「Go Toトラベル」を慎重に再開することになりそうだ。

<景気にダウンサイドリスク>

今起こっている世界的な半導体の不足、あるいはアジア地域を中心にしたロックダウン(都市封鎖)の影響による材料や部品の不足といった供給面からの制約要因は、いずれ解消すると見込まれ、その時には反動の生産増加が起こることになる。しかし、その影響は一時的なものにとどまろう。

一方で、中国をはじめとして世界経済減速の動きが広がっている。こちらは需要面から成長を減速させる要因となる。コロナショックによる落ち込みからの急速な回復は終わり、世界経済の成長ペースが落ちてきている。また、原材料価格の高騰によって消費者物価にまでインフレが広がっていることも、世界需要の伸び悩みをもたらす。

世界経済が減速してくれば、日本からの輸出や生産を下押しする要因となってくる。すでに足踏み状態となっている日本の景気も、残念ながら、下を向く可能性が出てきていることに注意が必要だ。

<政策要因で演出される日本のデフレ>

一方、物価については相変わらず「しつこいデフレ」が続いているという評価が一般的だ。原材料価格が世界的に上がっており、米国では消費者物価も上昇して、米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和の縮小を検討し始めているのに対して、日本では川上部門の物価は米国同様上昇しているが、川下の消費者物価が上がらない状況が続く。

全国の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)は、今年7月まで12カ月連続で前年同月比で低下した後、8月は横ばいだった。新型コロナの感染拡大が収束してくれば、次はデフレ脱却を何とかしなければいけないという意見が強まることになろう。

しかし、日本の物価は上がらないのではなく、上りにくいだけだ。そこに政策による一部品目の価格急落が加わって、表面上デフレが演出されている。最近の政府の対策は、幼児教育の無償化や「Go Toトラベル」による宿泊費の引き下げなど、物価の押し下げに寄与した対応が多い。

今は、純粋に政策とは言えないが政府の強い意向を受けた今年4月からの携帯通信料金の引き下げが消費者物価を前年比1%ポイント程度押し下げている。こうした政策等の要因を除いたベースでの消費者物価上昇率を内閣府が発表しているが、それによると7月は0.9%上昇している。

<増えない所得と上がり出す物価>

こうした政策等の要因による消費者物価押し下げの影響は、1年たてば消えてくる。その時には、日本の物価も実は上昇しているということになる。

表面的には2%の物価目標を達成できないのだからデフレ脱却が重要課題ということになるが、実は緩やかでも物価が上がっているのであれば、所得が増えない日本で注意しないといけないのは、スタグフレーションのようだ。

景気は緩やかながらも持ち直しが続くという楽観的な見通しも問題だが、日本の物価は上がらないという思い込みも危険だ。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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