March 27, 2018 / 6:04 AM / 6 months ago

コラム:米国債巡る中国の選択肢、「報復売り」は杞憂か=井上哲也氏

[東京 27日] - トランプ米政権は、先の鉄鋼とアルミニウムに対する追加関税に加え、22日には知的所有権問題を理由として対象を中国に明確に絞った追加関税措置を決定した。

これに対し一部のメディアは、中国の駐米大使が具体的対応に関してあらゆる選択肢を排除しないことを示唆したと報じたため、米国市場では中国が保有する米国債を売るという報復に出る可能性が議論され始めた。

米国市場がこの問題に注目することには十分な理由がある。つまり、20―21日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後にはパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長がインフレに対する警戒と利上げペースの引き上げを示唆したほか、連邦議会が1.3兆ドルの政策経費を盛り込んだ2018度予算で合意。長期金利に対する上昇圧力を意識させる事態が進行する中で、米国債にとって最大の海外投資家である中国による投資スタンスに変更のリスクが浮上したからだ。

もちろん、中国がこうしたオプションを行使するかどうかは、「米中通商戦争」の成り行きに依存する。ただ、この点に関しては、両国が条件闘争に移行することも期待できる一方、国内政治を背景に深刻な対立に至るリスクもあり、外部から正確に展望することは容易ではない。

そこで、本稿では切り口を変えて、こうしたオプションが中国にどのような意味合いを持つかを検討してみたい。

<「大いなる新興国」の弱点>

先週末の米国市場では、中国が米国債を売却して長期金利の上昇を招けば、自ら保有する米国債にも多額の評価損が生じるだけに、こうしたオプションは非合理的な行為であるとして実行の可能性は低いとの楽観的な見方がみられた。

実際、市場が金利上昇圧力に神経質な中で本件を巡る報道がなされたにもかかわらず、23日における長期債利回りの上昇は比較的抑制されていた。

確かに市場のこうした推論は合理的ではあるが、中国の場合、そもそも外貨準備の状況に関する情報開示は極めて限定的であるほか、日本や米国のように国有資産の運営に関して議会や国民によるガバナンスも事実上存在しないことに注意する必要がある。中国当局は評価損が生じた米国債も償還まで保有すれば問題を顕在化させずに済むとすれば、こうした推論は必ずしも説得力を持つものではなくなってくる。

では、中国が保有する米国債を売却する可能性が高いかといえば、筆者も別な理由に基づいて「ノー」と考える。つまり、米国の長期金利が景気や物価といったファンダメンタルズに沿った形でなく上昇すれば、金融環境は引き締めに転じる。そうなれば、新興国から米国への資本フローの回帰が本格化するとともに、新興国の資産価格や為替レートに下方圧力が生じることになるからだ。

これは、中国を中心とするサプライチェーンを構成する多くの国々に深刻な打撃を及ぼすことになるだけに、明らかに望ましい事態ではない。

加えて、「大いなる新興国」である中国自身も、国際金融市場のこうした圧力を完全に逃れることは困難だろう。特に現在の中国にとっては、経済成長の維持とともに、さまざまな問題を抱える金融システムの安定の維持が重要な政策課題である。それだけに、人民元に下落圧力が生じることで資本流出を再び増加させるリスクを何としても避けたいはずであることは、2016年前半の事態を思い出せば明らかである。

<米国債離れと一帯一路の整合性>

しかし、ストックの意味で中国が保有する米国債を売却する可能性は小さいとしても、フローの意味で米国債を今後も買い入れるインセンティブが維持されるかどうかは別な問題である。そして、この点に関しては以前よりも不確実性が高まっている。

トランプ政権の主張によって中国の対米貿易黒字の規模が注目を集めているが、実は中国の経常収支全体の黒字は対国内総生産(GDP)で見て足元で2%を下回っており、例えば3%台後半にある日本に比べても小さい。その意味で、少なくとも中国側の要因によって人民元高の圧力が生じる可能性は以前のようには大きくない。

また、仮に「米中通商戦争」が深刻化しても、トランプ大統領の主張とは異なり、両国の経済に深刻な影響を及ぼすという意味で明確な「勝者」が出現するはずもなく、従って米ドルと人民元のどちらに上昇圧力が生ずるかははっきりしない。加えて、先に見たように現在の中国当局にとっては自国通貨安の方がむしろ避けたいリスクであるとすれば、それを為替介入によって防止するには外貨売り/自国通貨買いが必要となるので、むしろ外貨準備の規模には縮小方向の可能性が存在する。

しかも、中国の保有する3.1兆ドルにも及ぶ外貨準備が輸入や対外借入れの規模に比べてはるかに過大である点は、すでに長年にわたって議論されてきたわけである。実際、中国当局も、過去には外貨準備を不良資産処理のような異例の使途に充当したことを勘案すると、例えば「一帯一路」の実現のための海外でのインフラ投資などに本格的に活用することも考えられる。

さらに、中国と欧州諸国との貿易や投資が拡大傾向にある中で、これから外貨準備として保有する資産については、ユーロ圏諸国の国債など以前よりも欧州寄りの構成とすることに合理性が出てくる(これは「米中通商戦争」への対応という短期的な戦略だけでなく、「一帯一路」の実現という長期的な戦略とも整合的である)。

このように、少なくともフローの観点から見れば、中国の外貨準備がかつてのようなペースで増加することも、その中で米国債が従来のようにドミナントな位置を占めることも、もはや期待できない状況にあることを改めて認識する必要がある。

これらは中期的に徐々に進展する性質の事象であり、「米中通貨戦争」のような時間軸の中で米国の長期金利に目立ったストレスをかけるリスクは低いかもしれない。しかし、米国の財政赤字は今や短期的には大きな改善が望みにくい状況となっただけに、米国の財政赤字のファイナンスを長い目で展望する上では1つの重要な要素となるはずである。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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