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コラム:日米通商摩擦回避の手だて=加藤隆俊氏
2017年2月3日 / 04:25 / 10ヶ月前

コラム:日米通商摩擦回避の手だて=加藤隆俊氏

[東京 3日] - 懸念されていたように、トランプ米大統領は1月31日、為替問題に言及し、通貨安誘導を行っているとして、中国と並んで日本を批判した。日本政府はすぐさま「批判はあたらない」(安倍晋三首相)と反論したが、10日に予定される日米首脳会談では、ドル高の背景にある国際マクロ経済情勢についても、根気強く説明する必要があろう。

不動産業出身のトランプ大統領は、恐らくは目に見えるものを重視し、マネーの流れで、例えば為替水準が決まることを皮膚感覚で理解していない可能性が高い。

誰が入れ知恵したのかは分からないが、経常収支赤字国である米国の通貨は弱くなるはずなのにこれほど強いのは、取引相手国が為替操作をしているからに違いないという発想にとらわれているのではないか。日本側としては、為替介入を一切行っていない点、日銀の金融緩和はデフレ脱却を目指したものである点を、改めて強調すると同時に、ドル高の背景にある米国側の経済的要因も十分に説明しなければならない。

端的に言えば、ドル高は、米国経済が相対的に好調であるがゆえだ。また、トランプ政権が景気刺激的な経済政策を志向するのではないかとの市場の期待が、成長率・インフレ率の上昇見通し、米連邦準備理事会(FRB)の継続利上げ観測につながり、それが米国への資本流入を加速させ、ドル高に大きく作用している点も理解してもらう必要がある。

10日の日米首脳会談では、米国が離脱を表明した環太平洋連携協定(TPP)に関する話題や為替水準、あるいは自動車など特定産業セクターの問題など個別論に深入りするよりも今後の日米協議の枠組みに関し意見のすり合わせを行うことが建設的ではないか。また、日本からの新たな対米投資の協力分野を具体的に言及することも日米協議を前向きにする上で有益ではないか。

<保護主義加速ならドル信認にダメージも>

それにしても、トランプ政権の政策には私も憂慮を禁じ得ない。世界貿易機関(WTO)のルールを無視したような一方的な関税引き上げとも解釈できる国境税への言及、国際連合を軽視するような発言は、二度の大戦の反省から戦後70年以上をかけて形作ってきた国際ガバナンスシステムの「ちゃぶ台返し」にもつながりかねない。

さすがにトランプ政権も実際にはそこまで極端な自国優先の保護主義を志向していないと思いたいが、仮に米国が20カ国・地域(G20)の合意に背く保護主義措置の導入を連発するようなことになれば、基軸通貨ドルの信認を著しく損ねることにもつながり、国際金融市場の大混乱が予想される。

現状ではドル基軸通貨体制に代わる国際通貨システムが存在しない以上、地域ごとにどのような補完の仕組みがあり得るのか、人民元や円、ユーロなどを中心に、その準備通貨としての役割に改めて関心が向けられることも考えられる。極端な場合、中国で最近報道されているようにビットコイン的なバーチャル通貨への関心が一層高まり、普及の波が広がることもあり得る。

1971年のニクソン・ショック(ドルと金の兌換停止)のような突発的な衝撃が起こらずとも、米保護主義政策に起因するドル流動性への信認の低下を通じて、じわじわと混乱が広がるリスクには注意が必要だ。

ちなみに、トランプ政権の保護主義政策に歯止めがかかるとすれば、経済的成果が得られず、民意に基づく政治的圧力によって軌道修正が図られるケースだが、次の議会選挙(中間選挙)は来年秋であり、まだ時間がある。

最終的には、高関税に象徴されるように、保護主義的通商政策の行き着く先は高コスト化であり、潜在成長率の低下だが、手っ取り早く実行に移しやすい大型減税を打つなどして、目先の景気浮揚を演出できれば、しばらくの間、そうした負の側面を覆い隠し、保護主義路線を継続できる可能性はある。

トランプ政権としては、保護主義政策を追求してみて実際にどれだけリパーカッション(影響)があるか見極め、そこで改めて進むべき道を考えるということなのかもしれないが、リーマン・ショック後、低成長が続く世界経済がそのような破壊的実験に耐えられるとは思えない。1月のダボス会議で、中国の習近平国家主席がグローバリゼーションに肯定的な発言をし、米国の保護主義に釘(くぎ)を刺したのも、そうした危機感の表れだろう。

なお、保護主義について心配なのは、独仏蘭などで選挙が相次ぐ欧州の政治リスクもさることながら、トランプ政権が最初に攻撃の矛先を向けたメキシコで、故チャベス・ベネズエラ大統領のような対米強硬派が国政を握ることだ。実際、反米路線で知られるメキシコ左派野党リーダー、オブラドール氏は来年予定される大統領選の有力候補の一人と言われる。保護主義の連鎖が、世界経済の縮小を招くリスクには警戒が必要だ。

<新TPPより日米交渉優先が現実的>

こうした中、同じ民主主義・資本主義の価値観・理念を共有し、欧州諸国に比べれば政治的にも比較的安定している日本には、米国の保護主義化の切先(きっさき)を建設的にかわす役回りが国際社会から一層求められるようになるのではないか。

一部には米国のTPP離脱を受けて、米国抜きのTPPを進めるべきとの声もあるようだが、現実的な選択肢とは思えない。米国を除く11カ国が足並みをそろえて、新条約の早期発効にこぎ着けられれば良いが、実際には再交渉にかなりのエネルギーと時間をとられる可能性が高い。

また、そもそもTPPの大きな存在意義は、日米という2つの経済大国が加盟していることだった。日本はメキシコやオーストラリアなど多数のTPP構成国とすでに二国間の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を結んでいる。オバマ前政権が主導してきたTPPの交渉経緯を考えれば、いきなり二国間交渉に舵を切るというトランプ新政権の身勝手な行動に得心がいかないのは理解できるが、ここは残った国で無理に話を進めるよりも、米国との交渉に注力するのが現実を見据えた戦略かもしれない。

恐らく米国は、他国とのFTAのテンプレート(ひな型)とすべく、日米FTA交渉を急ぐはずだ。トランプ政権は、中間選挙をにらんで、来夏までには何らかの経済的成果を示す必要があり、前のめりで仕掛けてくることだろう。日本側は、そのペースにのまれて対立姿勢を打ち出すのではなく、政策助言や協力姿勢をむしろ前面に出し、なだめる側に回るべきではなかろうか。

例えば、米国が巨額のインフラ投資計画に本当に乗り出すのならば、インフラ債に連邦政府保証を付けることなどを条件に、日本の政府系金融機関や年金がある程度引き受けるといった協力関係も検討できるのかもしれない。

ところで、通商問題について補足すれば、私は全て二国間交渉で行うべきと言っているわけではない。中印を含む東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日欧EPAも進めるべきだと考えている。ただし、現実問題、欧州は政治の季節に突入しており、EPA締結のハードルは高い。また、交渉国の経済発展段階が大きく異なるRCEPは、内容的にどこまで高められるのか、不透明な部分は多いだろう。

*加藤隆俊氏は、元財務官(1995─97年)。米プリンストン大学客員教授などを経て、2004─09年国際通貨基金(IMF)副専務理事。10年から公益財団法人国際金融情報センター理事長。

*本稿は、加藤隆俊氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

(聞き手:麻生祐司)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

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