December 28, 2017 / 2:16 AM / 24 days ago

コラム:「晴れの間に屋根を直す」欧州通貨基金構想=井上哲也氏

[東京 28日] - 12月中旬の欧州連合(EU)首脳会議は、英国のEU離脱(ブレグジット)交渉の前進を示す合意(移行期間や将来の通商関係を協議する第2段階入り)に注目が集まったが、ユーロ圏諸国によって同時に開催された首脳会議でも、域内経済の統合に向けた動きを再強化するという重要なテーマが取り上げられた。

ユーロ圏の政府や国際機関は2010年以降、債務危機とその後の景気停滞への対応に追われた。しかし、この数年は、実体経済や金融システムが安定を回復するなか、残された構造問題の解決や次の危機への備えを強化する上で、道半ばの状態にある経済統合を完成に向けて再び推進すべきとの議論が高まった。

契機となったのは、2015年5月に欧州委員会や欧州中央銀行(ECB)などが共同で「欧州の金融統合の完成」と題する報告書(Five Presidents Report)を公表し、統合強化の必要性や残された課題を包括的に提示したことだった。

こうした動きは、ブレグジットが決まった2016年6月の英国民投票を機に欧州大陸でも反EUの政治勢力が力を得たことで、むしろ経済統合のメリットを高めることがEUあるいはユーロ圏の基盤の安定化につながるとの考え方にもサポートされているようだ。加えて、フランスでEUの統合強化を公約としたマクロン氏が大統領に選出され、ともにEUを支える存在であるドイツのメルケル首相と大きな方向性が一致したことも後押しになっている。

欧州委員会はこれらの追い風のなかで、2017年1月に「欧州の将来に関する白書」、6月には「EUの金融に関する討議書」を相次いで発表しつつコンセンサス形成を図った後、12月初頭には財政、金融、資本市場の3分野について、具体的な課題とその達成目標を明示した「ロードマップと提案」を提示し、冒頭に述べた今回のユーロ圏首脳会議で討議したわけである。

<欧州安定メカニズムを改組、銀行同盟も後押し>

欧州通貨基金の設立はこうした提案の柱の1つとして提示されたが、その趣旨はいうまでもなく危機対策の強化にある。

欧州では、債務危機に瀕したギリシャなどを救済するためにEUが緊急避難的に設立した欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の役割を継承する形で、2012年に欧州安定メカニズム(ESM)がユーロ圏諸国の共同出資の形で作られた。ESMはギリシャやキプロスの財政支援、スペインによる銀行への資本注入の支援で成果をあげたが、協定による組織であるため全会一致での意思決定が原則であるほか、参加国が脱退するリスクが残り、しかもEUに対する説明責任にも不明確な点が残るといった問題が指摘されてきた。

このため、ESMをEU条約に基づく国際機関に格上げして基盤を強化しつつ、多数決の活用による迅速な意思決定や、EUによるガバナンスや説明責任の明確化を図ることを目指し、ESMを欧州通貨基金(EMF)に改組することが今回の趣旨である。

EMFが担う機能のうち、危機に陥った域内国の政府に対して欧州委員会やECBによる経済プログラムの実施を条件に財政支援を行ったり、銀行への資本注入を直接ないし当該国経由で行ったりするという点はESMと変わらない。また、EMFが加盟国の出資を元に必要な資金を資本市場から調達する枠組み(最大5000億ユーロ)も同様である。

ただし、EMFには、EUの単一破綻処理基金(SRF)に資金不足が生じた場合にクレジットラインや債務保証の形で最大600億ユーロ規模のバックストップ(安全装置)を提供するという新たな機能を付与することも提案されている。SRFは、いわゆる銀行同盟の一環として金融機関の破綻処理において必要な資金の一部を供与するものであるが、2016年の設立後8年程度をかけて民間資金によって基金を積み上げる枠組みであるため、この間に大規模な銀行破綻が生じた場合に資金不足に陥るリスクが指摘されていた。EMFの新機能はこの問題に対応するものであり、その意味では銀行同盟の推進の面からも欧州統合の強化に寄与することになる。

今回のユーロ圏首脳会議については現時点でコミュニケなども公表されていないが、各種の報道によればEMFの設立に向けた取り組みを進めることへの基本合意は成立したようだ。先に見た欧州委員会のロードマップによれば、今後は、2018年6月の欧州理事会で詳細な内容に合意した後、立法作業と2019年3月の欧州議会での採決を経て、ESMの改組の形でEMFが設立される見通しとなっている。

<欧州経済が好調なうちに政策枠組みを修正>

もちろん、EMFが直接に対応できる課題は残念ながら多くない。つまり、欧州には高水準の政府債務を抱えた国があり、そのままショックに直面すれば債務危機に陥る。また、事業法人のバランスシート調整が遅延している結果、そうした危機が増幅するリスクの高い国も散見される。EMFが対応できるのは危機に陥った後であるが、そもそも危機を予防する上では域内国の財政規律を一層強化することが求められる。

実際、欧州委員会のロードマップも、財政協定をEU法に格上げして実効力ある罰則を導入するとか、構造改革に取り組む国々への財政支援を強化するといった方策を掲げているが、今回のユーロ圏首脳会議では合意に至らなかったようだ。まして、域内での財政資金の共通化や、いわゆる欧州共同債の実現にはなお時間が必要だろう。

銀行同盟のモメンタムを高めることも劣らず重要な課題である。上記のようにEMFはSRFの支援を通じて銀行同盟の第2段階を支援するが、第3段階としての統一預金保険に向けては域内国で意見の相違が大きく、ロードマップ通りの実現には不透明性が高い。しかも、第1段階の銀行監督の統一に関しても、不良債権処理を促進するための損失引当の強化や流通市場の整備といった重要な課題については、関係当局による取り組みも道半ばである。

それでも、EMFの設立は、停滞感のあった経済統合を再び加速する上で、実務的にも象徴的にも少なからぬインパクトを持つ。また、ユーロ圏で経済危機に陥る国が今後発生しても、上記のように欧州委員会、EMF、ECBという新しい「トロイカ」が主導して対応することを意味するだけに、国際通貨基金(IMF)のグローバルな役割に再考を迫る面もあろう。

さらに言えば、欧州経済が好調なうちに構造問題や次の危機に照らして政策の枠組みを修正しようとする考え方(欧州委員会のユンケル委員長が米国のケネディ大統領に倣って使った「晴れの間に屋根を直す」という姿勢)は日本の現状に照らして考えさせられるものがある。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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