September 20, 2016 / 1:37 AM / 2 years ago

コラム:世界経済揺さぶる「政治リスク」=加藤隆俊氏

[東京 20日] - いまひとつ霧の晴れない世界経済だが、英国の欧州連合(EU)離脱ショックもひとまず沈静化し、経済問題に起因する深刻なリセッション入りの心配は当面無用だろう。ただ、海外政治情勢に目を向ければ、現時点の想定を足元から突き崩すような問題がこの先、いくつも頭を並べている。

最も大きな心配の種は、11月の米大統領選挙だ。主要世論調査における、ヒラリー・クリントン民主党候補とドナルド・トランプ共和党候補の支持率は最近、ほぼ拮抗している。想定外の出来事が起こり得ることは、英国民投票でのEU離脱選択(ブレグジット・ショック)で証明済みだ。仮にトランプ米大統領が誕生すれば、各国・各地域の安全保障を根底から揺さぶるとともに、保護貿易主義の台頭懸念を一気に高める恐れがある。そうした不透明性を背景に、金融市場が比較的長期にわたって激しく動揺する可能性は否めない。

もう1つの大きな懸念は、欧州の政治情勢である。ブレグジット・ショックよりも心配なのは、英国民投票結果を受けて、反EU機運が欧州各地に広がりつつあることだ。オランダでは極右政党が支持を伸ばしており、来年3月に予定される総選挙で勝利すれば、EU離脱の是非を問う国民投票を実施する考えを示している。

イタリアでも反体制派の「五つ星運動」が躍進し、レンツィ政権を揺さぶっている。レンツィ首相は、上院改革に関連する憲法改正の是非を問う国民投票を年内に行い、否決されれば退陣すると明言しているが、仮に政局混乱の末に反体制派が国政を握ればEU離脱を問う国民投票が同国でも実施されないとも限らない。来年、EUでは春にフランス大統領選挙、秋にドイツ連邦議会選挙も予定されている。ドミノ倒し的に反EU機運が勢いづかないか、注意深く見守る必要がある。

また、トルコやシリア、イラク、イエメンなどの政治情勢も気掛かりだ。米国とロシアの対立、過激派組織「イスラム国(IS)」の出方によっては、サウジアラビアやイラン、イスラエルも巻き込んで中東情勢の一層の混迷も懸念される。アジアに目を向けても、中国の海洋進出や北朝鮮問題など地政学リスクは枚挙にいとまがない。

9月4―5日に中国・杭州で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議のコミュニケでは、世界経済の下方リスクの理由の1つとして「金融市場における潜在的変動」が挙げられたが、上記のような政治・地政学リスクが潜在的変動のトリガーとなる可能性には警戒が必要だろう。

<難局に直面する米FRBの選択肢>

こうした世界情勢の下、特に難しい政策のかじ取りを迫られているのが米連邦準備理事会(FRB)だ。恐らく米当局者は2010年以降の景気回復・拡大局面がかなり長期化しているので、どこかの時点でリセッションに向かい始める可能性を強く意識し始めているのではないか。ならば、できるだけ早く政策金利を引き上げて、金融政策正常化へと大きくステップを踏んでおきたいという気持ちも強いはずだ。

9月20―21日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で実施されるかどうかは別として、個人的には、追加利上げの機は熟しているように思える。製造業やサービス業関連のサーベイ指標は弱いが、これまで利上げを躊躇(ちゅうちょ)させてきた大きな要因の1つだった労働市場はかなり回復が進んでいる。

8月雇用統計の非農業部門雇用者数は前月比15.1万人増と予想の18万人増に比べれば弱かったものの、直近3カ月の平均増加幅は23万人強と及第点に十分に届いている。インフレ率にしても、原油安効果の剥落に伴い2%目標に向けて今後上昇していく展開が予想される。

ただ、重要なのは、利上げをするにしても、どのようなメッセージを同時に出すかだ。昨年12月に約10年ぶりの利上げに踏み切った際には、FOMCは2016年に0.25%の利上げを4回実施するという、ややタカ派寄りの見通しを示した。これが世界の金利・為替動向にも影響を及ぼした。

米景気が近く下方局面に向かう可能性があることも踏まえれば、利上げペースは極めて緩やかとなる見通しを示す必要があろう。自国景気の腰折れのみならず新興国経済の混乱を招くことで、世界経済の下方リスクを顕現化させないためにも、利上げを行う場合は、先行きについてはハト派寄りのスタンスが好ましい。

<日銀追加緩和は本当に必要か>

最後に日本について言い添えれば、有効求人倍率がバブル期並みの1.37倍(7月)に達し、プラス成長を維持しているマクロ経済環境下で、追加金融緩和が果たして必要なのか、あらためて検証すべきだ。その意味で、日銀が9月20―21日の金融政策決定会合で行うとしている「総括的な検証」には期待している。

事前報道では、主な検証項目として、2%の物価安定目標を達成できていない理由やマイナス金利政策の効果と影響などが挙げられているが、物価の安定という日銀の使命を果たすために、立ち止まって反芻(はんすう)し、必要な政策修正を行ってもらいたい。場合によっては、「2年で2%」の2年を取り払うなどの見直しが必要だろう。

また、サプライズ戦略が逆効果を招くケースが増えていたことに鑑みて、市場との対話を従来以上に重視すべきだ。9月初旬の正副総裁講演で、検証内容の予告とも言えるメッセージが多数発せられたことは評価できる。例えば黒田東彦日銀総裁は講演で、イールドカーブがフラット化し過ぎた点を率直に認めていたが、その後、長期金利が上昇したのは期待で誘導する政策効果と捉えることもできよう。局面ごとにメッセージを出し、市場の期待を誘導する方向に日銀のコミュニケーション戦略はすでに変わり始めているのかもしれない。

ただ、かねて述べている通り、日本経済再生のカギを握るのは成長戦略だ。金融政策は時間を稼ぐ役回りであり、このあたりでそろそろ過度の期待と決別する必要がある。

黒田総裁が目指す実質金利の引き下げのためには、自然利子率(≒潜在成長率)が上がることが望ましい。現在、この自然利子率が下がり過ぎていることが日米共通の問題と言われている。

自然利子率の引き上げは、政府の仕事である部分が大きい。むろん、安倍政権もそのことを理解しており、成長戦略に関連する様々な会議体を立ち上げ、フィンテックやAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)など新たなイノベーションの可能性を議論している。それはそれでよいのだが、加えて、労働力人口の減少傾向が続いている事実を重く捉え、働き手をもっと増やすことを成長戦略の正面に据えて、政策対応を行うべきではないかと思う。外国人労働者への門戸拡大は重要な検討課題ではないか。

また、ブレグジットの結果、ロンドンから市場の一部機能が海外に流れ出るのは目に見えている。国際決済銀行(BIS)が3年ごとに公表している世界の外国為替取引調査によれば、取引額に占める東京市場のシェアは、前回2013年の4位から2016年は5位に後退した(首位は英国、2位・米国、3位・シンガポール、4位・香港)。

東京市場は、残念ながら、日本関連の取引ばかりを扱うローカル市場の色彩が強まっているように思える。いま一度、アジアの金融センターになるという目標を思い起こし、必要な施策を打つことも検討すべきではないか。

*加藤隆俊氏は、元財務官(1995─97年)。米プリンストン大学客員教授などを経て、2004─09年国際通貨基金(IMF)副専務理事。10年から公益財団法人国際金融情報センター理事長。

*本稿は、加藤隆俊氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

(聞き手:麻生祐司)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

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