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コラム:市場期待先行のトランプノミクス=加藤隆俊氏
2016年11月21日 / 04:03 / 1年後

コラム:市場期待先行のトランプノミクス=加藤隆俊氏

[東京 21日] - 今回の米大統領選・議会選で完敗したヒラリー・クリントン民主党陣営と、6月の英国民投票で欧州連合(EU)離脱選択を招いたデービッド・キャメロン前英政権には、「共通する敗因」の存在を指摘できよう。

やや抽象的な言い回しになるが、それはグローバル化や自由貿易促進の便益を感じられない人々に有効な打開策を示せなかったということだろう。特に民主党は、伝統的には貧困層をターゲットにした福祉政策を説いてきたこともあり、本来ならばそうした層こそ支持層の重要な一角だったはずだ。

ところが、今回の選挙ではむしろ実業家のドナルド・トランプ氏を大統領候補に掲げた共和党陣営に、「労働者の味方」というお株を奪われる格好となり、ペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンなど民主党が伝統的に強かった工業地帯の州で軒並み敗北を喫することになった(また、工業州ではあるものの、毎回最後までもつれたオハイオ州でも、比較的早くトランプ氏の勝利が確定した)。

伝統に頼らない戦い方をするならば、2008年選挙のバラク・オバマ現大統領のように、変化を求める層に効果的に訴えることができれば良かったが、それも不十分だった。ハンディのある境遇からハーバード大学に進学し、若くして上院議員となり国を変えようとしたオバマ氏に比べて、元ファーストレディーで元国務長官のクリントン氏は安定感こそあれ変化とは逆方向の存在だった。

一方、トランプ氏は安心感とは程遠い存在だが、1人でワシントンに乗り込んで政治を変えてみせるという一匹狼的な姿勢が、「この人に賭けてみよう」という気持ちに少なからぬ数の米国人をさせたのかもしれない。

いずれにせよ、報道によれば、有権者数は4年前に比べ1000万人以上増加したにもかかわらず、クリントン氏の得票数は前回2012年選挙のオバマ氏に比べ300万票程度下回ったようだ。もっとも、トランプ氏の得票数も前回の共和党候補ミット・ロムニー氏とほぼ同じだった。要するに、今回の選挙はどちらかと言えば、トランプ氏の勝利というよりも、クリントン氏の敗北なのだろう。

<市場は楽観方向に先走り過ぎ>

さて、予想外のトランプ氏の勝利を受け、大統領選開票中の9日の東京市場ではドル安(円高)・株安・債券高(金利安)となったものの、欧米市場に移ってからはドル高(円安)・株高・債券安(金利高)のリスクオン相場に転じた。

選挙戦以前はトランプ氏勝利でリスクオフになるとの見立てが主流だった(私もそう見ていた)が、視界不良のトランプリスクをとりあえず脇に置いて、同氏が選挙公約に掲げた拡張的な財政政策に着目すれば、こうした相場の値動きも正当化されるのだろう。

確かに、一部の識者が指摘しているように、トランプ氏の経済政策案は、当初ドル高を招いた1980年代のレーガン政権の政策(レーガノミクス)を彷彿させるものが多い。最適な税率設定で最大の税収が得られるとする「ラッファー曲線」などを根拠に、当時のレーガン政権は大規模な減税を伴う財政緩和を実行した。結局、ラッファー曲線の正当性は実証されず、レーガノミクスは「双子の赤字(財政赤字と経常赤字)」拡大を招いたが、1980年代に雇用や経済成長率が大きく回復したのは事実である。

そして、双子の赤字拡大は米金利上昇とドル資産需要の高まりを通じて、当初は急速なドル高をもたらした。やがてドル高の負担に耐えられなくなった米国の主唱で、1985年にドル相場押し下げを狙ったプラザ合意に至ったことはよく知られている経緯である。

では、この教訓は何かと言えば、「減税と歳出増の組合せによる景気刺激」は成長の押し上げには寄与するものの、その結果としてのドル高持続はいずれ保護主義の高まりをもたらすということだ。しかも、為替市場が当時よりはるかに大きくなっていることを考えれば、今回は主要国当局が特定の目標水準を設定し、協調介入してドルを押し下げるというプラザ合意的な方向は難しいだろう。できることは恐らく口先介入などに限られている。それが効果を発揮するかはそのときの当局の信認度合いにかかっていると言えよう。

目先においても、トランプ氏が財政出動を含めて本当に公約を実行するか分からない状況下で、市場は先走っているわけであり、次期政権関係者から少しでも逆方向のシグナルが発せられれば、大きな巻き戻しが発生する可能性もある。

とどのつまり、現局面で重要なことは、トランプ次期政権が公約通りに財政拡張路線を取るのか見極めることだ。その意味で、財務長官に誰を据えるのかは大きな判断材料となろう。大統領直属の国家経済会議(NEC)も存続するならば、その委員長が誰になるかも重要だ。

併せて、市場のリスクテークに大きな影響を与える金融規制改革法(ドッド・フランク法)について、トランプ氏は廃止ないしは見直しの意向を示しているが、ドッド・フランク法は、リーマンショックに至る金融機関の過度なリスクテークが世界的な金融危機と不況を招いた猛省から生まれたものだ。そう簡単に、金融機関に対する政治的な風当りがなお強い中で議会が金融規制の大幅な巻き戻しに応じるだろうか。

<適度な米財政拡張は現下の世界経済に好都合>

ただし、米国の拡張的な財政政策は程度の問題こそあれ、短期的には必ずしも世界経済にとって悪くない話かもしれない。

世界経済が現在直面している最大の問題は、需要不足であるとみられている。中国経済が鈍化する中で、米国経済の単発エンジンが支えている状況だ。その米国は、リーマンショック後の長期にわたる景気拡大で財政赤字が縮小しており、主要国の中では、財政拡張余力が一番大きいと言えよう。公約通りトランプ政権がインフラ投資を拡大させるならば、長期の投資計画を用意し、毎年の景気状況に合わせてファインチューニングしていくような手法が望ましい。

ちなみに、米財政緩和がドル高を招けば、巨額のドル建て債務を抱える新興国経済が、急激な資金流出や外貨借り入れ返済負担増を通じ、大きな打撃を受けるリスクがある。その一方で米国の財政刺激により米景気が良くなることで時間差はあるものの米国向けの輸出が増える可能性もある。

<トランプ次期政権の貿易政策>

最後に、環太平洋連携協定(TPP)について言い添えれば、仮にトランプ氏が公約通り撤退を表明することになれば、日本はそれに代わるものを築いていく必要がある。その場合には例えば、中国・韓国・オセアニア諸国・東南アジア諸国・インドを含めた東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は、TPPに比べて内容面では低位の自由化要件で構成されるとしても、参加国の経済圏の大きさで言えばTPPに勝るとも劣らない。

もちろん、日本にとって最善のシナリオは、相互依存関係の強い米国を含む自由貿易協定の推進である。アジア太平洋地域への米国の経済的関わりの度合い次第で、地域の安全保障も大きく変わってしまうからだ。差し当たっては粘り強く米国を含むアジア太平洋地域の自由貿易圏を目指すことを米国をはじめ関係国に働き掛けることではないか。日本はこれまで以上に、アジアと米国の接着剤としての役割を果たしていく必要がある。

*加藤隆俊氏は、元財務官(1995─97年)。米プリンストン大学客員教授などを経て、2004─09年国際通貨基金(IMF)副専務理事。10年から公益財団法人国際金融情報センター理事長。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、加藤隆俊氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

(聞き手:麻生祐司)

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