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コラム:ドラギ総裁が答えない政策正常化「2つの難題」=井上哲也氏
2017年10月30日 / 00:49 / 20日後

コラム:ドラギ総裁が答えない政策正常化「2つの難題」=井上哲也氏

[東京 30日] - 欧州中央銀行(ECB)は10月の政策理事会で、資産買い入れ規模を来年1月から9月末まで月額300億ユーロに半減することを決めた。ECBが欧州債務危機後の低成長・低インフレに対して2014年から続けてきた量的緩和は大きな転機を迎えた。

もっとも、ユーロ圏でも景気が拡大してもインフレ率はなかなか2%目標に到達しないだけでなく、事業法人と金融機関の双方でバランスシート調整が思うように進んでいない。また、一部の国では高水準の財政赤字や不良債権の高止まりといった構造問題も残存している。

このためECBも、現在の景気拡大や物価の緩やかな上昇に関しては、自律的な動きばかりでなく、緩和的な金融政策によって支えられている面も強いとの理解を繰り返し示してきた。

こうした理解を背景に、ECBが今回決定した量的緩和の縮小には、さまざまな留保条件が付加されていることが特徴である。減額したペースでの資産買い入れを少なくとも来年9月までは継続することを約束しただけではない。経済見通しが悪化したりインフレ目標の達成と整合的でない金融環境が出現したりすれば、継続期間や買い入れ規模の点で再び強化するとの考えを示している。

また、利上げやECBのバランスシート調整といった次の段階の「正常化」についても、量的緩和の終了からかなり後に開始すると約束している。

このように「正常化」と言っても極めて慎重なやり方が採用されたことに加えて、ドラギECB総裁も政策理事会後の記者会見で慎重なスタンスを強調しただけに、金融政策の歴史的転換という割にはユーロ相場や長期金利の反応は抑制的だった。

9月の政策理事会の議事要旨が示唆するように、ECBが市場の反応を強く警戒していたことを考えれば、市場との対話はECBの意図通りになっているわけである。

<「全く議論していない」発言の真意>

しかし、ECBが「正常化」にこれだけ丁寧に取り組んでいる割には、2つの重要な要素を決めていない。

第1の要素は今後の資産買い入れの構成である。ECBは資産買い入れを公共債(国債・国際機関債)と社債へと振り分ける際の考え方をこれまでも明らかにしていなかったが、市場は買い入れ実績のデータをもとに、おおむね5対1の比率であると理解していた。ただ、資産買い入れが減額される来年1月以降については本稿の執筆時点(10月末)で何も明らかにされていないだけでなく、ドラギ総裁は10月の政策理事会でこの点を全く議論しなかったと説明した。

第2の要素は金融政策の「正常化」の順番である。先行する米連邦準備理事会(FRB)は、量的緩和の縮小・停止、利上げ、買い入れた資産の削減という順番で金融政策の「正常化」を進めているだけでなく、こうした方針を「正常化」の着手にはるかに先立つ2011年6月の時点で最初に公表し、その後改訂を繰り返してきた。

これに対しECBは、これまで「正常化」の順番に関する方針を示していないだけでなく、ドラギ総裁はこの点に関しても10月政策理事会で全く議論しなかったと説明したのだ

なぜ、ドラギ総裁はこれら2点について「全く議論しなかった」と繰り返したのだろうか。

まず、資産買い入れの構成を事前に明らかにしないことには、実際の運営に係る柔軟性を最大限確保しようとするECBの意向が反映しているとみられる。

例えば、経済規模に比べて発行残高が相対的に小さいドイツ国債の場合、ECBによる国債の保有比率は約4割に達したとみられる(昨年末時点での日銀と大きく変わらない)。減額するとはいえ来年初以降も買い入れを続ければ、円滑な買い入れの継続がどこかで難しくなるリスクがある。

万が一、景気や物価の展開が思わしくなく、来年10月以降も買い入れを継続する展開となれば、そうしたリスクは一層高まる。その意味でECBにとって資産買い入れに占める社債のウエートを柔軟に増やすといった選択肢を残すことの意味は大きい。実はこの点こそが、今回の政策理事会後の記者会見でドラギ総裁が強調した、資産買い入れの枠組みが持つ柔軟性そのものなのだろう。

<正常化の順番はコンセンサスなしか>

他方、「正常化」の順番を明らかにしないのは、単に政策理事会でコンセンサスが成立していないことの反映にすぎない可能性がある。量的緩和に伴い大量の資産を保有する中央銀行が、金融市場に過度なストレスをかけずに資産を削減するには相応の時間を要する。その間に景気や物価が回復した場合も、保有資産の削減を調節することで最適な金融引き締めを実現することは実務的にかなり難しいとみられる。

従って、こうしたケースで最初に利上げを活用することには合理性がある。もちろん、こうした議論が成り立つためには、大量の保有資産の裏側として巨額の超過準備が残存する下でも、利上げによって市場金利をコントロールし得る必要があるが、FRBは超過準備に対して付利を行うことで問題を克服している。「正常化」の次の段階として利上げを位置付けることは一般的な考え方であるように見える。にもかかわらず、ECBの政策理事会でコンセンサスが得られないとすれば、原因は何に求めるべきだろうか。

例えば、ECBは大量の超過準備の下で市場金利をコントロールし得るとしても、そうした状況はできるだけ早期に解消すべきという主張が考えられる。こうした主張は、超過準備の存在が資産価格の過度な上昇をもたらすリスクがあるとの考えに裏打ちされている。

また、超過準備自体の存在よりも、ECBが保有する大量の国債を問題視する主張も考えられ、その背景には当該国の財政規律の弛緩を招くことへの懸念がある。

一方、ユーロ圏の場合にはこれらと正反対のロジックによる主張も可能だ。つまり、金融システムや財政状況に脆弱性を有する国々にとっては、短期金利の引き上げよりも、保有資産の圧縮を先行させることに伴う長期金利の上昇を含むストレスの方がより深刻な問題となるリスクがある。

このように、ECBが量的緩和の縮小に歩みを進める中でも2つの重要な要件(資産買い入れの構成と今後の「正常化」の順序)を明らかにしなかったことには、ユーロ圏で量的緩和を実施することに伴うさまざまな課題が関与している。

ECBが量的緩和について規模の縮小という転換点を迎えたことは祝福されるべきであるが、今後の「正常化」の道のりは決して単純でも平坦でもなさそうに見えてならない。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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